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9・追放された踊り子は今は門番女だという。おばちゃんは、とりあえず弱きに肩入れする性質を持つ。

「マダム・フロリーヌ……あそこは、まずいんじゃないかい?」


案じるルーゼットをよそに、アンナの澄まし顔は崩れない。


「どうして? ここからほんの1マイレージだし。門番部屋のほかにもう一間あるっていうのが、あのおばあさんの自慢じゃない」


「あたしは気が進まないけどねえ。奥さん方、どうする?」


明らかにいわくありげなアンナとルーゼットのやりとりを聞いていれば、諸手を上げて喜ぶわけにはいかない。


「その、マダム・フロリーヌって方、何が問題なの?」


「あたしたち、よっぽどおせっかいだったり図々しい人じゃなきゃ、大丈夫ですけど」


「あなたたちと同程度だと思うわ」


アンナが瑞恵と橋田さんを一瞥して言う。


「じゃあルーゼット、連れて行って差し上げてよ。私はフロントにいなくちゃならないし」


「あたしがかい。はあ、気が重いねえ」


「おばあちゃん、マダム・フロリーヌのところに行くの?」


「ああそうだよ。ニコラも行くんだよ」


「やったあ。マダム・フロリーヌのお話って、おもしろいんだよ」


「おや、そうなのかい」


「うん。マダム・フロリーヌはね、パーティーからついほうされたんだって。おどりこだったんだけど、かいふくまほうがへただったの。それで、もんばんおんなになったんだって」


「なんだいそれ。まあ、ニコラがなついているなら心安いわ。奥さん方、えっとところで名前は?」


「瑞恵よ。青森瑞恵。こちらは橋田さん」


「マダム・ミズエと、マダム・ハシダね」


ニコラが満面の笑みで言い、ふたりの間に入って手を取る。


「あらあらこの子は。ミズエ、ハシダ、すいませんねえ」


ルーゼットが恐縮してみせる。


「ひゃあちいさくてかわいい手。こんなちいちゃな手、なつかしいわ」


「ほんと。創太にもこの子くらいの時があったと思うと、うそみたい」


瑞恵と橋田さんは、お人形のようにかわいいニコラに、はやくも夢中だ。


「じゃあアンナさん、またね」


「フロント大変でしょうけど、がんばってね」


口々に言う瑞恵と橋田さんを、アンナはツンと澄ましたまま見送る。


「あの、これ、おいしかったわ」


たらこおむすびの包みを指さし、アンナは言う。


「パリジェンヌのお口にあったなら、日本のおむすびも大したもんだわ。また作るから、あとでいらっしゃい」


瑞恵はそう声をかけ、ニコラに腕をひっぱられながらホテルを出た。


石畳の道に影を落としながら、一行は進む。


「ねえルーゼット。1マイレージって、どのくらいの距離なの?」


瑞恵が聞くとルーゼットは、


「どのくらいって。1マイレージは1マイレージじゃないか」


と、にべもない。


「橋田さん、マイレージって、ポイントたまるやつじゃないわよね?」


「たぶん、距離を表すマイルのことじゃないかしら」


「1マイルって何キロか知っている?」


「1.6キロ」


「じゃあルーゼット、1マイレージ行くのに、どのくらいかかる?」


「このペースだと、30ミニュくらいじゃないかい」


「……ミニュが分かんないわね」


「仕方ないわ、着いたときが着いたときよ」


まあ、その通りだ。


「ニコラちゃんは、マダム・フロリーヌを知ってるのよね」


「うん、しってるよ。マダム・ミズエはしらないの?」


「知らないのよ。マダム・ミズエはここに来たばっかりだから」


「マダム・フロリーヌは、マダム・ミズエをしっているよ」


ニコラは真顔で、瑞恵を見上げる。


「そんなことはないんじゃないかしら。お名前だって、さっき聞いたばっかりだし」


「だってマダム・フロリーヌはね、ヘイアンキョウからのおきゃくさんをまっているって、いってたもん」


「あら、そうなの。あたしたち以外にも、ヘイアンキョウから来ている人がいるのかしらね、橋田さん」


「……瑞恵さん、あたしたち、話の流れ上ヘイアンキョウから来たっていう設定になっているだけよ。あたしたちは日本から、異世界転移してきたのよ……」


「そういえばそうだった。忘れてたわ」


「……そんな肝心なこと、忘れる?」


「あたし、三歩歩くとだいたい忘れるのよ」


「マダム・ミズエ、ニコラのことわすれてない? さんぽ、あるいたよ」


ニコラが唇をとがらせる。


「大変!忘れちゃったかもしれない!!」


そう言って脇腹をつつくと、ニコラは大げさに身をよじって笑い転げた。


「ねえ瑞恵さん、ちょっとこれ、読んでみて」


橋田さんは、瑞恵とニコラがじゃれている間に取り出した、この世界の参考書――息子の創太くんの持ち物である「異世界小説」を瑞恵に示した。


「さっきニコラちゃんが、マダム・フロリーヌは、踊り子だったんだけど回復魔法が下手でパーティーから追放されたって言っていたじゃない?」


「……そうだっけ?」


「……そうなのよ。で、それと同じことがこの本に書いてあるの」


「同じことが!?」


瑞恵は、橋田さんから受け取った本を開く。


確かにそれは、物語の1ページ目に記されていた。


「どれどれ…『この瞬間、貴様はグッドバイだ』。踊り子ロリーヌは、きょうの冒険が終わるなり、勇者パーティーから追放を宣告された。『お前は敵を陶酔させて欺くことも、俺たちに癒しを与えることもできないじゃないか。そんなクズな踊り子は、このパーティーに置く価値がない』『そうだそうだ。その癒しのステッキは何のためにあるんだ。お前の使える回復魔法は、切り傷に打ち身、ほっといても治るケガばかりだ。ステッキなんて気障なもんやめて、箒でそのへんでも掃いてやがれ』……なにこれ、ひっどい言い草ねえ。この踊り子がどんなもんか知らないけど、よってたかって気の毒じゃない!」


瑞恵は、読書開始30秒で、追い出される踊り子に同情し、泣いた。


「勇者パーティーっていうのは、ダンスパーティーみたいなものかしら。そこでこの踊り子さんは、ダンスやお芝居を披露するの?」


「この場合のパーティーは、山登りなんかで使う『パーティー』の意味ね」


「ああ、一緒に行動するグループって意味ね。……だとしたらなおさら許しがたいわね。仲間を途中で見捨てるってことでしょ、これ」


「そうよね。で、追放された踊り子は、新しい仲間を見つけて、自分を見捨てた人たちを見返すって内容みたい」


「へえ。橋田さん、よく知っているわね。昨日の夜、これ読んだの?」


「ううん。読んだのは最初のほうだけだけど、タイトルが『追放された踊り子は門番女として召喚者パーティーの一員になって人生逆転しちゃいます』だから。ハッピーエンドなんじゃない?」


「よくできたタイトルねえ。読まなくても話が分かるなんて!」


瑞恵は感心しきりだ。


「ミズエ、ハシダ、着いたわよ」


先頭を歩いていたルーゼットが振り返る。


そこには、ひとつの巨大なアパートメントが建っていた。


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