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78・ダイガクイモという魅惑的な響きをパン屋の奥さんは聞き逃さなかったが、それはまた別のお話

「リキュールは……あたしの秘蔵の、密造酒を分けてあげよう……」


ピンクのおばさんがにやりとし、琥珀色の液体が詰まった瓶をどこからともなく取り出した。


「きれいな琥珀色だけど……え、密造酒……?」


「瑞恵さん、何が入っているか、分からないわよ……」


「あのー、密造じゃないリキュールをお持ちの方、いらっしゃいませんかー?」


しーんとしているおばちゃんたち。


「誰も、お酒は造らないみたいね……どうする、橋田さん?」


「見た目はブランデーだし、ピンクのおばさんの密造酒を、お借りする?」


「念入りににおいをかいだうえで、使わしてもらいましょうか」


「そうね。それに、堂々と密造酒って言っているくらいだから、大した密造じゃないんじゃない?」


「それもそうね。密造酒なんていう言い草も、中二病の一環かもしれないわよね? ちょっと悪ぶってみたいっていう……」


「瑞恵さん、中二病にはわりと詳しいのね」


「あたしも、多少は勉強したのよ。サブカルってやつを」


瑞恵と橋田さんがこそこそ話していると、酔っぱらいが焼酎の一升瓶を置くごとく、どん、と音を立ててピンクのおばさんが自称密造酒をテーブルに置く。


ちょうどそのとき、息せき切ってカズがパン屋さんに駆けこんできた。


「瑞恵おばさん、リモーネ、取れたよ!」


「おかえりカズ、どうもありがとう。あら、ニコラは?」


「ニコラならそこで……いじけているよ」


瑞恵の足もとに、くちびるをへの字に曲げたニコラがうずくまっていた。


「ニコラ~、さては、レモンをそのままかじったわね?」


「ニコラ、リモーネ、きらいだようっ。ミズエ、バララに、リモーネ、いれるきか?」


「入れるわよ。風味づけに色どめ、とろみをつける効果もあるからね」


「リモーネのやつ、いいこ、いいこ、してもらおうと、ひっしだな……」


「あたしの密造酒は、なんのために必要なんだい?」


「いやもう密造酒じゃなくてふつうにリキュールでいいから……主に香りづけよ」


「香りづけ? それだけ?? もしかして、なくても構わないってことかい?」


ピンクのおばさんが、恨めし気に瑞恵を見る。


「どうせあたしゃ、そういう役回りなのさ……ふっ、密造にまで手を染めたっていうのに……」


「橋田さん、中二病ってかなりめんどうくさいわね。やっぱり、治してあげたほうがいいんじゃない?」


「だいじょうぶよ。だれもが通る道だから。早いか遅いか、長引くか短いかの差はあっても」


バララの花の入った鍋にレモンのしぼり汁と自称密造酒を入れて、火にかける。


弱火でくつくつ煮込むうちに、甘いにおいが部屋いっぱいに広がる。


「すごくいい糖衣が作れそうね、橋田さん」


「本当ね。この糖衣Zなら、子どももいやがらずに飲めそうね」


吸いこまれそうな深い青色がきらめく、バララシロップのできあがりだ。


「で、このスライム仁丹を入れるんだね。どっこいしょっと」


「げ、なにその量! このずだ袋いっぱいに、スライム仁丹が!?」


マダム・フロリーヌがひっぱりだした布袋を見て、瑞恵は思わず声を上げる。


「なんだい、文句あるのかい。ふっ、あたしの『大いなる計画』も、ここまでか……」


「はーい、なんでもいいんで、火から下した鍋にスライム仁丹を入れてくださーい」


瑞恵は、特大のヘラを手に構える。


そこへざざざざぁーっっと放りこまれる、大量のスライム仁丹。


「さあ、ここからが本番よ! 勢いよく混ぜて、混ぜて、混ぜて、シロップを絡める! あー疲れた、はい、交代!」


「こ、こうかい? こりゃ力仕事だねえ」


突然ヘラをバトンタッチされた井戸端会議のおばちゃんの一人が、シロップの手応えに驚きの声を上げる。


「そうです、お上手! 大学いものあめを、いもに絡める要領で続けて!」


「ダイガクイモ? なにそれおいしいの?」


「とてもおいしいです! 手は止めないで! はい、次の方!!」


10人のおばちゃんと、パン屋の奥さん、マダム・フロリーヌにピンクのおばさん、そしてニコラとカズ。


皆が代わる代わるかき混ぜ、最後の橋田さんがへらを置いたときには、


「スライム仁丹糖衣Zの、完成―――!」


ひと粒ひと粒がバララの甘い衣をまとった、大鍋いっぱいの特効薬が出来上がっていた。


「えっと、じゃあこの鍋を団地に持って帰らなくちゃね、橋田さん」


「そうね、瑞恵さん。でも、どうやって?」


「「……」」


「また、セーブポイントを探さないといけないのよね」


「まあ、そうでしょうね。あ、そうだ! 瑞恵さん、黄金のハモウナギを見つけたらいいんじゃない? またあれに乗って、帰れるわ」


「そうか。ねえマダム・フロリーヌとピンクのおばさん、海の湖畔には変わらず黄金のハモウナギがいるんでしょ?」


「「……」」


瑞恵の何気ない質問に、まさかの気まずい沈黙で答えるマダム・フロリーヌとピンクのおばさん。


「黄金のハモウナギ、ねえ……」


「そんなものが、いたっけねえ……」


「何なのよ、ふたりして言いよどんで」


「さては何か隠しているわね」


瑞恵と橋田さんが詰め寄る。


「魔女の二人組が食べちゃったんだよ! 黄金のハモウナギも!」


怒りを思い出したかのように、カズが抗議の声を上げた。


「食べちゃいないよ、人聞きの悪いっ」


「ちょっと乱獲しただけだよな、フロリーヌ」


マダム・フロリーヌとピンクのおばさんは、自ら罪を白状したようなものだ。


「食べずに乱獲するなんて、いちばん悪いじゃない! 生き物に対して失礼極まりないわ! 何やっているのよっ」


「瑞恵さん、黄金のハモウナギは食べちゃダメなハモウナギなんじゃ……」


「……養殖して、一儲けしようと思ったんだけどねえ」


「海の湖畔から離れると、途端に弱っちまうんだよ、あいつは」


「まったく弱っちいやつだったよねえ」


「ほんとほんと。あたしら、悪くないよねえ」


「本当に困ったもんね。じゃああたしたち、どうやって団地に帰ればいいのよー」


瑞恵は、マダム・フロリーヌとピンクのおばさんに吹きかけるように、大きなため息をついた。


「あんたたちがダンチに帰るのは、かんたんだよ」


「いますぐに、帰れるよ」


瑞恵のため息にあきれ顔で、マダム・フロリーヌとピンクのおばさんは言った。


「え、いますぐに?」


「セーブポイントを、見つけてないのに?」


「ああ。だって、特効薬を見つけたら、ゲームクリア、だろ?」


「クリアしたときには、セーブはいらない、だろ?」


マダム・フロリーヌとピンクのおばさんは、解せない表情の瑞恵と橋田さんを前に、にやりと笑った。


その笑みは、悪だくみにいきいきとしているようで、


どこか、さみしげだった。


「「あたしたちが消えれば、あんたたちは元の世界に戻る」」


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