表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

76/80

76・実はいちばん仕事が早いのはパン屋の奥さんだったりする。早起きだし。

「なんだって?」


マダム・フロリーヌが驚きのあまり、ちょっと飛び上がった。


「ダンチに、チュウニビョウの特効薬が、あるだと?」


ピンクのおばさんも信じがたいという目をしながら、ちょっと身を乗り出す。


「え、橋田さん、そんな特効薬が?」


瑞恵にも、想像がつかない。


「あたしの息子と、主人が大好きだった異世界小説を、ふたりにあげるわ。……異世界小説は、中二病のエキスが詰まった、すばらしい物語よ。きっとふたりの中二心をいやしてくれるわ」


橋田さんは自分の言葉に、うんうんと頷いている。


(異世界小説って、中二病をいやしながら、刺激するんじゃないかしら……?)


瑞恵の心に一抹の不安がよぎるが、口に出すとせっかくの橋田さんの妙案が台なしなので、黙っておく。


「マダム・フロリーヌとピンクのおばさんも、物語を紡いだらいいのよ。自分が主人公になって、思うままに大活躍する物語を。中二病の想像力をとことん発揮して、ね」


「……どうする、ショッキング?」


「物語ねえ……」


「ものがたりじゃ、はらのたしにも、ならないな……」


「「「「ん??????」」」」


たどたどしいのに、地底から響くようなものものしい声に一同が振り返ると、


「あら、ニコラ!」


瑞恵がしゃがみ込み腕を伸ばす。


ニコラは満面の笑みで、どすどすと、その腕のなかへ駈け込んで来た。


「どうしたの。お世話してくれていた、おばちゃんたちは?」


「みんなで、きたよ」


瑞恵が顔を上げると、井戸端会議をしていた10人のおばちゃんたちがニコラを追いかけてぞろぞろとパン工房に入ってきた。


「ちょっと奥さん、この子のからだには魔物が住んでいるのかい? いやあ、こんなに食べる子どもを、初めて見たよ」


「ほんとほんと。で、おなかいっぱいになって眠ったと思ったら……」


「いいにおいがする! って、がばっと起き出してね」


「ミズエの、ごはんのにおいだーって」


「あたしのごはんのにおい? まだ何も作ってないけど……」


「このパンのにおいだろ、おじょうちゃん」


パン屋の奥さんが、焼きたての丸パンをかごいっぱいに掲げて持ってきた。


「これだ、これだ、たべようたべよう」


「ニコラだめっ。あんた、お店のものを勝手に食べたらだめだって知っているでしょ!」


「おみせのじゃないよ。ミズエのぱんだから、かってにたべるよ」


「お店のよ! パン屋の奥さんが焼いたパンでしょ」


「ふふふ、このパンを膨らませたのは、あんたのりんご水だからね。最初に焼き上ったのは、あんたにプレゼントするよ。みんなで食べようじゃないか」


「よしきた、たべようたべよう」


「よし来た、じゃない! あんたが最初に食べだしたら、食べつくしちゃうでしょ。お世話してくださったみなさんが食べてからよ」


「じゃあ、いつも、ニコラのおせわをしてくれる、フランソワーズから、いただきましょう」


「それは結局、あんたでしょ!」


「本当に、いい香りねえ」「焼きたてのパンのにおいだけじゃなくて……」「ほんのり、くだものみたいな香りがするわね」


10人のおばちゃんたちも、鼻をくんすかして、ほほを緩ませている。


「さあさあみんなで試食しておくれ。どんどん焼き上るよ」


「じゃあ、ひとつ」「いただきます」「わたしもひとつ」「!!!!!」「なんて肌理細かい生地!」「今までのパンより、もっとおいしいわ」「弾力がたまらないわねー」


おばちゃんたちはおしゃべりしながら、もりもり食べていく。


ニコラが大あわてで、競争心を発揮する。


「もぐもぐもぐ。もぐもぐもぐ。ミズエ、このぱん、さくさくで、ふわふわなの。ニコラのおふとん、こんどからこれにして」


「起きたらふとんなくなっているから、ダメ」


「こりゃうまいね、ショッキング」「ああ。このパンを、増幅インフレで増やしたら、一儲けできるんじゃないか……」「いやいや、やっぱりオーブンから焼きたてだからいいんだよ」「まあ、そうかもしれないな……」


「で、あたしはその、スライム仁丹に増幅インフレをかければいいんだっけ?」


皆の大絶賛に気をよくしたパン屋の奥さんが、にこにこと瑞恵に尋ねる。


「ううん。スライム仁丹は、マダム・フロリーヌとピンクのおばさんが増やしたものをもらうから、バララを増やしてほしいの」


瑞恵は、マダム・フロリーヌのボストンバックを指さす。


あそこに、マダム・フロリーヌとピンクのおばさんがワシさんからふんだくってきたバララの花が詰まっているのだ。


「バララか。うちの大ばあさんが、盛大に増幅インフレしたって記録があるよ」


「え、そうなの?」


「200年くらい前かねえ。流行り病があってさ。そのせいで、井戸端会議禁止令ってのが出たそうだよ。この国の、おばちゃん事件史にしっかりと刻まれているよ」


「まあひどい。苦難極まる時代ねえ……」


「流行り病の薬のレシピは、バララを煮詰めたシロップを、スライム仁丹と合わせるってたしか書いてあったねえ……」


「合わせるっていうのは、どういうことなのかしら。スライム仁丹も溶かしちゃうのかしら……」


「瑞恵さん。あたしたちが団地でスライム仁丹を粉にしたらワシさん怒っていたから、たぶん粒のまま使うんじゃないかしら」


「なるほど。バララのシロップをかけて……スライム仁丹を、スライム仁丹糖衣Zにするイメージね!」


「糖衣Z……」


あしたは朝8時に投稿します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ