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72・その後しばらく、大いなる計画という言葉は瑞恵と橋田さんのお気に入りとなりました。

「マダム・ミズエ……あんた、何やっているんだい。団地に戻ったと思ったら、またここに遊びに来ているなんて。さてはただのヒマだな?」


「失礼ねえ。あたしたち、特効薬探しに奔走して大忙しよ。あなたこそ何やっているのよ、おいしいハモウナギも、みんなの常備薬スライム仁丹も、ピンクのおばさんとふたりで独占して、街の人たち困っているって聞いたわよ」


「ふん。大いなる計画のために、多少の犠牲は仕方ないのさ」


「やっだ、聞いた橋田さん? マダム・フロリーヌったら、ずいぶんカッコつけちゃって」


「本当ねえ。街の人たちを困らせておいて、大いなる計画なんて言われてもねえ」


「大した計画じゃないのよね、そういうのは。自分勝手なだけで」


「そうそう。管理組合でも、えらそうなおじさんがえらぶって出す計画は、ぜーんぜんダメよね」


「だいたい、計画のために犠牲になるって、意味わかんないわよねえ。犠牲をなくすための、計画ならわかるけど」


「ええーい、うるさいわねっ。マダム・ミズエとマダム・ハシダ、あんたたちはなんなんだいっ。あたしの悪口言いに、戻ってきたのかいっ」


「あ、あたしのことも思い出してくれたのね、嬉しいわ」


橋田さんが声を弾ませる。


「ああもう、すっかり思い出しちまったよ。あたしには確かに、あんたたちと旅をした記憶がある」


「何当たり前のこと言っているのよ。きのうのきょうでしょ」


瑞恵はあきれてマダム・フロリーヌを見やる。


「きのうのきょうじゃないさ。いいかい、あんたたちがきのういた異世界と、この世界は、すごく似ているけど違う場所だよ。時空はちょっとした拍子に、ゆがんで、ほどけて、別の過去と未来をつくっちまうんだ」


「……橋田さん、どうしよう。マダム・フロリーヌがまだおかしいわ」


「とりあえず、最後まで聞きましょう」


「あたしはここでは、アクマ・フロリーヌとして数百年生きてきたんだ……おっと、年齢は非公開でよろしく。だけど、どこかの時空では、マダム・フロリーヌとして生きた記憶がある。マダム・ミズエとマダム・ハシダ、そしてニコラ。あんたたちと旅をした、遠い夢のような記憶がある」


「だから、夢じゃないってば。橋田さん、まだ聞かなくちゃだめ?」


「うーん、だいたい事情は分かったわ。あたしが予想していたとおりだもの」


「おいおいフロリーヌ、このおばちゃんたちにすっかり毒気を抜かれちまって。あんたとしたことが、どうしたんだよ。あたしたちの大いなる計画はまだ道半ばだよ!」


ショッキングピンク・ノ・オバサンが、しびれを切らしたように叫んだ。


「ピンクのおばさんは相変わらず激しいわねえ、橋田さん」


「そうねえ。ピンクからショッキングピンクになって、なおのこと」


瑞恵と橋田さんは、まがまがしいまでに鮮やかなおばさんのピンク色の髪や、あっぱっぱを見る。


「それにしても、よくそんな派手な格好で悪事を働くわねえ。すごく目立つじゃない」


瑞恵は、おばさんのまわりをくるりと一回りした。


「確かに! 悪いことをするときって、闇とか街中とかに溶け込むような服装をするもんよねえ」


橋田さんも、ちょっと感心したような声を上げる。


「あ。わかった」


「どうしたの、瑞恵さん?」


「さては、大した悪事じゃないんでしょ、ふたりのやっていることって」


「なるほど。そうきたか……」


瑞恵の思考回路は、仲良しの橋田さんにも時々想像がつかない。


「そうと決まれば、マダム・フロリーヌとピンクのおばさんは、大いなる計画なんてご冗談を言ってないで、あたしに協力してちょうだい。いい?」


「おい、フロリーヌ……なんなんだ、このおばちゃんは」


「ショッキング、しょうがないさ……このおばちゃんは、おばちゃんのなかのおばちゃんなんだよ……」


「なんか、ぜんぜん強くないのに、逆らう気が失せるぞ……」


「それがおばちゃん力なんだよ……おばちゃんのコミュ力にからめ捕られると、はいそうですねとしか言えなくなるんだよ……」


「なんてこったい。あたしらも、おばちゃんなのに」


「まだまだ、おばちゃんの修業が足りなかったね……」


「そんなわけでパン屋の奥さん、どうぞよろしくお願い致します」


瑞恵はにわかにパン屋の奥さんに一礼。


「え、なんだい。みんなそろって、パンづくりを習いたいってことかい?」


「ええ、そうです」


「瑞恵さん、違うでしょっ。スライム仁丹を増やしてもらうんでしょ??」


「あ、そうだった」


パン屋の奥さんははっとしたように、手の甲に浮かぶスライムマークを忌々しげににらんだ。


「それは困るよっ。あたしの増幅インフレはパン生地のための力だ。はやく、戻しておくれ!」


「パン屋の奥さん。増幅インフレを使わなくても、パン生地を膨らませることはできます」


「なんだって」


「ねえ、ピンクのおばさん。りんごをひとつ、持っていないかしら」


「おお、持っているさ。なんであたしがいつもりんごを持っているって知っているんだい?」


「魔女といえばりんごでしょ? 持っていそうだなーって」


「っく……。まあいい、ほらよっと」


つやつや光るりんごをキャッチして、瑞恵はにんまりほほえむ。


「これで、パン生地を膨らませてみせます」

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