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7・とりあえず予定していた中世ヨーロッパ風異世界に辿り着いたけど、出身地はヘイアンキョウになってしまった。

勇気を振り絞ってふたりが降り立った異世界は、確かに「中世ヨーロッパ」のようだった。


「瑞恵さん! 見て見て、とんがり屋根の木組みのおうちよ!」


「まあすごい。木組みが剥きだしじゃない。段ボール組み立てて、ガムテープはっつけたみたいねえ」


「夢のないこと言わないでよ」


「でも窓辺に必ず花があるところはさすがだわ」


「あっちの石造の建物は何かしら」


「てっぺんに十字架があるから、教会かしらね」


「石造の塔も、中は木組みだって何かで読んだおぼえがあるわ」


「あらそうなの。じゃあ火事になったら大変じゃない」


「ほんとね。戦争、大丈夫なのかしら」


ワシもボクもやたら戦火を強調していたが、見たところ、この街は平穏そのものだ。


「瑞恵さん見て、馬車よ馬車。私もあれ乗りたいわ。あれ、向こうからくるのは、自動車かしらね?」


「えっ、自動車?」


瑞恵の目の前を過ぎゆくのは、確かに四輪の自動車だ。馬も牛も繋がれていない。


シルクハットのような背高帽子をかぶった細身の男が前、燕尾服に身を包んだ、でっぷりした男が後ろにふんぞり返っている。


「どういうこと? 中世って、自動車ないわよね?」


「瑞恵さん、鋭い! そういえば!」


「ここの人たちの服装も、私が思っていた中世とは違うわ」


「確かに。男の人はカールしたおかっぱで、ゲートル履いているイメージがあったけど……」


「結婚式の帰りみたいな恰好か、いかにも労働者ですっていう、スモックとズボンか、どっちかねえ」


じろじろ周囲を観察し、感じたことをダダ漏れしている二人だが、むしろふたりのほうが、周囲の訝し気な視線を誘っている。


「服装はともかく、あたしたちの肌の色や髪の色のせいかしら」


瑞恵は小声でささやく。


「もしかして、敵国の人間と疑われていたらまずいわね」


橋田さんも、はっとしたように声のトーンを落とす。


「普段だったら、こんなおばちゃんのこと誰も見てないわって開き直れるんだけど」


「異世界だとそうもいかないわね」


「とりあえず、どことどこが戦争していて、この街がどういう状況なのか早いとこ知っといたほうがいいわよね」


「そうね。瑞恵さん、誰に聞いてみる?」


瑞恵の経験上、おばちゃんに最も親切なのは、おばちゃんだ。


問題は、その情報が正しいとは限らないことだが。


「ちょっと奥さん、すみません」


瑞恵は、道ばたでかがみ込んだ女の子のそばで、あきれたように佇むぽっちゃりしたおばちゃんに声をかけた。


「はいはい何か、御用かしら」


「お子さん、かわいいわね。おいくつ?」


「あたしの孫で、4歳よ。まったく夕方の忙しい時間に、この茂みにネコがいるってさ、聞かないのよ」


「どれどれ。ミャァーミャァー」


瑞恵のネコの鳴きまねに、しゃがみ込んでいた女の子ははっと顔を上げて、あたりを見渡す。


「ミャアァ、ミャアァ」


「なーんだ、おばちゃんか。ネコちゃんかと思ったのに」


「そこに、ネコちゃんがいたの?」


「うん。本当だよ。鳴き声がしたんだもん」


「もしかしたら、おばちゃんが隠れているかもよ」


女の子は目を丸くし、それから笑い出した。


「やあだあ。ネコちゃんがいいー」


「おばちゃんも、おばちゃんよりネコちゃんがいいわ」


瑞恵が手を差し出すと、女の子は素直ににぎり返して立ち上がる。


「あらあらすみません。子どもの扱いがお上手ねえ」


「奥さんこそ、お孫さんのお世話、大変でしょう」


「まあねえ。あたしの次男がブリティッシュランドにいてさ、あっちの娘と結婚したはいいんだけど……この戦争で、けがをしちゃってね。それであたしが預かってるんだよ」


「それはそれは……およめさんは、ご無事で?」


「利き手をやられちゃったから、ずいぶん落ち込んでいるけど身体は元気さ。こんなときじゃなかったらメイドを雇ってでも傍に置いておきたい、可愛い年ごろなんだけどねえ」


「時節柄、なかなか難しいわよねえ」


「そうなんだよ。ねえ、そういえばあんた、この辺の人じゃないだろ?」


「え、あ、ええ」


「まさか、避難民?」


眉間をよせるおばちゃんの表情に咎めるような気配を覚えて、瑞恵はとっさに否定する。


「避難民じゃないわよー。私たちは、旅行者」


「ふうん。こんな時期に……?」


おばちゃんの警戒心はなかなか解けない。


「あんたたち、ヘイアンキョウの人だろ?」


ハンチングを被ったおじさんが、話に割り込んできた。


「ヘイアンキョウ?」


瑞恵と橋田さん、そしておばちゃんの声がハモる。


「なるほど、あんたたちがヘイアンキョウか」


おばちゃんが合点がいったようにふむふむと頷く。


「いいわねえ。ヘイアンキョウは今、どことも戦争してないでしょ」


「え、ええ、まあ」


「このパリンストンだって、あたしらは関係ないんだよ。どうしてブリティッシュランドとスパニッシュオムレツィアの争いに巻き込まれなきゃなんないんだ」


「そうよねえ、まったくだわ」


とりあえず、話を合わせてみる瑞恵。


「あたしの次男がブリティッシュランドにいてさ、あっちの娘と結婚したはいいんだけど……この戦争で、けがをしちゃってね。それであたしがこの子を預かっているわけさ」


「おばちゃん、それさっきも言っていたぜ」


ハンチングがあきれたようにつぶやく。


おばちゃんはハンチングをぎょろっとにらみつけ、


「で、ヘイアンキョウからいつ来たんだい?」


「ついさっき、ついたばっかりなのよ」


「あ、そうだったの。泊まるところは?」


「それがねえ、何にも決めないできちゃって」


「あらあら。のんきな旅行者ねえ。このホテル、あたしの知り合いが働いているから部屋が空いているか聞いてあげようか」


4歳の孫を抱き寄せながら、おばちゃんがいう。


「あら嬉しい! ご親切にありがとう」


瑞恵は目の前にそびえる、石造りの建物を見上げた。


ちょっとしたお屋敷かと思ったが、たくさんの窓があるのは、客室ということか。


「ここで、あたしの友だちがメイドをしているわ」


おばちゃんは女の子を抱いたまま、重そうな樫の木の扉を、片手でひょいと開けてのけた。


「シベリア! シベリアはいる?」


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