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67・ニコラとカズの面倒を買って出た異世界のおばちゃんたちが、パン買い取ったほうがよっぽど楽だったなあ…と気づくのは時間の問題。

瑞恵、手をつないだニコラとカズ、橋田さん、そして異世界のおばちゃんおよそ10名は、ぞろぞろとパン屋へ向かった。


「ごめんくださーい」


瑞恵がパン屋の扉を開けると、


「どーん! ニコラいっとうしょうー!!」


カズの手を振り払って、ニコラが、いの一番にパン屋へ駆け込んだ。


「こらニコラ! ここはお店なのよ! ピンクのおばさんの家じゃないんだから、飛び込んで何かを壊したらどうするつもりよっ」


「瑞恵さん、ピンクのおばさんの家でも、壊しちゃだめよ……」


橋田さんが困惑顔で瑞恵をなだめる。


「いまあたしたち、お金持っていないんだからねっ。壊したら、弁償もできないのよっ」


「……ごめんなさーい」


「このパン屋さんで、タダ働きさせてもらって、弁償するしかないのよ。あんたにそんな覚悟、ある?」


「ニコラ、ぱんやさん、やりたいよ」


ニコラの目が思いがけず輝く。


「ニコラ、ただばたらきっていうのをするために、このぱんを、こわそう。むしゃむしゃむしゃ」


「「あーーー!!!」」


目にも止まらぬ速さで、パンを口につめていくニコラを見て、瑞恵と橋田さんは悲鳴を上げた。


「ちょっとちょっとあんたたち、何を大騒ぎして……って、えええっ。困りますよ、商品なんですよこのパンは!」


店の奥から、小柄なおばちゃんが出てきた。


パン屋のおばちゃんだ。


細かい刺繍の施された三角巾から、うすいピンク色の前髪がのぞいている。


パン屋のおばちゃんは、むはむはパンを食い散らかして満足そうなニコラを見下ろし、絶句した。


「「ごめんなさい!! 本当に申し訳ありません!!」」


瑞恵と橋田さんは、平謝りだ。


「ニコラ、ぱんを、こわしました。ただばたらき、させてください」


そんな瑞恵と橋田さんを押し退けて、ニコラはずいっと、パン屋のおばちゃんに迫る。


「こんなおちびさんに、パン屋の仕事がつとまるわけないじゃないか。重労働なんだよ」


「ニコラ、ちからもちです」


「おちびさんの力持ちなんてねえ、たかが知れているよ。そっちの奥さん2人に、働いてもらうよ」


「いやだあ。ニコラが、やるー。ただばたらき、やるー」


「あんたねえ。わがままもいいかげんにしなさい」


「ミズエが、ニコラの、ただばたらきを、とったーーー」


「誰のせいでタダ働きするはめになったと思っているのよっ」


「ニコラ、ぼくといっしょにおりこうにしていよう」


「おりこうなカズは、つまんないんだようっ」


「ミズエおばさん、ニコラが八つ当たりするようー」


「……まったく、まいったわねえ、橋田さん」


「……瑞恵さん、でも、これって、チャンスよ」


「チャンス? なんで?」


「タダ働きするってことは、パン屋さんの仕事場へ潜入できるってことでしょ。パン屋のおばさんが、増幅インフレの使い手なのか、確かめることができるかも」


「確かに! ニコラのわがままが、役に立ったわね」


「奥さん方、本当にタダ働きするのかい?」


異世界のおばちゃんのひとりが、不安げに瑞恵に話しかけた。


「ええ。うちのニコラが、売り物をダメにしちゃったわけだし」


「ニコラちゃんが食べちゃった分、あたしらで、買い取ろうか。10人で分ければ、大した額じゃないからさ」


「よっぽど食べたかったんでしょ」「よくあることだよ」「おたがいさまだしねえ」と、おばちゃんたちは口々に言い合い、頷いている。


「みなさん……なんてご親切に。ありがとうございます。でも、ここはきっちり、タダ働きさせてもらうわ。ねえ、橋田さん」


「ええ。瑞恵さん、がんばりましょ」


「もしもできたら……あたしたちが一仕事終えるまで、ニコラとカズを見ていてくれないかしら」


「いいよ」「うちにおいで」「うちのほうが、年の近い子がいるよ」


おばちゃんたちは、快く引き受けてくれた。


不満げなのは、当のニコラだけだ。


「ニコラ、ただばたらきしたい……ニコラ、ミズエといっしょがいい……」


「あんたちょっと黙ってなさい。ほら、これでも口に入れて」


ミズエがポケットから、あめ玉を取り出す。


「ミズエ、これ、あめじゃないよ。ニコラがあげた、いしだよ」


「あら本当。ねえニコラ、この石、いつまで持っていればいいのかしら?」


小さい子というのは、そのへんの大人にそのへんの石ころやら何やら嬉しそうに手渡すもので、大人もその場では「ありがとう。やさしいね」などと言うもんだが、内心いらないし、頃合いを見て捨てたいところだ。


「ずっとだよ。ずっと、もってて。それは、だいじだよ」


「大事なのね。わかったわ」


瑞恵はしぶしぶ、石をポケットにしまい、あめ玉を取り出す。


「奥さん方、気をつけてね。なにせ、パン屋の奥さんは……」


異世界のおばちゃんのひとりが、瑞恵にささやく。


増幅インフレの使い手かもしれないんでしょ」


「しーーー! もしそうだったら、教えておくれよ。あたしらもいろいろ、考えなきゃならないからさ」


「もちろんよ。任せといて」


異世界のおばちゃんと、瑞恵の視線が交差する。


おばちゃんたちは、井戸端でわちゃわちゃしているだけじゃなくて、けっこう戦略的に結びついているのだ。

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