66・コーヒー屋と牛乳屋のケンカについて、砂糖屋の奥さんは静観しているもようです。
作戦会議、とはいったものの、
「ふう、おいしかったわねえ。ところで誰か、作戦あるひとーーー?」
別に瑞恵に妙案があるわけではない。
「瑞恵さん、こういうときは、原点にかえりましょう」
橋田さんがおもむろに告げた。
「原点?」
「あたしたちの目的よ。感染症の特効薬、スライム仁丹を増やすために、増幅アイテムを見つけるか、増幅の魔法を使える仲間を見つけるか」
「そのへん、カズが詳しいんじゃない? ねえカズ、増幅のアイテムって、どこで売っているかしら。ホームセンター?」
「アイテムは街の武器屋で売っているけど、増幅なんて、見たことないよ」
「あら、そうなの。ワシさんが適当なこと言っていたのかしら」
「そんなアイテムがあるなら、ハモウナギやスライム仁丹を、それで増やしているよ」
「……おっしゃるとおりです」
「ねえ瑞恵さん、でもワシさんが、この期に及んでいいかげんなこと言うかしら。そろそろ本気で薬をなんとかしろって言いたげな、雰囲気だったじゃない」
「じゃあ、魔法のほうかしら。増幅の魔法ってやつを、使えるひとを探す」
「魔法なら、あるかも。特殊な能力を持っているひとはいっぱいいるはずだよ」
カズが答える。
「だって。橋田さん」
「問題は、能力の持ち主をどうやって探すかよね」
「求ム!インフレ魔法!! って、プラカード掲げて歩くのはどうかしら」
「うーん。それで名のりをあげてくれるかしら。だって、特別な力って、ひみつにしておくでしょ」
「そういうもの?」
「切り札になるわけだから、べらべらしゃべったりしないんじゃない?」
「確かに。じゃあまず、能力者候補からおばちゃんは外せるわね」
「どうして?」
「おしゃべりだから」
「確かに、あたしや瑞恵さんがそんな能力持っていたら、間違いなくしゃべっているわね」
「そうそう。そして、あっという間にご近所ネットワークでうわさが広がる」
「瑞恵さん、それよ!」
「んん??」
「おばちゃんたちに聞き込みをすればいいのよ。井戸端会議の輪に入って、さりげなーく、増幅の能力者の情報を引き出すの!」
「いいわね、それ! ねえカズ、このへんでおばちゃんが集まっていそうなところ、ない?」
「え……どこだろ……ぼく、おばちゃんにくわしくないからな……。森の入り口のギルドか、この少し奥にある小さな街か……」
「入り口に戻るのもつまらないから、街に行きましょ。はいはい、レッツゴー」
「ミズエー、どこいくのー……むにゃむにゃ」
「瑞恵さん、さっきからニコラは寝てばっかりね。オムライス食べたと思ったらまた寝ている」
「この若さで食っちゃ寝をしようとは、生意気だわ。ニコラ、起きなさーい。行くわよ」
「ぼくがだっこしてあげるよ。ほら」
カズが両手を広げ、ニコラを抱き起こそうとするが、
「重っ。瑞恵おばさん、この子、岩みたいに重いよ!!」
「この子はね、こんなに小さくてかわいらしいけど、中身が詰まっているのよ。ほらニコラ、自分で歩けるでしょ」
「……うん……ニコラ、だっこが、いい……」
「ねえニコラ、街に行ったら見たことのない食べ物がきっとあるわよ。がんばって歩いたおりこうさんには、どんなおやつが待っているかしらねえ」
ニコラの目があやしく光った。
「ミズエ、ハシダ、はやくいくよ! おやつ、なくなるよ」
「あ、こらちょっと待ちなさい! 食べ物のこととなると、この子は……!」
「ニコラ、ぼくと手をつなぐんだよ。そうしたら、迷子にならないからね」
「……カズがちんたらしてたら、おいていくからね」
「……くっ」
◇◇◇
街は、森の中に突然現れた。
生い茂る木々を抜けると、にわかに視界が開ける。
葉のみどりとも、花々の色彩とも異なる、人工的な明るい色が目に飛び込んでくる。
「久しぶりに、特売チラシを見た気分だわ!」
瑞恵は店の軒先をかざる、おもちゃを指して歓声を上げる。
「本当ね、瑞恵さん。自然の色もいいけれど、あたしたちがわくわくする色って、この色よね!」
橋田さんもきょろきょろと、カラフルなお皿や、着方の分からない鮮やかな布地の服を見回して声を弾ませている。
「橋田さん、すごいわね。久しぶりにお買い物に来た! って感じ」
「ほんとほんと。……って瑞恵さん、あたしたち、お金、持ってないわよ」
「なんですと……?」
橋田さんの小声をニコラが聞き逃さず、おばちゃんふたりをじろりと見上げる。
「おかね、ないの? ニコラの、おやつは??」
「うっかりしていたわねえ。ニコラ、とりあえず飴あげる」
瑞恵がポケットからあめ玉を取り出す。
「これ、だんちのおやつだもん。ここの、おやつじゃないよ」
「そんなこと百も承知よ! しょうがないでしょ、ここに来た目的は、井戸端会議の潜入調査なんだから!」
「うえーん、ミズエが、だましたー」
「そうでもしなきゃ、あんた食っちゃ寝しているだけでしょ! それともなあに、あそこでひとり、お留守番していたかったの?」
「うえーん、ミズエの、いじわるーー」
ニコラが盛大に泣きわめく。
「はいはいよしよし。子どもが泣きやむ魔法って、どこかで売ってないかしらねえ」
瑞恵がニコラを撫でながらため息をつくと、
「おやおや、どうしたの。真っ赤な顔して泣いちゃって」
小柄なおばちゃんが笑いながら近づいてきた。
「どうもすみませんうるさくして」
「なんのなんの。この広場はにぎやかにやってなんぼのものだよ」
「うわーん、うわーん」
「このくらいの子は、よく癇癪を起こすからねえ。うちにも孫がいて、よくわかるわよ」
「この子は、かんしゃくっていうよりも、食いしんぼうが度を超しているだけなんですけどねえ。お孫さんはおいくつ?」
「よっつだよ。この子と同じくらいかな」
「あら、ニコラといっしょ」
おばちゃんが立ち話をしていると、なぜかふと目のあったおばちゃんも、呼ばれたのごとくやってくる。
おばちゃんは、おばちゃんを呼ぶ。
「あらかわいいおじょうさんだこと。わんわん泣いて、どうしたのさ」
「ちょっと眠たいんじゃない? 奥さん、あそこの石段で休ませたら?」
「あの石段の上にある貯金箱屋のこと、聞いた? こんど、へそくり専用の新商品を出すらしいわよ」
「あら、どんな貯金箱なのかしら。興味あるわー」
「へそくりをしている本人以外に見つかったら、『これはへそくりじゃありません!』って、撃退してくれるらしいわ」
「あら優れもの。そういえばさ、貯金箱屋の裏のコーヒー屋さんの奥さん、牛乳屋とけんかして、自分でミルクも売るようになったそうよ」
「まあ珍しいこと。コーヒー屋さんと牛乳屋さんは、相性ばっちりのはずなのに」
「もう牛乳なんかいらない! って怒って、ミルクポーションっていう、こーんな小さいポーションに、ミルクを濃縮したものを作っているらしいわ。あの奥さん、濃縮魔法の使い手だったのね」
濃縮魔法、という言葉に橋田さんがぴくんと反応した。
「まあすごい! ねえ、増幅の魔法の使い手は、このあたりにいないかしら」
さりげなく、話題を振る。
「増幅? ああ、あの奥さんよね……」
「あのうわさは、ほんとうなのかしら……」
いつのまにか10人ほどに膨れ上がったおばちゃんたちが、顔を見合わせて言葉を濁す。
「ほんとうなら、すごいことだけどねえ……」
「でも、増幅が使えるなんて、ちょっとねえ……」
「うそつきか、そうでなければ魔女たちの手下なんじゃないかしら……」
「魔女たち? それって、もしかしてピンクのおばさんと、マダム・フロリーヌのこと?」
「瑞恵さん、こっちでは『ショッキングピンク・ノ・オバサン』と『アクマ・フロリーヌ』よ」
「魔女といったらその2人組さ。まああたしたちも、姿を見たことはないんだけど」
「この先のパン屋の奥さんがねえ、増幅魔法の使い手だってうわさなんだけど」
「「「まあ、うわさよねーーーー」」」
「……瑞恵さん、どうする?」
「そりゃ、行ってみるしかないでしょ」
「ミズエー、ぱんやさん、いくの?」
「そうよ。ニコラもいく?」
「ぱんやさん、いくー」
「食べ物ならどこへでもついて行くのね、この子は……」
瑞恵たち一行と、おばちゃんたちは、くだんのパン屋へ向かった。




