64・完全に石化したスライムは果たして水道水でもとに戻るのか。
ピンク色の煙突。
つまり、ついきのう慌ただしくお別れしたピンクのおばさんの家だ。
そしてパーティーから離れたマダム・フロリーヌが、おばさんと一緒に住むことになった家だ。
「こんなにすぐ再会できるんじゃ……3人しか団地に帰れないって、シリアスになったのが、まるでムダねえ!」
瑞恵はつい、あっけらかんと言い放つ。
「瑞恵さん、しぃーーー!! そんな言い方したら、ニコラがへそ曲げるわよ」
瑞恵ははっとして、手をつないだニコラを見やる。
ニコラはぽかんとして、瑞恵を見上げる。
「ミズエー、ここ、どこ?」
「どこって、きのうまでいた、森の中よ。ここでハモうなぎ食べてさ、しゅらいむちゃんたちと遊んで、マダム・フロリーヌとバイバイしたでしょ」
「……瑞恵さんの説明だと、あたしたち楽しい休日を過ごしたみたいね……特効薬探しの冒険しているはずなのに……」
「ニコラ、ここ、しらないよ。なんか、ここ、すきじゃないよ」
「ええー。何よそれ。寝ぼけているの? あんたさんざん食べたハモうなぎをもう忘れたの?」
「瑞恵さん、とにかくこのおうちに入ってみましょうよ。ピンクのおばさんとマダム・フロリーヌに会いましょう」
「そうね。きのうのきょうだから、ちょっと小っ恥ずかしいけどねえ」
瑞恵は扉をノックする。
「ピンクのおばさーん、あたし、瑞恵ですー。また来たわよー」
「マダム・フロリーヌ、いるー? 橋田とニコラも来たわよー」
ドアの向こうは、しんと静まり返っている。
「留守なのかしら? あれ、カギ開いてる」
「瑞恵さん、気をつけて! いきなりドアを開けると、カズみたいに攻撃されるかも!」
「そうだったわ。お化粧中のピンクのおばさんを目撃した者は、容赦なく攻撃される!!」
瑞恵は細心の注意を払い、ゆっくり、ゆっくり、隙間を押し広げるようにドアを開ける。
「ニコラいっとうしょう! どーん!!」
「あ、こらニコラ! なに蹴破ってるの!!」
「だれも、いないよー」
ニコラが無謀にも突入したピンクのおばさんの家は、
「誰もいないっていうか……」
「何も、ないわね……」
本当に、何もなかった。
木目のテーブルや鏡台、穀物の大袋や柱時計、それから木彫りのちまちましたもの、そういったおばさんの気配を宿すものが全て消えて、
がらんとした、板張りの空間に瑞恵たちは立っていた。
家の主が消えてからずいぶんたつ証しのような、冷たくよどんだほこりっぽい空気が鼻腔を刺す。
「もう、換気換気! いったいピンクのおばさんったら、どうしちゃったのかしら」
「たった一日で、こんなふうになるわけ、ないわよね……瑞恵さん」
「まああのおばさんなら、何をやらかしても不思議じゃないけどねえ。とにかくこの濁った空気はなんとかしなきゃ、今年の夏はクーラーつけても換気しろって言われているくらいなのに、まったくテレビ見てないのかしら」
「瑞恵さん、気になるの、そこー?」
「ふむふむ、キッチンでお料理した形跡がないわね……これはやっぱり変ねえ……」
瑞恵は台所の小窓に手を伸ばす。
同じ高さにある、作り付けの戸棚がふと目に入り……伸ばした手が固まる。
「しゅ、しゅらいむちゃんたちじゃない!! どうしたの!!!」
「え、しゅらいむちゃん! ……なんてこと!!」
駆け寄った橋田さんが、悲鳴を上げる。
それは間違いなく、はらぐろ・みどり・ばんそこ、三体のオリジナルしゅらいむちゃんだった。
しかし、ぽよぽよと弾んでいたからだは、透明感も弾力も失い、
石化していた。
「橋田さん、真水!! 真水につけたら元に戻るわよねっ」
「水、水、やだ、水道が壊れている!!」
キッチンの蛇口はさびつき、橋田さんが力を込めてひねっても、びくともしない。
「お前たち、何をしている!!」
突然、勝手口から声が上がる。
「なにって、しゅらいむちゃんが大変なのよ!! 今忙しいから、後にしてくれる!?」
瑞恵は振り向きながら、声の主を怒鳴りつけた。
思っても見ない反応に、声の主が絶句している。
「み、瑞恵さん……頼りになる逆ギレだわ……。あら、ねえ、あなた、カズ、よね……!?」
「え、カズ?」
しゅらいむちゃんを腕に抱き、瑞恵もきちんと勝手口を見た。
「なんで、ぼくの名前を……?」
「なんでって、きのう会ったでしょ。……ん?」
「なんか、カズ、ちょっと縮んだ……?」
瑞恵と橋田さんは、顔を見合わす。
きのうまでは、瑞恵の胸元くらいまではあったはずの背丈が、10センチほど縮んでいる。
「急に大きくなるならまだしも……小さくなるなんて……」
不審者を見る目つきで瑞恵を睨めつける瞳も、なんだか昨日より幼い。
「ねえ、あなたカズで、間違いないわよね?」
「だから、なんでぼくの名前を、知っているんだよう」
「それはねえ、おばちゃんは魔法使いだからよ」
「なんだと!!」
カズが突然、小さな身体を身構え、戦闘態勢に入った。
「きゃあ、どうしたのよ。ちょっとカズ、落ち着いて」
「お前がこの世界をめちゃめちゃにした、魔女なのか!!」
「はいーーー?」
「瑞恵さん、異世界でうかつに魔法使いとか言っちゃダメよ。子供だましじゃなくて、ここでは本当に魔法が使えるんだから!」
「あ、そっか」
「ねえカズ、あたしたちは魔女じゃないわ。瑞恵さんと、橋田よ。害のない、おばちゃんよ」
「おばちゃん? それは、職業なのか?」
「そう。職業よ」
「え。橋田さん、そうなの……?」
「そうよ。世の中がまるくおさまるようにしている、立派な職業よ」
カズが、まだ胡散臭そうに、橋田さんを見ている。
「ねえカズ、この国を、魔女がいったいどうしたのか、教えてくれる? あたしたち、力になれるかもしれない」
橋田さんが、カズの肩にそっとふれて、まっすぐその目を見る。
カズの体から、強がりが抜けてゆくのが、隣にすわる瑞恵の目にもはっきり分かった。
「……この国は、ふたりの魔女が好き放題して、めちゃくちゃになったんだよ……」
「「ふたりの魔女?」」
「ショッキングピンク・ノ・オバサンと、アクマ・フロリーヌさ……」




