63・ふわとろたまごも捨てがたいけど、お弁当にするならやっぱりしっかり火を通さないとね。
「あら、フランソワーズもおしゃべりできるんじゃない!」
瑞恵は思わず、声を上げる。
「できないよー」
フランソワーズが真顔で答える。
「……できてるって」
「瑞恵さん、こうもそっくりじゃ、どっちがニコラでどっちがフランソワーズか分からなくなりそうねえ」
「そうねえ。イニシャルのアップリケでもつけておく?」
瑞恵と橋田さんがこそこそしゃべっていると、
「「あれ! フランソワーズが消えた!!」」
2人の目の前からフランソワーズが消えて、ぶすっとした顔のニコラが2人をにらんでいる。
「ニコラはニコラ、フランソワーズは、フランソワーズなのに……。なんで、わからないんだよう」
「なんでって言われても、ねえ」
「ニコラもフランソワーズも同じくらいかわいいからよ」
橋田さん、ナイスフォロー!! と、瑞恵が心の中で拍手をしていると、
「ニコラのほうが、かわいい!!」
火に油を注いだようだ。
「ニコラのほうが、ずっといっしょにいたのに……ミズエも、ハシダも、やっぱり、あたらしいおんなが、いいのね」
「ちょっとあんた、どこでそういう言い回しを覚えたのよ。昼ドラ?」
「瑞恵さん、あたしたちここに来てから昼ドラ見てないわよねえ。テレビは映らないから」
「そういえばそうよね……。わかったわかった、ニコラのほうが、かわいいわよ」
「フランソワーズのほうが、かわいい!!」
するとニコラの肩口あたりから、にょっとフランソワーズが現れた。
「ああーフランソワーズ。かってに、でちゃ、だめでしょ」
「だって、でたかったんだもん」
「ニコラが、でろっていったら、でるんだよ」
「やだぷー」
「こら、ケンカしないの! オムライスあげないわよ!!」
「「やだぷーーーー」」
「橋田さん、どうしよう。これじゃあこどもがふたりいるだけで、魔法でも何でもないじゃない」
「困ったわねえ。まあ、久しぶりに子どもの騒ぐ声が団地に響くっていうのも、いいもんじゃない?」
「まあねえ……」
異世界に転移したからというわけではなく、団地の住人は高齢化が進んでおり、もとの世界にいたときから、なんだかひっそりしていた。
「フランソワーズなんか、おしーりぺんぺん」
「ニコラなんか、あっかんべー」
栗色の髪の毛を引っ張り合い、ニコラとフランソワーズはごろごろ転がり、瑞恵の足元で堰き止められた。
「うるさーい!! 騒ぐのも、程度による!! いいかげんに、しなさい!!」
罰として、オムライスはお預けになり、焼いたシシャモがおかずになった。
ニコラはむしろ、喜んでいた。
「瑞恵さん、ニコラとフランソワーズの見分け方が、分かったわね」
「え? どういうこと?」
「酒のつまみを喜ぶのはニコラで、そうでもないのがフランソワーズよ」
「なるほど……」
◇◇◇
翌朝。いつになく、ちゃっちゃと非常持ち出し袋の点検と補充を終えた瑞恵がニコラの準備をしようとすると、
「あら。ニコラ、フランソワーズはどこに行ったの」
「いま、いない」
「いないって……いないまま、出発して大丈夫?」
「かにくりーむころっけのときに、よんで、って」
「なんですと?」
「フランソワーズは、くいしんぼうだからね」
「……あんたに言われたくないと思うわよ」
「瑞恵さーん。準備できた?」
「橋田さん、おはよう。うん、ばっちりよ」
「ミズエー、ニコラの、おめかしが、まだだよ」
「おめかしはともかく、顔洗いなさい」
「フランソワーズが、かわりに、あらった」
「都合良くフランソワーズを使わないの! ほらはやく!」
「ミズエ、これ、もっておいて」
どこから取り出したのか、ニコラが小さな手にぎゅっと握りしめた何かを、瑞恵に手渡した。
「なあに、これ?」
すべすべした、ガラスのような、石ころのような。
「ミズエに、あげる」
「うん……? ニコラ、これどうしたの」
「じゃ、おやすみ」
「おやすみじゃない! 起きなさい!」
よく分からないまま、瑞恵はひとまず、ポケットになんだか分からないものを入れた。
子どもが手渡すなんだか分からないもので、ポケットがなんだか分からなくなるのは、まあ、よくあることだ。
ちなみに瑞恵のポケットのステイタスは
あめ玉:2
スライム仁丹:約15(山椒用、小袋に取り分け済み)
頭痛薬:1回分
ニコラがくれたなんだか分からないもの:1
「瑞恵さん、行けるー?」
「うん、行きましょうー」
リュックの一番上にオムライス弁当を詰めて、瑞恵は答える。
ケチャップライスを包んだたまごに切り込みを入れて、「ニコラ」と書いてある力作だ。
「瑞恵さん、次はどんな国かしらね」
「橋田さん、なんだか楽しそうね」
「せっかくだもの、楽しまなきゃ」
「それもそうね。せーの、どっこいしょ」
真ん中にニコラを挟んで手を繫ぎ、3人は団地の外へ飛び立った。
「……あれ、ここは!!」
「やだー、またここ??」
瑞恵と橋田さんは、ピンク色の煙突を横目に、顔を見合わせた。




