60・ハモうなぎの湯引きは森の居残り組が3秒くらいで食べ尽くしました。めでたし、めでたし!?
「3人しか乗れないってことは、つまり……」
瑞恵ははっとしたように胸に手を当てる。
「ニコラは、このことを知っていたから、黄金のハモうなぎを隠していたのね」
橋田さんが、ニコラの頭をいいこいいこしながら言う。
「ニコラ、よにんできたのに、さんにんでかえるの、いやだもん」
ニコラの目に、大粒の涙がもりもり浮かぶ。
はらぐろ・みどり・ばんそこ、三体のスライムが駆け寄って涙を拭おうとし、
「しおだ」「しょっぱい」「きをつけろ」
慌てて離れる。
「あんたたち4人は、離れたくないんだな?」
ピンクのおばさんが、腕組みして言った。
「「「「うん」」」」
「じゃあダンチには、あたしと、兄さんと、カズの3人が行ってくるよ」
ピンクのおばさん以外の全員の頭にクエスチョンマークが浮かぶ。
「行ってきて、どうするの?」
瑞恵が久方ぶりにまっとうな質問をする。
「あたしたちが、セーブポイントを記録してあげるから。あんたたちは、冒険を続けたらいいさ」
「えーーーーやだ」
「やだってあんたら、勇者パーティーなんだろ? 早く先に進みたいんだろ? あたしのお申し出に、感謝こそすれ、やだってことはないだろうよ」
「せっかくだけど、あたしたちがなんのために冒険しているかっていったら、団地に帰るためなのよねえ」
「えっ、瑞恵さん、さすがにそれは違うんじゃ……」
「ひとつ大がかりな料理をしたら、団地に帰ってお風呂に入ってよく眠る。このリズムが大事なのよ、分かる?」
「規則正しい生活は、大事ですな……」
まるで意味が分からないという顔をしているピンクのおばさんを、ピンクのおじさんがフォローする。
「ハモうなぎが異界を行き来できるのなら、2回に分けてあたしたちを団地へ運んでもらえないかしら」
橋田さんが、自分の思いつきに顔を輝かす。
「いい考えね! どう、ハモうなぎ、できる?」
瑞恵が尋ねると、
「むり」「だめー」「いっかいだけー」
はらぐろ・みどり・ばんそこが答えた。
「よし。ニコラを置いていこう」
じっと皆の話を聞いていたマダム・フロリーヌが言い放った。
「「ええっ」」
瑞恵と橋田さんが同時に声を上げる。
「さすがにそれはできないわよ。だいたいこの子はもともと、隣国の戦争の間あずかってほしいって、託された子よ」
「そうよ。マダム・フロリーヌも知っているでしょ。えっと……ルーゼットさん。ニコラのおばあちゃん。彼女に頼まれて、ニコラはあたしたちのパーティーに加わったんじゃない」
「だからだよ。この子をルーゼットに帰すなら、今しかないんだ。この森と、ルーゼットのいる街はそう遠くないよ。幸い戦禍はこの国に及んでいない。いったん団地に帰って、次に行く国がヘイアンキョウみたいなところだったらどうするんだい? ニコラはずうっと、ふるさとに戻れないよ」
おばちゃんたちの言い合いを、口をへの字にして聞いていたニコラが、ついにわんわん泣き出した。
「ニコラ、だんちにいきたいよう!」
「「あーあ、マダム・フロリーヌが泣かした」」
「ニコラ、まだ、おむらいすっていうの、たべてないもん。あと、たこやきっていうのと、さばのみそにっていうのと、しゅうまいっていうの、たべてないもん。あと、あきになったら、くりごはんっていうのたべるし、ふゆになったら、おでんっていうの、たべるんだもん!!!」
「ねえ、あんたどこで、そんなに料理の名前覚えたのよ……」
「ミズエのほんだなに、あった」
「とりあえず向こう半年は、団地にいるつもりね……」
「さくらもちっていうのも、たべるからね。こしあんの」
「春までいるってことね」
「かきごおりっていうのも、たべるからね。うじきんときの」
「一番高いやつをご指名ね」
瑞恵はため息をつきながら、ニコラを抱き寄せた。
「……あんた、本当は自分が残る気なんだろ?」
ピンクのおばさんが、マダム・フロリーヌの肩を小突く。
2人の視線が、やわらかにぶつかる。
「ああでも言って、小娘に憎まれなきゃ、なかなか1人を置いていく決断ができなさそうなパーティーだからねえ」
「ふん。あたしは、あんたという気の合う友達ができたから、追放されてもまあいいのさ」
「へへ、そうかい。あたしもいっぺんダンチに行って、ハモうなぎの剣捌きを教えてもらいたいところだったけど、こればっかりは仕方ないね」
「あたしができるよ」
「本当かい???」
「あんた、あたしは踊り子だよ。一度見た動きなら、だいたいトレースできるのさ」
「はあぁ。大したもんだね。あんた、きょうからあたしんちに住みな」
ピンクのおばさんとマダム・フロリーヌのすっかり意気投合した背中は、双子みたいにそっくりだ。
「じゃああんたたち、達者でね」
「あ、ヘイアンキョウの櫛はあたしが持っているよ、ほら」
高子ちゃんからもらった唐草文様の櫛を、マダム・フロリーヌがひゅっと投げて寄越す。
「あ、ありがとう……えっと、もう行ったほうがいいの?」
急展開に戸惑う瑞恵。
「もうちょっと、別れの余韻とか、ねぇ?」
橋田さんも、いささか困り顔だ。
「そうそう、カズはどうするの? これから」
瑞恵は、はらぐろ・みどり・ばんそこでお手玉をしているカズに水を向ける。
「ぼくは、こいつらとパーティーを組むよ」
「え、しゅらいむちゃんたちと?」
「カズー」「くむー」「パーティー」
「なんかね、ぼくがこいつらを石化から守ろうとしたことを、恩に感じているみたい」
「けっきょく、まもれなかったけどね……」
「こら、ニコラ! せっかくいい雰囲気なのに、ぶち壊しにしないのっ」
瑞恵があわてて、ニコラの口をふさぐ。
「ミズエー、あの、ねえ、カズもねえ、だんちから……」
「ちょっとあんたは黙ってなさい! カズ、元気でね」
「いつでも遊びに来てね。団地はいいところよ」
瑞恵と橋田さんが口々に言う。
「うん、知ってるよ」
「「?」」
「ほらあんたたち、さっさと行っちまいな。もう、ハモうなぎをドラゴン化したよ。スライム仁丹を食べさせるんだよ」
ピンクのおばさんが、別れを急かす。
「あぁーもう、分かったわよ! 行けばいいんでしょ、行けば!」
「瑞恵さん、はい、スライム仁丹!」
橋田さんがタッパーから、青いスライム仁丹を一粒取り出した。
「よーし、それでは……、はい、もぐもぐ、ごっくん」
「わしは、赤ちゃんかいっ」
「うわ、ハモうなぎ、しゃべった!」
ドラゴンとなった黄金のハモうなぎが、みるみる巨大化してゆく。
「さあさああんたたち、さっさと乗りな!」
おしりを叩かんばかりの勢いで、マダム・フロリーヌが帰還組を急かす。
「はいはい、行きますから。ちょっとマダム・フロリーヌ、あたしの腰を押してくれない?」
「ひとりでドラゴンにも乗れないのかね、あんたは」
「ふう、ふう、あーよっこらしょっと」
「瑞恵さーん、もう少し上まで上がって! じゃないとあたしたちが座る場所がないわー」
「ええーー。これ以上無理よう。いまだって、腕ぷるぷるしているんだからー」
「しょうがないわ。ニコラ、おんぶするからちゃんと摑まっているのよ、いい?」
「ハシダのせなかに、いのちをあずけるわけか……うーん……」
「早くして! 瑞恵さんが落っこちてくるから!!」
「橋田さん、乗った? 乗れた??」
「乗ったわよー、なんとかー……きゃぁっ」
ニコラをおんぶした橋田さんが、ドラゴンの尾っぽになんとか乗っかると、落雷に似た光が走り、空が割れ、
「「「お元気でー」」」
3人を乗せたドラゴンはあっという間に、その彼方へ消えていった。
◇◇◇
「はあー、到着ーーー!」
出かけた時と寸分違わない、団地の一室、瑞恵の住む301号室だ。
「うぇっうぇっ、ひっく、ひっく」
橋田さんの背中に涙をこすりつけて、ニコラが泣き続けている。
「ニコラ、やっぱりマダム・フロリーヌとお別れするのがさみしかったのね……」
瑞恵がニコラの頭をやさしくなでる。
「黄金のハモうなぎをずっと隠しているなんて……意外とけなげよね、やだ、あたしまで泣けてきちゃう」
ニコラに背中をべちょべちょにされたまま、橋田さんが目元を押さえる。
「はもの、ゆびき、たべなかったよう……!」
「へ?」
「リュックあけたら、ゆびき、くれるっていったのに……! うめぼし、だしたのに……!」
「ああ、そういえば。忘れてたわね」
「ニコラ、まさかそれで泣いていたの?」
「ゆびき、ゆびき、ゆびき……!」
「あんた、さんざんウナギの白焼きとハモの天ぷら食べたでしょうが!」
「ミズエ、ゆびき、つくって!」
「ええー。ハモ高いのよ。むりむり。本当に、夢みたいな魚だったわねえ、ハモうなぎ」
「ねえ。ところであれ、魚でいいのかしら? モンスター?」
「このさいどっちでもいいわよ。ああ、おいしかった」
『ピンポーン。ピンポーン』
「あ、誰か来た」
「瑞恵さん、この音は、ワシさんからの電話じゃない?」
「あ、そっか。一応ここも異世界なのよね。はい、もしもーし」
「ワシじゃ。お主ら、ついに手掛かりを掴んだようじゃな」
「はい? 手掛かり??」




