59・鬼ケ島へ行った犬・猿・キジにもそれぞれ物語があるのですがそれはまた別の話。
おばちゃんとおばちゃんが住む家の前に、犬と猿とキジがぼさっと立っていました。
3匹は、おばちゃんに手をひかれてやって来たモモちゃんを見つけると、
「「「いたぞいたぞ、やっぱりいたぞ!」」」
と、駆け寄ってきました。
「なあに、あんたたち。うちのモモちゃんに何か用?」
おばちゃんのひとりが、ずいっと前に出ました。
おばちゃんは人族のなかでは小柄なほうですが、ずいっと前に出たときの威圧感は、けっこうなものです。
たぶん、「ふてぶてしい」の魔法をオンにしているのです。
「小さな女の子に動物3匹が駆け寄ってくるとは、穏やかじゃないわねえ」
もうひとりのおばちゃんも、ずいっと前に出ました。
3匹は、ずりっと、後ろに下がりました。
「いや、ぼくら別に、悪いことをしにきたわけじゃ……」
犬が、半べそをかきながら言いました。
「モモちゃんが、鬼ケ島に連れて行ってほしければ、貢ぎ物を持ってこいっていうからさ……」
猿が、困った様子で言いました。
「世にも珍しい貢ぎ物を持ってこれるくらいの度量がなきゃ、鬼ケ島へ行っても役立たずだから、って……」
キジが、ため息交じりに言いました。
「あら、じゃあモモちゃんが呼び寄せたようなもんね」
おばちゃんのひとりが、あきれたようにモモちゃんを見ました。
「鬼ケ島に連れていく代わりに貢ぎ物を要求するとは、なかなかのワガママねえ」
もうひとりのおばちゃんも、腕組みして言いました。
「だって、ももちゃん、ほんとうは、たけから、うまれるはずだったんだもん。たけからうまれて、ちやほやされて、みつぎものもらうはずだったんだもん」
モモちゃんは悪びれずに言ってのけます。
「それなのに、ももに、はいったら、おにがしまにいかなきゃいけないなんて。せめて、みつぎものもらわなきゃ、やってらんない」
「それであなたたちは、このわがままモモちゃんのために、ホイホイ貢ぎ物を持ってきたわけ? 偉いわねえ」
「「「ぼくら、鬼ケ島に行かないことには、次のイベントが起きないんで」」」
犬・猿・キジは、声をそろえて言いました。
「じゃあ、まずは、いぬから。なにを、もってきたの?」
モモちゃんの目がきらんと光ります。
「ぼくはこれです! 海の湖畔で採れる幻のお薬、スライム仁丹!!」
犬が、青いつぶつぶの詰まった小瓶を掲げた。
「一粒で、ステータスがみるみる向上。冒険のお伴に、これ以上の貢ぎ物はありません!」
モモちゃんは、ちらりと瓶を見て、
「あれっぽっちじゃ、はらのたしにも、ならないな……」
と、つぶやきました。
「じゃあ次はぼくです! 遠い異国、ヘイアンキョウの櫛です!!」
猿は唐草文様の彫櫛を、うやうやしく差し出した。
「かわいいモモちゃんの御髪を彩る、御櫛。冒険中でも、美しくありたい女性にぴったりです!」
モモちゃんはちらりと櫛を見て、
「なんでぼうけんちゅうに、きれいでいなきゃならないんだよ……だいたいももちゃん、なんもしなくてもかわいいし」
と、不機嫌に言い捨てました。
「モモちゃん、気を取り直して! ぼくはこれ、黄金のハモうなぎです!!」
キジがあわてて、大きなタッパーを取り出しました。
「海の湖畔の名物、ハモうなぎ! これはいっとうはじめのレアものです!! グルメなモモちゃんにぴったりでしょう!!!」
モモちゃんはちらりとタッパーを見て、
「ももちゃん、さいきん、これすてろーる、ちょっときにしているんだよな……」
と、モモちゃんを押しのけて、おばちゃんのひとりがタッパーを手に取りました。
「モモちゃん、これにしなさい! 初物のハモうなぎ! キジさん、どうもありがとうね」
「え、ちょ、ちょっと待ってくださいよ……これは、モモちゃんに……」
「あら、でも貢ぎ物を受け取ったら、その人と結婚するんじゃなかったっけ? 竹生まれのお姫様は、そういう設定よね?」
もうひとりのおばちゃんが、豆知識を口にしました。
「モモちゃん、キジさんと結婚するってことでいい?」
「いいわけ、ない!」
モモちゃんが、桃のようにほっぺたをピンクに染めて、怒りました。
「わかったわかった。じゃあこれは、あたしがもらうから。それならモモちゃんが受け取ったわけじゃないから、いいわよね?」
「いいわけ、ない!」
今度はキジが怒った声を上げました。
「だいたいねえ、ぼくらは、誰かひとりを選んでもらうために貢ぎ物持ってきたわけじゃないんですよ」
犬が言うと、
「そうそう。この貢ぎ物は、鬼ケ島へ行くためのもの。そして、みっつでひとつなんです」
猿が得意げに言いました。
「「みっつでひとつ? どういうこと?」」
おばちゃんが、声をそろえて問います。
「ふふふ……まずは、黄金のハモうなぎを取り出します」
キジが、くちばしで器用にタッパーの蓋を開け、にゅるんと飛び出すハモうなぎの身体を挟み込みました。
「ハモうなぎのあたまに、ヘイアンキョウの櫛をかざします」
猿が、櫛をハモうなぎにかざすと、
「「は、ハモうなぎが……!」」
つるんとしたハモうなぎの身体から鱗が生え、翼が生え、頭にはとげとげが生え、
「「ドラゴンに、なった……!」」
さすがのおばちゃんも、目を丸くして驚きます。
でも、床に落ちた櫛をちゃっかり拾ってエプロンのポッケに入れるくらいの現実感は健在です。
「そしてこのドラゴンに、スライム仁丹を食べさせます」
犬が、小瓶からスライム仁丹を取り出し、一粒与えると、
その身体はみるみる膨らみ、村でいちばん大きな木の、二倍もの高さになったのです。
「これが、黄金のハモうなぎの、本来の姿です。こいつは、ここと異界を、つなぐ乗り物になるんです」
キジが言い、ドラゴンの背に乗りました。
「さあモモちゃん、これで、鬼ケ島までひとっ飛びです。こんないい乗り物に乗っていけるんだから、文句ないでしょう」
猿が言い、ドラゴンの背に乗りました。
「桃から生まれたモモちゃんは、鬼ケ島へ行くしかないんですよ。そういう運命なんです。さあ、出発!」
犬が言い、ドラゴンの背に乗りました。
モモちゃんは、おばちゃんたちを見上げて、かなしそうな顔をしましたが、
しまいには、差し出された犬の後ろ足を握り、ドラゴンの背に飛び乗りました。
…………。
ぷしゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅうううううう
「「「あれっ??」」」
モモちゃんが飛び乗った途端、ドラゴンはへなへなと縮こまり、元の大きさに戻ってしまったのです。
「どうしたのかしら、縮んじゃったわね!」
おばちゃんが、大きな声で言いました。
みんな知っていることを、見たまんま、大声でダダ漏れするのは、おばちゃんの特徴のひとつです。
「ほんとうね、縮んじゃったわね!」
もうひとりのおばちゃんも、大きな声で言いました。
「……わたしは、3人乗りだ」
と、縮んだドラゴンが、しわがれ声でつぶやきます。
「4人乗ったら、つぶれる。しかも4人目が、見た目よりずっと重かった……」
ドラゴンは、はあはあ息をしています。
「だって」
モモちゃんが一同を見渡し、ふてぶてしく言い放ちます。
「だから、さんびきで、いっておいでよ。ももちゃんは、ここで、おばちゃんと、くらすから」
犬・猿・キジは、顔を見合わせました。
「え……どうする?」
「そういうの、アリなのかな? 俺ら、モモちゃんのお伴っていうポジションでしょ?」
「でもさ、サブキャラが主役のサイドストーリーも、最近は増えているし……」
「モモちゃん、ああ言っているし……」
「俺らだけで行っちゃう? 鬼ケ島?」
「ちょっと試しに、行ってみっか!」
と言うわけでもう一度、櫛をかざし、仁丹を食べさせ、大きくなったドラゴンに、3匹は乗り込みました。
「「「いってきまーす」」」」
「「「なんかおいしそうなのがあったら、おみやげよろしくーーーー」」」
というわけで、モモちゃんと、おばちゃんと、おばちゃんは、それからずっと楽しく暮らしましたとさ。
めでたし、めでたし。
◇◇◇
「いい物語ねえ。あたしもそんなふうに、暮らしたいわあ」
瑞恵が言うと、
「マダム・ミズエの暮らしそっくりだと思ったがね」
マダム・フロリーヌが番茶をすすって言う。
「つまり、このお話の教訓は……黄金のハモうなぎは、違う世界をつなぐ乗り物になるって、ことね」
橋田さんが、鋭い指摘をした。
「ああ、そうさ。あんたたちの『ダンチ』にも、ハモうなぎに乗って帰れるだろうよ」
ピンクのおばさんは、ハモうなぎの入ったニコラのリュックをじろりと見て言った。
「でも、さんにんしか、のれないんだよ」
三角座りしたニコラが、くちびるをとがらせている。
「3人……」
瑞恵、橋田さん、ニコラ、マダム・フロリーヌの視線が交差した。




