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56・ああ米がほしい。もはや米取りに行くためだけに、団地に帰りたいや。

揚げたてのハモうなぎの天ぷらをひとくちかじったピンクのおばさんとおじさんが、飛んだ。


「うまっ!なんだいこれは!! あたしたちが知っているハモうなぎと、全然違うっ!!」


ピンクのおばさんのピンクの髪が、巨大な羽根のようにぱたぱたとはばたき、おばさんちょっと飛んだ。


「この口当たり……さっくりした衣からふわっふわっの純白の身が現れ、揚げ物というポップな様式からはちょっと想像できない滋味深い味わいが、俺の舌をふるわす……!!」


独自の表現をごにょごにょしているピンクのおじさんのピンクのひげが、ぐわんと上向き、おじさんちょっと飛んだ。


「ちょっと飛んでる……」


「瑞恵さん、異世界に来ていちばん、びっくりしたわね……」


「ほんとね、橋田さん……」


「瑞恵おばさん! このハモうなぎ、どうやったらこうなるの? 全然ちくちくしないし、身はぷりぷりだし!」


カズは、地に足のついた喜び方をしている。


「カズたちは、ふだんどうやって食べているの?」


「丸揚げ」


「丸揚げ?」


「頭をおとしたら、そのまま熱ーい油へ、ダーイブ!」


瑞恵がわなわなと震えだした。


「カズ、よく聞きなさい。ハモっていうのはね、高いの。ウナギはね、もっと高いの。それを下処理もせず、油へダーイブ? あんたたちダイジョーブ?? そんな金銭感覚じゃ、このさき大変よ?」


「まあまあ瑞恵さん。それが、こっちの食べ方なんだから。あたしたちがとやかく言うことじゃ……」


「言うわよ! とやかく言うわよ! せっかくのおいしいものを、適当に揚げちゃうなんて!」


「だって、モンスターは揚げ物にするのが、ふつうだからさ……魔力を薄めるためにも……」


「ハモうなぎはモンスターじゃない!! 高級魚です!!」


「瑞恵さん、そこはこの世界の言い習わしに従いましょうよ……」


「ミズエー、おかわりー」


ニコラはあっという間に天ぷらを平らげ、ハモうなぎのウナギ部分の白焼きをほおばっている。


「こりゃうまい! ニコラごのみの、あじだ……!」


「やっぱりニコラの味覚には、蒲焼きより通好みの白焼きだったか」


「瑞恵さん、あたし白焼きって初めてなんだけど、こんなにおいしいものだったのね」


「タレでごまかしがきかないから、いいウナギでないとできないのよ。それに、蒲焼きにすると、ごはんがほしくなるし。……米を持ってこなかったのは、痛恨だわ」


瑞恵も白焼きを口に運ぶ。


「おいしい! おいしいだけだけに、山椒がほしいわねえ。あいつがいたら、一気に風味が高まるのに……なにかないかしら、ちょっぴり苦くて、ぴりっと刺激的なもの……」


「しゅらいむじんたん」


ニコラがつぶやいた。


「つぶつぶになったしゅらいむちゃん、にがくて、ぴりってしたよ」


「なるほどね。橋田さん、ちょっとすりつぶしてみましょうか」


「そうね。はい、タッパーに入ってるわよ」


瑞恵はゆびさきでスライム仁丹をすりつぶし、ほんの少量、白焼きに振る。


「んんん!! おいしい!!!! まさしく、山椒よ!!!!!」


「瑞恵さんが、ちょっと飛んだ……!」


「とべないおばちゃんは、ただのおばちゃんだからねえ」


「ニコラ、瑞恵さんが飛んだのは、ほしのげんくんのライブ以来のことなのよ!」


「らいぶ? なにそれ、おいしいの?」


「橋田さんも、ほんの少し、振ってみてよ。これほどすばらしい白焼きの相棒はないわー」


青いスライム仁丹をつぶした青い粉は、色えんぴつのこぼれかすのようで一瞬ためらう橋田さんだが、


「きゃあっ! おいしい!! 白焼きの味が、こんなにも引き立つなんて!!!」


「橋田さんが、ちょっと飛んだ!」


「これで、とんでないのは、ニコラと、カズだけだね」


「そうだね。全く大人は、落ち着きがないね」


「ちょいと、あたしを忘れるんじゃないよ。その粉をお寄越し」


マダム・フロリーヌが手を伸ばす。


「ん? これは、スライム仁丹??」


「そうよー。マダム・フロリーヌったら、いまさら何を言っているのよ」


「まったく、団地の人のやることは気が知れないよ。スライム仁丹は薬だよ。ふりかけにするなんざあ、前代未聞だよ」


「でもこれ、山椒代わりになるのよ。それもとびきりの……」


「おや、ちょっとあんたたち。体力がずいぶん上がっているんじゃないかい?」


ピンクのおばさんが振り返って言う。おばさんが着けている、片目だけのサングラスに似た機械がピーピー音を出している。


「ほら、やっぱり!」


機械から吐き出されたレシートをのぞくと、


名前:瑞恵

年齢:58

職業:すごいおばちゃん

体力:驚異の前向き

特技:料理。食料視。おばちゃんのコミュ力

装備:出刃包丁、ハモ切り包丁、番茶、塩、コショウ、ヘイアンキョウのにんにく(乾燥)、ショウガ(すりおろし)、ごま油、しょうゆ、黒糖、雨具、スライム仁丹(体内保存)

レベル:測定不可能


名前:橋田

年齢:57

職業:大したおばちゃん

体力:驚異のやさしさ

特技:カルチャースクール仕込みのちょっとした素養。おばちゃんのコミュ力

装備:皮剝ぎ包丁、骨切り包丁、救急用品、簡易トイレ、ホイッスル、雨具、ミニようかん(4本)、氷砂糖、オレンジジュース、スライム仁丹(体内保存)

レベル:測定不可能


「あ、あたし、すごいおばちゃんになっている! 体力は、驚異の前向き??」


「あたしは、大したおばちゃんだわ! 体力は、驚異のやさしさ??」


「おばさんたちのステータス、全然意味が分からないよ……」


「そうなんだよ、カズくん。こんなステータスの人、ギルドに長年勤めていても見たことないよ」


カズのつぶやきに、ピンクのおじさんが答える。


「そういえば、モンスターっていうからタコみたいなのをゆでるつもりで、番茶を持ってきていたんだわ。お茶にしましょうか」


「そうね、瑞恵さん。あたしのようかんで、甘味もあるわ」


「それにしてもステータスって便利ねえ。リュックの中身って、すぐ忘れちゃうから。こうやって整理してくれるのは、助かるわあ」


「本当ねえ。買い物メモが、目の前にあるようなもんでしょ。手が塞がっていても分かるのは、便利よねえ」


「……ねえおじさん。あの人たち、ステータスの使い方、間違っているよね?」


「……ああ。でもなんだか、何が正しいのか分からなくなってきたよ……」


「なあ、そっちの白身はなんだい? 花が開いたみたいな、かわいいかたちじゃないか」


ぱくぱく食べ続けるピンクのおばさんが、瑞恵に尋ねる。


「これは、ハモの湯引きよ。梅肉を合わせるのが定番なんだけど……どこかのけちんぼさんが、梅干しを出さないのよねー」


瑞恵がニコラをにらむ。


ニコラはぎゅっとリュックを抱きかかえる。


「ニコラ、梅干しひとりじめしても、仕方ないでしょ。そのリュックを、開けなさい」


「だめ」


「どうしたのよ。……きゃっ、しゅらいむちゃんたち、何するの」


ニコラのリュックに伸ばした瑞恵の手を追い払うように、はらぐろ・みどり・ばんそこ、三体のスライムがぽよぽよ体当たりしてくる。


「ところで……いっとうはじめのハモうなぎを取ったのは、あんただったねえ、小娘」


ピンクのおばさんがニコラが抱きかかえたリュックを見つめながら、低い声を出す。


「あのハモうなぎは、どこへ行ったんだい?」


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