52・この世界のひとがみんなピンクの髪やら髭やらじゃなくて、ふたりはきょうだいだから似ていたんだね。
はらぐろ・みどり・ばんそこ、三体のスライムがぽよぽよと窓に近づき、
「だれかきたー」「こっちきたー」「はしってきたー」
大騒ぎしている。
「あら、お客さんかしら。困ったわねえ、あたしたち留守番なのに」
「瑞恵さん、あたしたち留守番じゃないわよ。この家の、スライム退治に来た勇者パーティーよ」
「あ、そうだった。あら、あの人って、さっきの……」
「おーい、おーい、奥さん方―――」
現れたのは、森の入り口の冒険者ギルドにいたおじさんだった。
瑞恵たちに、スライム退治の依頼を紹介したおじさんだ。
ピンクのひげが、おじさんの荒い呼吸に合わせて、はあはあ上下している。
「ピンクのおじさん! そんなに慌てて走って、どうしたの??」
「ふう、ふう。いやはや、あんた方、無事だったかい?」
「ええ。このとおりよ」
瑞恵が、おじさんを招き入れる。
「ああ、お嬢ちゃん。かわいいあんたが心配で、やっぱり気がとがめてさ……追いかけてきたんだよ」
おじさんがニコラの頭をなでる。
「きやすく、さわらないで、いただけるかしら……」
瑞恵や橋田さんにはぺたぺた甘えるニコラが、おじさんをきっとにらむ。
「おっと失礼。レディに悪かったねえ」
「おじさん、気がとがめてって、どういうことかしら?」
橋田さんがおじさんに詰め寄る。
「この依頼には、何か裏がある……そういうことね?」
橋田さんがいつになく、怖い顔をしている。
「……」
おじさんは縮こまってうつむいてしまう。
瑞恵が横からすっと、黒糖蒸しパンとお茶を差し出す。
「まあまあ、おじさん、これでも食べて。あなたもいろいろ、大変ね」
「……かたじけない」
その様子を見ていたカズが、ニコラに耳打ちする。
「すごいね。あのおばちゃんふたり、刑事さんみたいだね」
「けいじさん? なにそれ、おいしいの?」
「刑事さんは、食べ物じゃないよ。ぼく、ここの世界に来る前に、テレビのドラマでよく見たんだ。刑事さんってね、ああやって、ひとりが厳しく詰め寄って、ひとりがやさしく接して、犯人を自白させるんだよ」
「ふうん。てれびって、だんちにもあるよ。いまは、でんぱがないからうつらないって、ミズエがいってたけど」
「団地? きみ、団地からきたの?」
「ニコラはちがうよ。ミズエとハシダは、だんちからきたんだよ」
「そうなんだ……ぼくもたぶん、団地から来たんだよ……もうずいぶん前のことで……記憶があいまいなんだけど……」
「ふうん。そのむしぱん、もういらないの?」
「いるよ! ニコラのお皿にもいっぱいあるのに、なんでぼくのを取ろうするんだよ!」
「カズのものは、ニコラのもの……」
「ええっ。あのピンクのおばさんと、おじさんはきょうだいなの!!」
瑞恵が大きな声を上げる。おばちゃん刑事ふたりの取り調べに、ついにピンクのひげのおじさんは、自供を始めたらしい。
「ああそうさ。あいつは昔っから偏屈屋でねえ。剣士の才能も、薬師の才能もあるのに、師匠ともめて追い出されてばかりでさ。こんな森の中に、引っ込んじゃって」
おじさんはぽろっと涙をこぼし、蒸しパンをかじる。
「ひとりでいるのもさみしいだろうと思ってさ、スライムの赤ちゃんをペット代わりに、俺が持って行ったんだよ。そしたら家から溢れるほど、増やしちまって」
ふう、とおじさんはため息をつき、お茶をすする。
「斬れば斬るほど増えるから、スイッチの入った剣遣いが家中スライムまみれにしちゃうことはたまにあるのよ。ただうちの妹の場合は、なまじ薬が作れるからさ。禁止されている石化剤でスライムを片付けようとした……」
はらぐろ・みどり・ばんそこ、三体のスライムが、口をへの字に曲げておじさんをにらんでいる。
「薬師としての腕前を見せつけたかったのかもなあ……。いや、本当に申し訳ない。あいつに代わって、まともな方法でスライムを退治してくれるパーティーを探していたのは本当だ。でも『ピンクのおばさん』の依頼と知ったら、たいていのパーティーは嫌がって受けてくれないさ。それで、何も知らないあんたたちに……」
うなだれるおじさんと一緒に、ピンクのひげもかつてなく、しょぼくれて下を向いている。
「おじさん、あたしたちなら大丈夫よ。おばさんのことは、なにこの感じ悪い人って思っただけで。ねえ、橋田さん」
「そうね。大変だったのは、しゅらいむちゃんたちと、カズよね。そう、カズにしたことは見過ごせないわ。おばさんに何をされたのかも分からないうちに、傷だらけで外に倒れていたのよ」
「なんだって? あいつは、じゃにーずファンだから、若い男の子にだけは、ひどいことをするはずがないんだが」
「でも現に、カズは勝手口の外に倒れていたわよね、瑞恵さん」
「そうよそうよ。ねえカズ、何が起きたか、本当に覚えてないの?」
「うん。この家に戻って、ドアを開けたと思ったら、次に気づいたときにはああなっていた」
「ぴんくのおばさんに、なにしたのか、きいてみればいいじゃん」
ニコラがほっぺたを蒸しパンで膨らませながら口を挟む。
「たしかにそうね。あ、ニコラ! あんたそれ、ピンクのおばさんにあげる分の蒸しパンじゃない!?」
「おばさんのまほうより、ニコラのきょういのいぶくろが、つよいとしょうめいされました」
「証明しなくてよろしい! まったくもう」
「瑞恵おばさん、ぼくの分がまだあるから、それをあげるよ」
「なんていい子なの! ちょっとあんた、団地にいらっしゃい。ハンバーグでも唐揚げでも、好きなもの何でも作ってあげるから!!」
「ミズエー、ニコラは、おむらいすがいい」
「ニコラには聞いていません!」
「瑞恵さん、そうと決まれば団地に……じゃなくて、まずおばさんのところに行かなきゃね。あ、そういえばマダム・フロリーヌは?」
「海の湖畔に、スライムのコピーを連れて行ったままよね……?」
「海の湖畔って、ピンクのおばさんがどっかり座っていたわよね?」
「そうよそうよ。やだ、マダム・フロリーヌ大丈夫かしら?」




