50・わーい連載50回記念!先着45名様に、スライム仁丹プレゼント!
瑞恵たち一行と、焼きのりを吸い込んで腹黒になったしゅらいむちゃん。
ピンクの煙突の家へと駆け出すその小道に、すでに異変は現れていた。
「ねえ橋田さん、さっきの青い実が、ぼとぼと落ちているけど、これって……」
「石化したスライムね。あたしたちの前に来た冒険者は、スライム退治に石化剤を使ったんだわ」
「なんだか痛々しいわね。青い実もだけど、周りの草花や木も、こんなになっちゃって……」
瑞恵が小枝をつっつくと、枝はひび割れ、ぼろぼろと崩れた。
「せきか、やめてね。こぴーにも、やめてね。せきかは、いたいんだよ。ずうっと、いたいんだよ」
しゅらいむちゃんが、ぷるぷる震える。
「しゅらいむちゃん、安心してよ。あたしたちは、あんたやあんたの仲間がしんどいことは、何一つしたくないもの」
「ミズエは、しんどいの、きらいだからな」
ニコラがにやっと口を挟む。
「当たり前でしょ! しんどいは悪、だらだら最高。あーはやく団地に帰ってごろごろしたい」
「そのためには、コピーたちをうまく仁丹にしないとね、瑞恵さん」
「そうね、橋田さん。……この家よね」
ピンクの煙突の家の前に立ち、にわかに湧いた緊張を静めるため瑞恵が深く息を吸い吐き出すその間に、
「どーん! ニコラいっとうしょうーー!」
4歳児がドアに体当たりし、蹴破った。
「おばか! 仮にもひとさまのお宅よ、いきなりドア壊さないでよ!!」
「瑞恵さん、これが『驚異の体力』の正体よ……」
「うわー。ミズエー、ハシダー、しゅらいむちゃんがいっぱいだよー」
床一面、なんてもんじゃない。
みかんサイズのスライムが、壁にも天井も、鍋の中にも引き出しからも、溢れている。
「あのおばさん、どれだけしゅらいむちゃんを斬りに斬ったのかしらねえ」
「斬れば斬るほど増えるってこと、3回くらいやったら確実に分かるのにねえ」
「えいっ。えいっ」
さっそくニコラが塩をまき始めている。
コピーたちの体はみるみるしぼみ、あとには針の先ほどの、スライム仁丹が残される。
「ミズエー、しお、もっとちょうだい」
「塩はあんたが持っているのがほとんど全部よ。これだけのスライムを仁丹にするには、心もとない量よねえ」
「瑞恵さん、あそこにある鍋で塩水つくって、そこに入れていけば」
「橋田さん、ナイス! その手があったか」
瑞恵はさっそく塩水をつくり、しゅらいむちゃんのコピーたちをすくっては塩水に漬ける。
「あ、ビー玉の大きさまでしか縮まないのがいる! この子は、オリジナルね!」
「瑞恵さん、かして! 真水で洗い流すわ!」
真水に浸すとスライムは、乾燥わかめのごとく、ぷわぷわと膨らみ、
「ふうぅぅ。たすかったあ」
「よかったねえ。よかったねえ」
しゅらいむちゃんが、仲間の復活にぽよんぽよん弾んで喜ぶ。
「あれ、なんできみ、おなかがくろいの?」
「やきのりをもらって、はらぐろになったんだよ」
「ふうん。かっこいいね」
「えっへん」
「瑞恵さん、この子にも何か目印がほしいわね。じゃないとまた、塩水に入れちゃいそう」
「そうね。ニコラ、やきのり食べさせてあげなさい」
「もう、のり、ないよ」
「うそでしょ! さっきまでたくさんあったじゃない」
「さっきはさっき、いまはいまなのでした」
「バカなこと言ってないで! まったくもう……。梅干しや塩辛食べさせたんじゃ、塩分にやられちゃうし……」
「瑞恵さん、あたしの持っているオレンジジュース飲ませてみようか」
橋田さんがリュックからジュースを取り出し、キャップに一杯注ぐ。
そのジュースを、獲物を狙うハイエナの目で見ているニコラ。
「はい、しゅらいむちゃん2号、飲んでみて」
橋田さんが背中でガードしながら、しゅらいむ2号にオレンジジュースを吸い込ませると、
「あら! スライムの青と、ジュースの黄色が重なって……」
「しゅらいむちゃん、みどりになった」
さすがの変化に、ニコラもジュースを奪うのを忘れてぽかんとしている。
「橋田さん、さすが! これなら絶対、間違えないわ」
みどりしゅらいむと、はらぐろしゅらいむは、手をつなぐみたいに、くっついて弾み、喜んでいる。
「よかったよかった。問題はあともうひとりのオリジナルね」
「このこだよ」
ニコラが、一体のスライムを小さな両手で抱え持つ。
「ニコラ、適当なこと言うんじゃないの。どうして分かるのよ」
「このこだけ、かおがちがうもん」
「瑞恵さん、ニコラを信じてみましょう。2つに割れたしゅらいむちゃんのどっちがオリジナルかだって、ニコラは見た目で分かっていたわ」
「子どもにしか見えない何かがあるのかしら……まあとりあえず、漬けてみるか」
スライムを、塩水に放り込む。
「……本当だ! この子も、仁丹にならない!」
「瑞恵さん、はやくはやく! 真水で復活させなきゃ!!」
「このひとたち、けっこうざんこくだよね……しぬかと、おもったよ」
みどりしゅらいむが、瑞恵と橋田さんの大騒ぎを見下ろして言う。
「ねえ。いっかい、はんごろしにして、おおあわてで、たすけるって、どうよ……」
はらぐろしゅらいむも、少し遠い目をする。
「わるぎはないから、ゆるしてやって」
ニコラが、2匹のしゅらいむをなだめるように、ぽんと手をのせる。
「うん……きみも、たいへんだね」
「まあね。もう、なれたけど」
3人目のオリジナルしゅらいむは、吸い込ませるに手ごろなものがなかったのか、
「とりあえずこれ、目印」
なぜか、ばんそこを貼られている。
3人めにもなると、いろいろ雑になるのは子育てあるあるだ。
「マダム・ミズエ、いつまでこれを続けるんだい。塩水につければいいなら、もっといい方法があるじゃないか!」
出番を欠いていらいらしているのか、マダム・フロリーヌが叫び声を上げた。
「もっといい方法って?」
「確かに、鍋に入れていくこのやり方じゃ日が暮れちゃうわねえ、瑞恵さん」
「海の湖畔だよ! あの水は塩水だよ! あそこに全員、入れちゃえばいいんだ!」
「えー。ちょっと、かわいそうじゃない。この子たちを、湖に突き落とすの?」
「あたしもあまり、気が進まないわ」
「やってること、おなじなのにね……」「おなべにいれられるほうが、こわいよね……ゆでられるのかとおもった」
しゅらいむちゃんたちはひそひそ言い交わす。
「それに、みずうみの、おくのおくの、ずうーっっとおくは、まみずなんだよね……」「おなべにぶちこまれるより、みずうみのほうが、いいよね……」
「ミズエー、ハシダー。しゅらいむちゃん、みずうみにいくってー」
「ええー。大丈夫なのー?」
「ほら見てご覧。あたしの言う通りじゃないかい」
「でもマダム・フロリーヌ、この大量のコピーちゃんたちを、どうやって湖畔まで連れて行くの?」
橋田さんが、訝しげに尋ねる。
「ふふふふふ……あたしが誰だか忘れたかい? あたしは元踊り子、舞にのせてこの子たちを湖畔にいざなうなんざ、お手のもの……」
マダム・フロリーヌが、リュックからろうそくを取り出し、火をつける。
あやしい灯りを掲げ持ち、その身を翻す。
好き勝手にぽよぽよしていたコピーたちが、ひとつの大きな波になったごとく、マダムの姿を一斉に追う。
「さあさあコピーども、あたしについておいで……ほうら、こっちだよ……」
マダム・フロリーヌは回転しながらニコラがぶっ壊したドアに向かい、コピーたちは熱に浮かされたように、その後に続く。
ふらふらとつられていきそうなオリジナル三体は、ニコラがむぎゅっと抱きしめていた。
「橋田さん、こういうおとぎ話が、あったわよね」
「ハーメルンの笛吹き男ね、まるで……」
コピーたちはすっかり部屋からいなくなり、あとには鍋底に沈む仁丹だけが残された。
「瑞恵さん、あたしたちも仁丹、食べてみる? ステータスが上がるかもよ」
「そうねえ。でもあたし、今のままの自分がちょうどいい気もするのよねえ」
「じゃあとりあえず、タッパーに入れておきましょうか」
「そうね。ずいぶん溜まったわねえ」
お弁当箱大のタッパーが、青い仁丹でいっぱいになる。
「さてと。これで任務完了かしら」
「やったわね、瑞恵さん!!」
「なになに、しゅらいむちゃん……ふむふむ、ふむふむ」
「ニコラー、しゅらいむちゃんたちと、何をこそこそ話しているのー」
「ミズエー。ハシダー。あっちのへやー」
ニコラが指さしたのは、勝手口のドア。
「あっちの部屋? あっちは、お外じゃないかしら」
「あっちのへやにねー」
ゴンッ
ニコラの声を遮るように、当のドアを叩く、鈍い音がした。
「「きゃあああーーー」」
瑞恵と橋田さんはニコラを間に挟んで抱きしめながら、後じさる。
「た、たすけ、て、くれ……」
ドアの向こうから、きれぎれに声がした。




