49・仁丹になったしゅらいむちゃんのコピーを梅干しで包んだら梅仁丹になるのかな。
「しゅらいむちゃんのコピーだけを退治するって、どういうこと? 橋田さん」
「コピーって、考えようによってはニセモノだから。退治しても、しゅらいむちゃんの本体は傷つかない」
「しゅらいむちゃんが、書類の原本みたいなもん?」
「そうそう、そういうこと」
「ねえしゅらいむちゃん。あんたのコピーなら退治しても構わない?」
「うん、いいよー」
「よし! じゃあコピーを退治しに行きましょう!」
「瑞恵さん、問題はどうやってコピーと残りふたりのオリジナルを見分けるかってことよ」
「しゅらいむちゃん、あんたと、コピーで、どんな違いがあるの?」
「ほんとうにいきているか、ほんとうはいきていないかの、ちがいだね」
「つまり、よーく見れば分かるってこと? 本物のオムライスと食品サンプルが違うみたいに」
「いきていないほうが、いきているようにみえることもあるよ」
「確かにねえ。サンプルの食品は永遠に、たまごはとろとろ、エビは揚げたて、生クリームはぴんと角が立って、おいしそうに見えるものねえ」
「ミズエー、おむらいすって、なに? だんちのたべもの?」
「かつてはね、デパートの食べ物だったのよ。ニコラはラッキーね、いまは団地でも食べられるようになったわ」
「じゃあはやく、だんちにかえろう。はやく、しゅらいむちゃん、たいじ、しよう」
ニコラの目があやしく光、しゅらいむちゃんは慌てて草陰に隠れた。
「ちょっと瑞恵さん、ニコラ。しゅらいむちゃんが怖がっちゃったでしょ! しゅらいむちゃん、あなたとコピーとで、もうちょっと分かりやすい目印はないかしら」
「うーん……」
「どれどれ、こうしてみればいいさ」
マダム・フロリーヌがそうつぶやきながら、牛刀を振り上げ、いともたやすくしゅらいむちゃんをまっぷたつにした。
「「きゃあーーー」」
瑞恵と橋田さんは思わず悲鳴を上げる。
「しゅらいむちゃん、2こに、なったー!」
ニコラは歓声を上げる。
「しゅ、しゅらいむちゃん! だいじょうぶ??」
「「だいじょうぶだよー」」
ぽよぽよ弾みながら、二体のしゅらいむちゃんが答える。
「「でも、こわかったー」」
「そうよね、怖かったよね。よしよし」
瑞恵は二体のしゅらいむちゃんを片手で一体ずつ、よしよしと撫で、お手玉をするように、掲げ持つ。
「うーん。手触りも重さも全然変わらない……。しゅらいむちゃん、どっちがオリジナルでどっちがコピーなの?」
「「ぼくがおりじなるだよー」」
「ちょっと、ふたりそろって。おちょっくってんの!?」
「ミズエ、こっちが、さいしょのしゅらいむちゃんだよ」
ニコラが片方を、ためらいなく指さした。
「え、ニコラ、なんでわかるの」
「かおが、ぜんぜん、ちがうから」
「……どこが?」
「にせものは、こうしよう」
ニコラはリュックサックを下ろし、
「えいっ」
ひとつかみの塩を、しゅらいむちゃんのコピーに振りかけた。
「ああっ。しゅらいむちゃんが、縮んでいく……!!」
みるみるうちにその体は溶けていき、
「こんなに、ちいさく、なったー」
ニコラの小さな指先に載せてもさらに小さい、ビーズのひとつぶほどの青い点になった。
「あらー。まるで仁丹みたいねえ」
「じんたん? ミズエ、それ、おいしいの?」
「昔の、お薬だからねえ。子どもの好きな味じゃないわよ」
「ミズエさん、むしろニコラは好きな味かもしれないわ」
「ぱくんっ」
「「あ。食べた」」
「ちょっとニコラ! 仁丹はおやつじゃないのよ!」
「瑞恵さん、仁丹じゃなくて、しゅらいむちゃんのコピーよ!」
「これは、はらのたしにも、ならないな……」
ニコラがつまらなそうにつぶやく。
「おい、小娘!!」
湖畔でどっしり日なたぼっこしていたピンクのおばさんが、突然大声を上げた。
「あんたいま、何したんだい。急にステータスが上がったじゃないか!」
おばさんは、片目だけのサングラスに似た機械をつけて、こめかみの当たりをカチカチ操作している。
名前:ニコラ
年齢:4
職業:驚異の子ども
体力:驚異の体力
特技:驚異の胃袋
装備:塩、塩辛、筋子、梅干し、炙りたらこ、焼きのり、スライム仁丹(体内保存)
レベル:測定不可能
「ほら、プリントアウトしたから見てみな!」
機械からレシートが吐き出され、おばさんはそれを紙飛行機のようにすっと飛ばす。
「何が上がったのかしら……あ、職業が『子ども』から『驚異の子ども』になっている!」
「瑞恵さん、体力もよ。『驚異の体力』って!」
「いまでも体力有り余っているのに、いったいこの子どうなっちゃうのかしらね」
「スライム仁丹のパワーね。すごいお薬だわ」
「マダム・ミズエ、マダム・ハシダ。これでよく分かったね」
「「うん? マダム・フロリーヌ、なにが?」」
「しゅらいむちゃんと、コピーの見分け方だよ! さっきすじこ漬けになったしゅらいむちゃんは、縮んだけどビー玉くらいだっただろ。オリジナルは、仁丹にはならないんだよ」
「なるほど! 塩ぶっかけてみた、ニコラのお手柄ね」
「しゅらいむちゃんを真っ二つにぶった切ってみた、あたしのお手柄でもあることを忘れないでおくれよ」
「ぼく、こわかったな……」
「しゅらいむちゃん、やきのりあげるから、げんきだしな」
「なあに、これ……はむ、はむ」
「ミズエー、しゅらいむちゃん、はらぐろになったよー」
焼きのりを吸い込んだしゅらいむちゃんの体は、中央が仄黒く色づき、
「まあすてき。まんなかに餡子の入った、おまんじゅうの断面図みたいね、橋田さん」
「本当ね。しゅらいむちゃん、ナイスよ。その目印は、何よりも分かりやすい!」
「ねえしゅらいむちゃん、次は梅干し食べてみてよ。そしたらあんた、おむすびの断面図みたいになるんじゃない?」
「だめよ瑞恵さん。梅干し食べたら塩分で、しゅらいむちゃんも梅干しの大きさになっちゃうから」
「あ、そっか。ではではしゅらいむちゃん、あんたのコピーがいるのは……」
「あのおうちだよー」
ピンクの煙突が間違えようもない一軒を、しゅらいむちゃんが指し示す。
「よし、行きましょう!!」
「やだ、もうニコラが駆けだしているわ! しかも速い! 瑞恵さん、急いで!」
「驚異の体力って、こういうこと? あたしも仁丹ほしい!」
「こら、またあたしをしんがりにして! リーダーはこのマダム・フロリーヌだって、何遍言ったらわかるんだい!」
どたばたと一行が湖畔から去って行くと。
ピンクの髪のおばちゃんが、のっそり立ち上がった。
「さあて、どうなるかな……」




