48・しゅらいむちゃんがすじこの中に隠れたのは、やはりどこか親近感を覚えたからだと思われますが、まあニコラの思うつぼです。
瑞恵の掌におむすび状にふわっと抱かれ、しゅらいむちゃんは目に見えて元気になってきた。
「こっちだよー」「あのしげみを、そっちー」「このおはなのみつ、おいしいよー」「あのどうくつは、よくねむれるよー」
海の湖畔への道を、森の豆知識を交えて楽しげに案内してくれる。
「ミズエー、しゅらいむちゃん、もう、げんきだよ」
なぜかニコラは不機嫌そう。
「そうね、元気になってよかったわ。ところで、あんたなんで、むくれてんの」
「もう、しゅらいむちゃん、はなしたら」
「この子、離したら自力で歩けるのかしら」
「あるけるよ! ニコラと、て、つないでよ!!」
「なんだ、そういうことか。ごめんごめん。しゅらいむちゃん、もう平気よね?」
「だめかも」
「……その即答っぷり、ウソでしょ」
「瑞恵さん、あたしがしゅらいむちゃんだっこするわ。ニコラと手をつないであげたら」
「橋田さんがニコラと手をつなぐのはどう?」
「ミズエのてが、こぶとりで、きもちいいんだよ!!」
「……っく。かわいいんだか、にくったらしいんだか」
右手に瑞恵、左手に焼きのりを握ったニコラが、ようやく満足げににやっと笑う。
「あんた、焼きのりばっかり食べていると、おなかがまっくろ、腹黒になるわよ」
「はらぐろ? なにそれ、おいしいの?」
「まあ、すじこむしゃむしゃしているよりは、健康的か」
「しゅらいむちゃんも、まるくて、とうめいで、ちゅるちゅるしてそうだね。すじこの、なかま?」
「ニコラ、しっ。そんなこと言ったら、またあの子、こわがっちゃうでしょ」
「でも、ミズエも、そうおもったでしょ」
「……まあね。弾力を取り戻すと、あの子、青色が薄まって透明に見えるわね。水まんじゅうみたい」
不穏な会話に気づいていないしゅらいむちゃんは、橋田さんがお供え物のように抱える手の中で、時折ぽよぽよ飛び跳ねながら一行を先導する。
「はい、とうちゃくー。うみのこはんだよ」
しゅらいむちゃんは橋田さんの手から、ぽよんと飛び降りた。
「……これが、海?」
「瑞恵さん、海じゃなくて、湖よ」
そこには、団地の路上で夏場に子どもたちを遊ばせた、ビニールプールほどの水たまりがあった。
「湖にしても……ずいぶん、小さくない? ヘイアンキョウの、基経さんの庭にあった池と比べても、これを湖と呼ぶべき?」
「あそこの池、宝船まで浮かべていたもんねえ」
「マダム・ミズエ、海の湖畔をばかにしちゃあいけないよ。この湖は入り口は小さいけれど……底なしなんだよ……」
マダム・フロリーヌが「怖がれ怖がれ」という気持ちが全面に出た声色で、瑞恵にささやく。
「この湖がどこまで深いのか……どこへ広がっているのか……それは誰も知らない……」
「ふうん。どっちかっていうと大事なのは、この湖でどんな食材モンスターが採れるかなんだけどなあ。しゅらいむちゃん、何か知っている?」
「うんとねえ、はもうなぎっていう、にょろにょろしたのが、いるよ」
「ハモうなぎ! すばらしいわね、橋田さん!! 鱧で鰻!! 高級魚ドッキング!!」
「しゅらいむちゃん、ついでに『のどぐろフグ』なんていうのは、いないかしら」
「橋田さん、欲張りねえ。じゃああたしは、『うにいくら』! いやむしろ、『海鮮丼』ってモンスター、いない??」
「いません」
「……そうよね、すいません」
「ミズエー、あのおばさん、だれ?」
ニコラが瑞恵のTシャツの裾をひっぱる。
「うん? どのおばさん?」
ニコラが指さす方を見ると、ピンク色のパーマヘアをしたおばちゃんが、大きなかごを抱えてこちらへ向かって来ていた。
「ずいぶん鮮やかな頭の人ねえ。地毛かしら」
「ギルドにいたおじさんのひげと、同じ色ね、瑞恵さん」
「ほんとうだ! この地方の人に、特有の色なのかしら」
「はいはいどっこいしょ。あんたたちも、冒険者パーティーかい?」
瑞恵たちに近づくと、ピンクのおばちゃんは単刀直入にそう言った。
「あら、よくご存じね。そうよ、あたしたち、海の湖畔のおうちがスライムまみれで困っているって聞いてやって来たの」
「そりゃあたしんちのことさ。もたもたしていないで、さっさと退治したらどうだい。あたしはちょっとここで休んでいるから」
ピンクのおばちゃんは湖畔にどっかり座り、顎をしゃくった。
「ミズエー、ぴんくのおばちゃん、なんでえらそうなのー?」
「さあ。どうしてかしらねえ。えらそうにしていないと、お腹が痛くなる病気なのかもね」
「スライムが部屋中いっぱいで、気が立っているんじゃない。寝不足なのかも」
「橋田さん、やさしいわね」
「だって、だいたいのことには、理由があるじゃない。そりゃあ、あのおばちゃんは、態度がでかいし感じ悪いしそうなるとピンクの髪まで変なのーって気分になるけど、えらそうにするのは何か理由があるのかなって、思うの」
「……いまけっこう、辛辣な悪口言ったわね、橋田さん」
「ちょっとピンク頭のあんた! なんだいそのえらそうな態度は? あんたなんかスライムにまみれて溶けちゃえばいいんだよ、ふん」
「せっかく橋田さんがおもんぱかったのに! マダム・フロリーヌ、本音ダダ漏れで台無しにしないでっ」
「ミズエー、しゅらいむちゃんはー?」
「あら、しゅらいむちゃん? どこいった?」
瑞恵はあたりをきょろきょろ見回す。しゅらいむちゃんをだっこしていた橋田さんは、考え込むように自分の掌を見つめ、それから青ざめた。
「あたし、いつの間にかしゅらいむちゃんを落っことしちゃったんじゃ……!」
「ハシダ、ちがうよ。しゅらいむちゃんはさっき、じぶんでおりたよ」
「あら、そうだった?瑞恵さん、おぼえてる?」
「あたしが覚えてるわけないじゃない。さすが、4歳の記憶力は頼りになるわー」
「しゅらいむちゃん、でておいでー。こないと、すじこにしちゃうよー」
「こらニコラ、怖がらせたらよけいに出てこないでしょ」
「あ、いた」
「「え、どこに!!」」
「すじこいれの、なか」
ニコラが、団地の冷蔵庫から持ってきたタッパーを開ける。
赤い透明のつぶつぶのなかに、つぶつぶより一回り大きい、透ける空色のしゅらいむちゃんが隠れていた。
「しゅらいむちゃん、そんなところに隠れたら危ないわよ。ニコラが間違って食べちゃうわ」
「瑞恵さん、この子、伸縮自在なのかしら。手の中ではみかんくらいの大きさだったのに。今は、ビー玉くらいじゃない」
「ほんとうね。すごい体だわ……って、ちがう!! はやく取り出さないと!!」
瑞恵は大慌てでしゅらいむちゃんをすくいとると、
「橋田さん、水! 水! 真水持っている?」
「うん。ペットボトルのお水でいい? どうするの?」
「しゅらいむちゃんを、洗うのよ!! 塩分を流さないと!! この子、すじこの塩分でからだが縮んじゃったのよ!!」
「やだ、たいへん!!」
瑞恵と橋田さんがしゅらいむちゃんに、やさしく水をかけ続けると。
しゅらいむちゃんはぷくぷくとふくらみ、もとの大きさに戻っていった。
「ふう、あぶないあぶない。しゅらいむちゃん、何であんた、すじこのなかに隠れたりしたのよ」
「だって、あのおばさん、こわいんだもん……」
「ピンクのおばさんのこと?」
「うん。ぼくたちを、とやー、とやーって、やっつけようとするの……」
「へえ。そんな機敏な動きができるのねえ」
「でも、けんできっても、ぼくらは、ふたつにふえるだけだから……どんどんふえて……」
「やだ、そうなのー。ピンクのおばさんが、勝手に増やしちゃっただけってこと?」
「そうだよ。ぼくらのおりじなるは、ぼくと、もうふたりだけだよ」
「ちょっと待って。しゅらいむちゃんって、スライムなの?」
「? そうだけど?」
「橋田さん、大変! この子、スライムなんだって!!」
「……そうよ。どう見ても、そうでしょ?」
「そういえば……橋田さんが見せてくれた本の、水まんじゅうちゃんにそっくり……」
「瑞恵さん、気づくの遅すぎるわよ……っていうか、どうして、そのへんの認識がばらばらになるのよ」
「しゅらいむちゃんは、しゅらいむちゃん。スライムは、スライム。わたしは、わたし。みんな、オンリーワン。」
「瑞恵さん、いいこと言ってるふうだけど、特に感動しないわ」
「ニコラだって、しっていたよ。しゅらいむちゃんって、すらいむでしょ」
「あたしだって分かっていたさ。とんちんかんは、マダム・ミズエだけだね」
「じゃあ3人は、スライム退治にきたのに、スライムを助けていたってことよね? それはそれでとんちんかんじゃない?」
(((……そういえば)))
「だって、目の前で困っていたら、助けちゃうわよねえ」
「ミズエがたすけるから、たすけたんだよ」
「マダム・ミズエ、戦場でだって、けがをした敵のことは助けたりするもんさ」
「それにしても、困ったわ。しゅらいむちゃんを退治するなんて、いまやあたしには無理よ」
「ねえ瑞恵さん。しゅらいむちゃんはさっき言っていたわよね。オリジナルは、しゅらいむちゃんと、もう2人だけだって」
「うん」
「それなら……コピーだけを、退治すればいいんじゃない?」




