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45/80

45・おじさんのピンクのひげは、感情と温度と湿度でさまざまな表情を見せます。ひげは口ほどにものをいうと、この世界では常識だそうです。

「さあ、剣と魔法の国に到着ーー!」


せっかくだから昼ご飯も団地で……という怠惰の誘惑を振り切り、瑞恵たちは「剣と魔法の国」に降り立った。


「ねえ橋田さん、剣と魔法の国っていうから、花壇に剣が生えていてそれを魔法で収穫する、みたいのをイメージしていたんだけど……そうじゃないのね」


「……うん。それだと、ベランダで育てているシソが剣、瑞恵さんの手が魔法になっただけだからね……」


「どっちかっていうと、巨大遊園地みたいね、ここ」


4人の前には森が広がり、ただし、こんもり茂る木々の葉は、虹色に輝いている。


飾り立てられたクリスマスツリーのようだが、よく見ると葉っぱの一枚一枚に厚みがあり、鮮やかな色彩を放っている。


森の入り口にはレンガ造りの小屋が並び、さまざまな髪と肌の色をした人々がさかんに出入りしていた。


「橋田さん、あの小屋は、お土産屋さんかしら。外国人観光客でにぎわっている」


「この森の奥に、アトラクションがあるのかしらねえ。ニコラ、何に乗りたい?」


「もりのおくは、もりだとおもうけど」


塩の入ったリュックを背負い直しながら、ニコラがつぶやく。


おばちゃんふたりは、自分たちが勝手に思っていた「なんかここ遊園地っぽい」という前提を4歳児にあっさり覆されてびくっとする。


「マダム・ミズエ、マダム・ハシダ。ニコラの言うとおりさ。ここは森で、森の奥は森。モンスターたちが住む森さ」


「マダム・フロリーヌ、なんでそんな、きっぱり言い切れるのよ」


「そりゃあたしは、ここに来たことがあるからさ。踊り子だったころにね」


「つまり、むかーしむかしね! もう開発されて、遊園地になっているかもよ」


「マダム・ミズエ、むかーしむかしとは失礼な! ほんの一昔前だよ!」


「まあまあ。で、経験者のマダム・フロリーヌなら、このあとあたしたちがどうすればいいかご存じってわけね」


「もちろん。まずはあの小屋で、冒険者の登録をするんだよ。あそこは冒険者ギルドっていって、モンスター退治の依頼も、森で見つけた鉱物の買い取りも、あそこが窓口になっているんだよ」


「すごいわね、橋田さん。あたしたちついに、冒険者よ!」


「感慨深いわねえ。ここまでくるのに、どれだけ時間がかかったことか……。ふつうの異世界小説はね、開始2ページでここに来るのよ……」


「ミズエ! ハシダ! はやくいくよ」


「橋田さん、なんかニコラ、機嫌悪いわねえ。どうしたのかしら」


「朝ごはん、足りなかったのかしら……」


「あれで足りないっていうなら、あの子こそモンスターよ……」


ずいずい進むニコラが体当たりして、冒険者ギルドの扉を開く。


「おや、おちびさんこんにちは。えーっと、ここは保育園じゃないよ。冒険者ギルドだよ」


ピンク色のひげを生やした丸眼鏡のおじさんが、にこやかに話しかける。


「ニコラ、ほいくえんはすきじゃないよ。ほいくえんのおやつは、あまったるくってね」


「ほほう。じゃあ何が好きなんだい」


「すじこ」


「? なんだいそれは」


「おじさん、すじこ、しらないの。じんせい、そんしているよ」


「こら、この子は何失礼なこと言っているの! こんにちは、おじさん。人生なんて損して得取れよね?」


「瑞恵さん、そのあいさつもだいぶ失礼よ……」


「いやはや、こんにちは。このおちびさんのお母さん……いや、おばあちゃんですか?」


「おねえさんです!!」


「ミズエ、おおきくでたな」


「……おねえさん、こちらは、冒険者ギルドでしてね。森のキノコ採りコースのお申し込みは、二つ隣のお店になりますよ」


「橋田さん、キノコ採りは二つ隣だって」


「瑞恵さん! キノコ採りたい気持ちは分かるけど、ここで脱線したらまた膨大な時間がかかるわよ! あたしたちが獲るのは、モンスターでしょ!」


「剣と魔法の国のキノコ、ほしかったな……」


「森に自生しているキノコですからね、冒険者の方々も採って食べていますけど……え、まさかあなたたち、冒険者パーティーですか?」


おじさんは丸い目をぱちくりし、ピンクのひげが、きゅんと上向く。


「そうだよ。あたしゃマダム・フロリーヌ。このパーティーのリーダーさ」


「ちょっと、マダム・フロリーヌ! なんで勝手にリーダーになっているのよっ」


「おだまり、マダム・ミズエ! あたしはここの経験者なんだ。あたしがリーダーになるのが筋ってもんだろう」


「おや、経験者でしたか。……マダム・フロリーヌ……むかーしむかしに、そのような名の踊り子の記録がありますが……パーティーから抹消、となっていますね」


「……くぅぅっ。心の古傷がうずくじゃないかっ」


「だったらわざわざ経験者だなんて言わなきゃいいのにねえ、橋田さん」


「たぶん、ちょっとうずかせたいのよ。青春の思い出なんでしょ」


「おじさん、ちなみにパーティーっていうのは、ダンスパーティーのパーティーじゃなくて、山登りとかでいうパーティーだからね」


「瑞恵さん、このおじさんはそんなこと百も承知よ! 知ったこと誰かに言いたいのは分かるけど、相手がわるいわっ」


「ほっほっほ、そうですな。ダンスパーティーのパーティーじゃ、おねえさん方にはお声がかかりそうもない……」


「「「「なんだと!!!」」」」


「ひいぃっ、失礼しました。しかし、ずいぶん弱そう……か弱そうにお見受けしますが、本当に冒険するつもりで? 目的は何ですか」


「モンスター料理を極めるためです」


「違います! 感染症の特効薬を探すためです!!」


「おや、さっきのパーティーも同じことを言っていましたね」


「モンスター料理を??」「特効薬探しを???」


「特効薬探し、のほうです」


「なんだあ。橋田さん、よかったわ。それならあたしたちは安心して、モンスター食っちゃ寝していればいいってことね」


「なんでそうなるのよ、瑞恵さん。そのパーティーが、薬をどう使う気かは、分からないのよ。あたしたちの世界の分の薬が、なくなっちゃうかもしれないわ」


「マダム・ハシダの言うとおりだね。あたしたちも急がなきゃ」


「ちなみにおねえさん、モンスター料理の達人なら、すでに有名な方がいらっしゃいますよ」


「あら、そうなの!」


「ほら瑞恵さん、だったら安心して、薬探しに集中できるわね」


「薬はちゃんと探すけど……ごはんを食べるのは、誰もがすることだからねえ。レシピは無限にあっていいと思うの。その達人の方の料理もぜひ知りたいけど、あたしはあたしで、あたしの好きな味を探したい」


「万病の特効薬というやつがね、この森のどこかにある研究所が保管していると、むかーしむかしからの噂なんですよ。森を進むにはモンスターを倒さにゃならんし、森の住人たちの協力を仰ぐには、お金も要ります」


「ふむふむ」


「で、ここに貼ってあるような、モンスター退治の依頼を受けてですな、冒険者の方々はお金をつくり、装備と経験値を上げて、森を攻略していくんです」


「へええ。ゲームみたいね。やったことないけど」


「瑞恵さん、あたしわくわくしてきたわ。創太やうちの主人も、こんな気持ちだったのかしら」


異世界小説が好きな、橋田さんの息子の創太くん。


そして、蒸発してしまった橋田さんの旦那さんも、異世界小説をたくさん持っていた。


自分たちが団地ごと異世界に転移したように、消えた旦那さんも異世界にいるのではないか。


橋田さんは心のどこかでそう願っていると、瑞恵は知っている。


「橋田さん。きっとぜんぶ、うまくいくわ」


瑞恵が橋田さんの肩を抱くと、腰にぶら下げた出刃包丁とハモ切り包丁がふれあって、カチャリと鳴った。


「……瑞恵さん、こわい……」


「鞘ついてるから、大丈夫よ」


「では冒険者のおねえさん方、どのモンスター退治の依頼を受けるか決めて、パーティーの登録をしてくださいな。ステータスも記入してもらえれば、ちょうど良いのを紹介しますよ」


「ステータス?」


「あたしたちの、能力値よ。まあ、どれくらい強いかってこと」


「そんなの分かるの?」


「この鏡の前で、『ステータスオン』って、言ってみてください。すると鏡に数値が……」


「すてーたす、おん!」


「おやおやおちびさんが最初ですか……って、えええええええ!!!!」


鏡を指さし、おじさんが後じさった。


ピンクのひげが天井を向いていた。

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