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44/80

44・装備っていうのは見直し始めるとキリがない。どこかでエイやと決めなきゃなんない。そのためにはまず、顔を洗おう。

「瑞恵さん、おはよう……きゃっ、瑞恵さん、どうしたの?」


翌朝。橋田さんが瑞恵の301号室を訪れると、目を真っ赤にした瑞恵が腕組みをしてキッチンに立っていた。


あたりに漂ういい匂いと、ぼさぼさ頭で血走った目の瑞恵本人、子猫柄の気の抜けたパジャマにパリッとした割烹着のいでたち、いろいろギャップがありすぎて橋田さんはどこから突っ込んでいいのかしばし茫然とする。


「橋田さん、おはよう……」


「瑞恵さん、大丈夫? 朝ご飯あたしがやるから、ちょっと眠ったほうがいいわよ」


「瑞恵さんが帰ったあと、すぐ寝たから平気。明け方にレシピを思いついて、思わず起きちゃったのよー」


「……あたしが帰ったあと、すぐに寝た、と?」


「うん!」


「……それはつまり、異世界小説はからっきし読んでいない、と?」


「……う、うん……」


「……ふうぅうん」


橋田さんが表情を消して、放っぽり散らかされたまんまの異世界小説を片付けていく。


「必ず読んでねって、言ったのに……。じゃないとあたしたちまた、寄り道ばっかりして全然冒険できなくなるのに……」


「は、橋田さん、ごめん……でもあたし、これは読んだのよ! 読んだっていうか、よくよく眺めたの」


瑞恵がおずおずと差し出したのは、小説のおまけについていた「モンスター一覧帖」だ。


「どんな姿形のモンスターがいて、どれが食べやすそうかなあって。それはそれは深く考えながら、眺めていたのよ」


「……で、キッチンがこんなことになっているわけね……」


さわやかな朝日を浴びて、瑞恵のキッチンには下ろした魚の血がきらめいている。


「冷蔵庫の魚が傷みゼロで使えるのは、本当にありがたいわ。ヘイアンキョウにいた時間がどのくらいなのか分からないけど、冷蔵庫時間はちっとも進まないみたいね」


「ところで何を作っていたの、瑞恵さん」


「まずは……モンスターといえば、タコでしょ!」


「え? あ、まあ、そうかも……」


橋田さんは、あいまいにうなずいた後、はっとしたように手をたたいた。


「そうよ、瑞恵さん! モンスターといえばタコよ!」


「え、合ってた?」


「あたしカルチャースクールで、怪奇小説を少々たしなんでいて……」


「橋田さん、和歌だけじゃなくて、そんなカルチャーも通っていたの!?」


「ちょっと、興味があってね……。最初に教わった邪神は、『タコのような頭を持った』って、形容されていたわ……」


「邪神? なにそれ、モンスターなの?」


「ふふふ……詳しくは、あたしの部屋にあるけど……読む?」


「……とりあえず、遠慮しとくわ。とにかくタコよ。で、タコの柔らか煮を試作していたの」


「ただ火を通しただけじゃ、硬くなりそうだもんね」


「その通り! で、番茶でゆでる」


「番茶?」


「番茶でゆでると、硬くならないし色もいいのよ。ほら、味見してみて」


たこ足を一口、かじる橋田さん。


「本当ね! 柔らかーい」


「はい、そしてこちらが柔らかタコの炊き込みごはんです」


瑞恵が土鍋の蓋を取ると、甘しょっぱい醤油の香りとショウガのさわやかな風味、おこげの香ばしいにおいが一斉に立ちのぼる。


「くんくん。くんすかくん」


マダム・フロリーヌに身支度をしてもらったニコラが、小鼻をうごめかせながらキッチンに入ってきた。


「ミズエ! それ、ニコラのだよね! ニコラのだよね!」


「ニコラにもあげるけど、みんなのごはんよ。おむすびにしようね」


「ニコラも、おむすびつくるよ」


「あら、お手伝いしてくれるの。おりこうさんね」


「ニコラのはね、このくらいの、おむすびにする」


真剣な表情で、顔の前にでっかい円を描く4歳児。


「あんた、あんパンじゃないんだから。もうちょっとおむすびらしい大きさにしなさい」


「瑞恵さん、でもニコラには、そのくらいの大きさにしておいたほうがちょうどいいかもよ」


「さすがハシダ、わかってるぅ」


「……なんか、イラッとするわねえ」


「マダム・ミズエ、これはなんだい? フィッシュアンドチップスかい?」


「あ、それはアジフライよ」


「瑞恵さん、アジフライってモンスター関係なくない?」


「たこ飯のお弁当のおかずに、ちょうどいいかと思って」


「……そうね。ちょうどいいわね。ありがたいわ。うれしいわ。でも……ちっとは異世界感を重視して!」


「きゃあ、橋田さんがついに怒った!」


「ミズエがわるいよ、あやまりな」


「そうだそうだ。だいたいはマダム・ミズエがいろいろそっちのけにして料理ばっかりするせいなんだ」


「ニコラ! マダム・フロリーヌ! ばくばく食べながら言っても、全然説得力がありません!」


「おおこわ、マダム・ハシダが怒った」


「ハシダー、ハシダもはやくたべようよ。ミズエは、ハシダが『おいしいわみずえさんっ』っていうのが、すきなんだよ」


「「ニコラ……」」


ちょっとうるうるする瑞恵と橋田さん。


「でも、ちょっと待って。瑞恵さん、これ、お弁当よね」


「そうよ。……あーあ、ニコラとマダム・フロリーヌが朝から盛大に食べてくれちゃったわ」


「やっぱりお昼は現地調達ね」


「いろいろ、アイデアは浮かんだから大丈夫。ちなみに橋田さん、どこの異世界にもいて捕まえやすいモンスターって、なあに?」


「そうねえ。どこにでもいて、だいたい弱いのは、スライムかしら」


「スライムね。あのぷるんぷるんちゃんね。しめしめ」


「あとは、ドラゴンもいるだろうけど、これは強いモンスターっていうのが一般的だわ」


「ドラゴン……調理しがいがあるわね……」


「瑞恵さん、結局持って行く包丁はどれにするの」


「あたしは出刃とハモ切り。橋田さんは皮はぎと骨切り。マダム・フロリーヌが牛刀。以上」


「瑞恵さんが魚系、あたしが肉系、マダム・フロリーヌが何でもありってとこね……」


「ちょっと物騒だけど、モンスター退治に必要だから銃刀法違反にはならないはずよ。安心して」


「異世界にその法律、関係あるのかしら……」


「ミズエー、ニコラは? ニコラもぶき、ほしい」


「ニコラはだめよ。あたしたちが守るから、武器なんて持っちゃダメ」


「やだやだやだ。ほしいよう。ニコラも、かつやくするんだよう」


「困ったわねえ。パン切り包丁くらいなら、いいかしら……」


「だめよ、瑞恵さん! ニコラには刃物じゃない武器を持たせましょう」


「そうね。あ、ニコラは魔術担当よ。どう?」


「まじゅつ?」


「そう。このね、大量の塩を背負ってほしいの。臭み消しになるし、お清めにもちょうどいいから。あと、ヤスコちゃんがラップしてくれたヘイアンキョウのニンニク。これ不思議なことに、朝見たら乾燥ハーブになっていたのよ」


「へえ、不思議ねえ。冷蔵庫のものの時間は、止まっているのに」


「やっぱり、ヘイアンキョウのものだからかしら。これを入れて煮込んだら、味に深みが出そうだし、魔除けにもなりそうじゃない?」


「そうね。ニコラ、ちょっと重いけど、持てる?」


「ミズエとハシダのたのみなら、きいてやれないこともないな」


「あんた、えばってるけど、ほっぺにご飯粒ついてるわよ」


「よし、装備も整ったし朝ごはんも食べちゃったし、そろそろ行く? 瑞恵さん」


「あ、あたしまだ、顔も洗ってないから……ちょっと待って……」


「そういえば、そうだったわね……」


橋田さんは、瑞恵のパジャマの子猫柄に目を落とし、軽くため息をついた。


読んで下さった方、ありがとうございます!

次回はいきなり、きちんと、剣と魔法の国が始まる!はず!です!!


出かける前に瑞恵たちがひとこと言いたいと騒いでますのでちょっとだけお聞きください。


「読んで下さった皆様、ありがとうございます!あのね、団地にいる間はこのお話を宣伝していいってことになっているらしいの。だからおねだりさせて」


「瑞恵さん、そのルールどこで決めたのよ……三秒以内に拾ったら食べていい、みたいな……」


「もしもこの物語を気に入ってくださったら、ブックマークってやつとね、そこにお星さまがいるでしょ、それをポチポチポチポチポチポチっと、光らせる!お願い!」


「瑞恵さん、ポチ6回言ったわよ。5個までよ」


「あらほんと?あたし欲張りだから……」


「「お騒がせしましたー!どうぞよろしくお願いしまーす!!」」


次回は土曜日に更新します!



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