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3・おばちゃんを異世界に召喚するよりも団地から外出させるほうが実は大変だった件。

「どういうこと?」


「創太が読んでいる小説にね、よくあるのよ。異世界転移っていうんだけど」


「異世界転移?」


「ごく普通に暮らしていた人間が、突然、異世界に召喚されてしまうの」


「なんでそんな目に遭うの」


「なんでって言われても……生きていると、いろいろあるからじゃない? とにかくそういう設定で、召喚された人間は特別な力を持っていて、異世界でヒーローになるってお話」


「そんな都合よくいかないでしょうー。新しい場所に行ったら、まずそこになじむだけで大変じゃない?」


「私だってそう思うわよ。でもいま、若い人の間で、そういう話が流行っているんだって」


「ふうん。でもさ、私特別な力なんて持ってないわよ……あっ!」


あの、いたずら電話。


「どうしたの、瑞恵さん?」


「あのね、大きな揺れが来る前に変な電話があって……」


「変な電話?」


「新手のオレオレ詐欺かと思ったんだけど、どうも違うのよ。コロナの特効薬がこっちの世界にあるから、取りに来いって言うの」


「なあにそれ。詐欺でしょ」


「それが、世代も方言も敬語もぐちゃぐちゃに混じった、めちゃくちゃな日本語をしゃべる電話でさ、特別なスキルをくれてもいいんだけど、手持ちのポテンシャルで大丈夫とかなんとか……」


「えー。瑞恵さん、スキルもらっておけばよかったのに」


「そんなこと言われても、いたずらだとしか思わなかったし。あ、困ったら電話してって言ってたわ」


「そうなの! かけてみましょうよ。で、番号は?」


「……知らない」


2人が顔を見合わせ、力なくほほ笑んだその瞬間。


『ピンポーン!』


『ピンポーン!』


チャイムの音かと思って振り返ると、それは電話のスピーカーから響いていた。


しかも、チャイムの音ではない。人の声だ。誰かがチャイムを真似て「ピンポーン」と発している。


『あ、まちがえた。電話だから、ルルルルルだな。まったくこの言語は細かいところにうるさくて困っちゃうな』


「ちょっと、どなた!? さっきの『ワシ』??」


瑞恵は、スピーカーに向かって怒鳴るように問いかける。


『ワシじゃなくて、ワシの手下の、ボクです。よろみー』


「もうふざけないで。一体どういうことなのか、説明しなさい!」


少年のような声音の「ボク」が相手だと、瑞恵は子どもを叱る母親の気分になる。


『説明なら、さっき橋田さんがしてくれたとおりですよー。こちらの団地ごと、召喚させていただきやした!』


「いただきやしたって……。困るわよそんなの。私たち、ふつうのおばちゃんなんだから」


『そんな、ご謙遜なさらずに。いいものお持ちですよ、奥さん方!』


「いちいち癇に障る言い方ねえ」


『近年の召喚者は、異世界について知識をお持ちの方が多いのですが、そのご様子だと瑞恵さんはまったくご存じないようですね』


「そりゃそうよ。世界史でも習わなかったし」


「まあ、習ったとしても私たち忘れているわよねえ」


「そうそう。何十年前のことよって話」


「瑞恵さん、世界史は得意だった?」


「得意っていうか、好きだった。やっぱりヨーロッパって、私たちの世代だと憧れが強いじゃない?」


「確かに! マリー・アントワネットとか、イヤなヤツなのに憧れるわよね」


「パンがなければケーキを食べればいいじゃない?」


「それそれ。あ、私、創太を叱るときに似たようなこと言ったことあるわよ。酢の物がイヤなら、キュウリかじってなさい!って」


「それちょっと違うんじゃないー」


『……えー……ゴホン!!』


「やだ、大きな咳して! 大丈夫?」


「ワシの手下のボクさん、ちゃんとマスクしてます?」


電話越しではあっても、2人は咳やくしゃみにすっかり敏感になっている。


『今のは咳じゃないです! ふたりが勝手に盛り上がっているから、注意をひいたまでです』


「そういえば、何の話してたんだっけ?」


「あれ、何だったっけ?」


『だーかーらー、あんたたち、団地ごと転移したって話でしょうが!』


「あーそういえばそうだった。で、私たちどうしたらいいのよ」


瑞恵はいつもの調子をすっかり取り戻した。


『召喚の目的は、そっちで猛威を振るっている感染症の特効薬を、持ち帰ってくださいってことです。いろいろ宇宙的なあれこれで、そっちで病気が続くと、こっちの世界も困るのですよ』


「ふうん。じゃあ、ドアのとこにかけといてくださる?」


『そんな簡単にいかないから、あんたら召喚したんでしょうが。あいにくね、こっちはこっちで戦争の真っ最中なんですよ。薬のある研究所まで、国境越えて、海を渡って、きてもらう必要があるわけ』


「そんな危険な大冒険をおばちゃん2人にさせる気? 召喚できるなら、研究所のとこに呼べばいいじゃない」


『……あのねえ。これが精いっぱいなの。いいですか、今団地があるところが、我々の世界の中立地帯なわけ。召喚は、中立地帯にしかできないんです』


「そちらも大変そうねえ。でもさ、どうして私たちなのよ。だいたい私たちが薬を持って帰っても、誰に渡せばいいの。都知事? 総理大臣? WHO?」


『そのへんのことは、無事持ち帰れたら心配してください。なんとかなりますから。とにかく早く取りに来てくれないと、マジ困るんで』


「もうーしょうがないわね。じゃあ行くから、地図かなんかないの」


『そういうのを一から探していくのが物語ってもんじゃないすか!』


「あらそうなの。でもねボクさん、あたしたちの常識ではね、相手に何かお願いするときはできる限りのことを自分もするものなの。お互いさまの気持ちが大事よ」


『なるほどなあ。……あ、ワシさん! なんか、できる限りしたほうがいいみたいっす』


スピーカーの向こうで、もう1人の人物の気配がする。


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