29・マヨはモブマヨを脱出する機会を失い、まさかのおばちゃん、戦闘態勢へ!
「ちょっとニコラ、この、カラシナのサヤがいっぱいの麻袋に、手を入れてごらん」
手招きする瑞恵を、ニコラは不思議そうな顔で見上げる。
「ミズエ、トーフにはゆびつっこんじゃだめっていったよ」
「豆腐はだめだけど、これはいいわよー。手をつっこんで、袋の中でバイバイしてごらん」
小さなふくふくの手のひらを、嬉々として麻袋につっこむニコラ。
「からしな、ばいばーい!……うきゃっ」
ぱちぱちとはぜる音がして、ニコラは大慌てで手を引っ込めた。
「ミズエ! なかにだれかいるよ! ニコラの手を、ぱちぱちたたいた!」
ニコラは瑞恵に駆け寄り、しがみつく。
「うふふ、よく乾いたカラシナのサヤはね、さわると弾けて、種が飛び出るのよ」
「懐かしい! 子どものころ、ぶんまわして遊んだわねー」
橋田さんが目を細める。
「この種を油でいためると、ピリリとおいしいマスタードシードになるわ」
「瑞恵さん、いいわね! スパイスの入ったマヨネーズにするのね。モブマヨが一気に、大人の味ね」
「やだ」
はしゃぐおばちゃんふたりを、くちびるをとがらせたニコラがじとっとにらむ。
「おとなのあじ、やだ」
「ニコラには、ピーナツバター(大豆)があるでしょう。このままじゃ、マヨネーズ(大豆)もピーナツバター(大豆)も、似たり寄ったりでモブモブしているから、変化をつけるのよ」
「……瑞恵さん、モブモブってなに? もふもふと混同してない?」
「ぱちぱち、こわい。もぶもぶがいい。ニコラ、これ、きらい」
「わたくしも、ニコラ殿と同じ気持ちでございます。モブはモブで、よろしいじゃないですか」
「えーヤスコちゃんまで。もしかして、辛いのは苦手?」
「……奇をてらうのは、みやびとは言えませぬ」
「……わかった、苦手なのね。うーん、残念だけどしょうがないか、子どもたちが喜んで食べてくれなきゃ意味がないし。橋田さん、ここはおとなしく、モブマヨとモブバターでモブモブしましょう」
「マダム・ミズエ! たいへんだよ。あんたがモゴモゴモブモブ言っている間に、ヘイアンキョウのやつらがまた豆腐を平らげちゃっているよ! どうしてくれるんだい」
「よっぽど豆腐が気に入ったのね……」
「瑞恵さん、ここの人たちの味覚には、マヨよりバターより、豆腐があっているみたいね」
「……あたしの苦労が……」
「瑞恵さん、まあそんなもんよ。丁寧に出汁取って作ったお吸い物より、5分で作ったソーメンチャンプルーのほうが、子どもたちばくばく食べたりするじゃない」
「……マヨネーズ無双、したかったな……」
「瑞恵さんってわりとミーハーね……」
「無双、フラグ、モブモブ……新しい言葉をたくさん覚えたから、よしとするか」
「モブモブじゃないからね。二回言わなくていいのよ」
「せっかくだから、ニコラがとってきた野草の使い道でも考えようかな。お豆腐の薬味にちょうどいいのもあるでしょ」
「さすが、前向き!」
「……ダンチの方々、ちょっとこちらへ」
「あら業平さん、どうしたの。珍しく、緊張感のある顔して」
「さきほど、藤原家の使者にトーフをお渡ししたと、お伝え申しましたが……どうも、その後何者かが、この邸に入り込んだようなのです」
「? どういうこと?」
いくらか青ざめた様子の業平を見上げ、瑞恵はあたりを見回す。
先ほどまで、豆腐に浮かれていた邸が、にわかに、和気あいあいとは異なった騒がしさに包まれている。
「怪しい者の正体も、ねらいも定かではありませぬが……わたくしが思うに、狙いはこのトーフではないかと」
「豆腐がもっとほしくて、盗みに来たの?」
「別に、玄関からくればいいことよね、瑞恵さん。大豆はたくさんあるし」
「そうそう。海水も、とおるさんがいっぱいくれたから、にがりもまだまだ、作れるわ」
「誇り高き藤原家の方々が『さっきもらったやつ、おいしいからもっとおくれ』なんて、言えるわけありませぬ」
「誇り高き人たちが、ドロボウするほうが恥ずかしいんじゃない?」
「さよう。ですから、ねらいは瑞恵殿、そなたかもしれません」
「え、あたし? ぷるぷるのお豆腐肌ってこと? そんなあ、あと10年若ければ分からないけれど……」
「10年じゃきかないよね、マダム・ハシダ」
「そうねえ、ちょっと自己認識が甘いわね」
「そこ、うるさいわよ」
「そなたをとらえ、藤原の邸にて料理人として迎え入れるおつもりかも……」
「困るわよそんなの。こうやって、ちょっと振る舞うくらいならいいけれど、ずっとここにはいられないもの」
「そうよ、業平さん。あたしたちこう見えて、世界を救う重大な任務を帯びた、勇者パーティーなのよ」
「マダム・ハシダ、そうなのかい? 任務って、なに?」
「ミズエー、にんむって、なに?」
「あ、そういやこのふたりに、そもそもを話したことがなかった……」
「あたしたちは、流行り病の特効薬を探しにきたのよ」
「そうだったのですか。特効薬とは、もしや……」
「え!! 業平さん、知っているの!!」
「ともあれ、まずは瑞恵殿がさらわれぬようにしなければ……。しかしながら、この邸の者は、藤原家との関係がわるくなることを、たいそう恐れておりますゆえ……」
「なにそれ。守ってくれないってこと? いたいけなおばちゃんを?」
「わたくしと、とおる殿は、さりげなく助太刀いたしますが……このお邸の力添えは、あまり期待できませぬ」
「マダム・ミズエ! 業平さんを困らせちゃいけないよ。あたしたち、勇者パーティーなんだろう? 闘ってやろうじゃないか」
「マダム・フロリーヌ、さすが追放経験者は強いわねっ。よし、とはいえあたしたち、武器なんて持っていたっけ?」
「ミズエー、これ、ニコラのぶき」
カラシナの詰まった麻袋を、ニコラがにやにやと引きずってきた。
「たしかにそいつは武器になるわ! マダム・フロリーヌは、なにか武器を持っているの?」
「うーん、全部ダンジョンに置いてちゃったよ」
「……じゃ、このノビルに似た野草を、生でばりばり、噛み砕くのよ! 猛虎になった気分で、バッリバリに!」
「ばりばり、ばりばり。こうかい?」
「うわっくさっ! 狙いどおりよ!」
慌てててのひらに息を吹きかけるマダム・フロリーヌ。
「……くさっ。どうしてくれるんだい! これじゃ業平殿と話せないじゃないか!」
「だいじょうぶよ、寝たら消えるから。マダム・フロリーヌの武器は、『ノビルのにおいのいき』に決定!」
「……瑞恵さん、あたし、それ、絶対いやよ」
「橋田さんの武器は……にがりを採って残った、塩よ。塩まいてやりましょうよ。いかにも、団地からきたあたしたちらしい厄払いよ」
「瑞恵殿、わたくしも戦いとうございます」
「え、ヤスコちゃんも? お姫さまが、いいの?」
「小さなニコラが戦うのに、わたくしに指くわえて見ていろとおっしゃるのですか」
「うーん……じゃあニコラと一緒に、カラシナで戦ってくれる?」
「わーい。やすこちゃんと、ニコラ、いっしょにあそぶー」
「で、瑞恵さん。あなたの武器は?」
「包丁」
「……だめっ! 過剰防衛!!」
「だってあたし、主人公だし……」
「だいたい瑞恵さんが狙われているんだから、あなたが先頭に立って戦ったらだめでしょ。奥に隠れていなさい!」
「そんなー!! つまんないーーーー」
「瑞恵殿、橋田殿のおっしゃるとおりですぞ。とにかく、こちらへ!」




