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28・やっとできたのマヨとバター!! でもこれは、モブだっていうのよ。


ピーナツバターは、ピーナツのバターである。


つまり、ピーナツがなければ、ピーナツバターには決してならない。


瑞恵が作ろうとしているのは、大豆バターである。


だがそれを、ピーナツバターと呼んではばからない。


もはや瑞恵の頭のなかで、ピーナツとは大豆である。


しかし、そんなおばちゃんの思い込みの烈しさを、大豆は激しく拒絶する。


「……とおるさん、ごめん。せっかく煎った大豆をバッキバキにしてもらったけど、たぶんこれじゃダメだわ」


「瑞恵殿。なにを言っているのかよく分からないが」


「ピーナツだったら、これでいいんだけど……大豆はやっぱり、煮たものを使うほうがよさそう」


「瑞恵殿、ひどいではないか。わたしが泣く泣く犯した殺生は、無駄だったというのか。これでは、バキバキになった大豆たちは、無駄死に……無駄バッキバキですぞ!!」


「しょうがないでしょ、あたしだって大豆使うのははじめてなんだから! 油分と甘味を足す前に『あーこりゃいかんわ』って気づいた主婦の目力をむしろ褒めなさい!」


「瑞恵殿、目力がどうかしましたか。わたくしを、お呼びですか……」


「業平さん、あんたはマヨ班でしょ! なにひょこひょうこ遊びにきているの! ウインクなんかしてもダメ!」


「瑞恵殿にではありませぬ……ヤスコ殿に、わたくしの熱視線をお送り申し上げたい……」


「はやく大豆、どろどろにしてきて」


「もうできましたぞ。あちらに、山と」


「業平さんナイス! とおるさん、バター班も、すり潰し大豆を使いましょう。あの見かけは、フードプロセッサにかけたピーナツとちょうど同じくらいだわ」


「ふーどぷろせっさとは何でしょう? そちの国の、枕詞でしょうか。あをによし、のような」


「時短家事の枕詞よね、瑞恵さん」


「そうそう。橋田さん、あれ、ヤスコちゃんは?」


「ニコラと一緒に、薬味採りに行ったわよ」


「瑞恵殿! いつの間に、マヨ班とバター班のほかに、薬味班ができたのですか……わたくしも、大豆どろどろにかまけているのではなく、ヤスコ殿と野原へ行きたかった……そして、キャッキャウフフ……」


「何言っているの業平さん。ヤスコちゃんが帰ってきたときに、マヨができていたら大喜びするでしょ? 一緒にいればいいってもんじゃないわよ」


「おお、瑞恵殿。そなたにも、斯様に、繊細な感性がございましたか。会えない時間が、思いをはぐくむのです」


「同じようなこと、どこかで聞いたことがあるわ」


「瑞恵さん、Jポップの歌詞よきっと」


「そうと決まれば、とおるさんはすり潰し大豆に油……油は何がある??」


「ゴマを絞ったものは、食用にも使っているはずですぞ」


「……ちょっと香りが強すぎるけど、まあいいか! 油を足して、よく混ぜて、なめらかなペースト状にして。そこに、さっきの水あめを足して混ぜる!」


「ふむふむ。まぜまぜ」


「そうだ、あたし黒糖を持ってきている! 橋田さん、あたしの非常持ち出し袋から、黒糖ブロックを出してくれる?」


「あ、瑞恵さんは黒糖派なのね。あたしは氷砂糖派」


団地のおばちゃんたちは相次ぐ災害に備えて、みなさん非常持ち出し袋を用意している。


救急用品や非常食のほかにも、ゴム手袋、ラップ、調味料などを収納。


異世界に行くときも、基本装備は非常持ち出し袋だ。


ヘイアンキョウのイメージに合わせて一応風呂敷に包んだ瑞恵の非常持ち出し袋から、橋田さんが黒糖を取り出す。


「氷砂糖より黒糖のほうが、料理に使いやすいからあたしは黒糖派なの。黒糖の香ばしい甘さが加わると、一気にピーナツバターっぽくなるんじゃないかしら」


「ふむふむ。まぜまぜ」


「マダム・ミズエ! 業平さんがすり潰した大豆、トーフにしといたよ」


「マダム・フロリーヌ! すごい! たった一度で手順をおぼえたの?」


「あんた、門番女の記憶力をなめちゃあいけないよ。ダンジョンの住人の顔、名前、年収、どのいじわるがどれだけ効果的か、全部頭に入っているんだ」


「じゃあ業平さんは、豆腐に油を少しずつ足して、混ぜる」


「ふむふむ。まぜまぜ」


「お酢をすこし足して混ぜる」


「ふむふむ。まぜまぜ」


「塩と黒糖を、ほんの少し」


「ふむふむ。まぜまぜ」


「はい! マヨネーズ(大豆)とピーナツバター(大豆)のできあがり!!」


長かった。ここまでの道のり、無駄に長かった。


達成感に浸る瑞恵。


しかし、皆の表情にいまいち、カタルシスはない。


「瑞恵殿、このふたつの、とろりとしたもの……見分けがつかないのですが……」


「味は違うでしょ、味は」


「……こちらは甘く、こちらは甘くない……」


「ちょっと業平さん。あなた、繊細な心の持ち主の歌詠みでしょ? 大豆のふくよかな味わいが、なめらかに舌の上でほどけ、じわじわと染みこむように心までもうるおしてゆく……くらいのこと、言ってよ!」


「瑞恵殿、そのとおりです。ただ、マヨもバターも、どちらも、ふくよかでなめらかなのです」


「確かにねえ。甘い白和えと、甘くない白和えって感じかしら……」


「ぎゃー橋田さんまで! だってどっちも大豆だもん」


「瑞恵さん。このままじゃこの子たちは、ただのモブマヨとモブバターよ」


「? なあに、モブって」


「群衆にまぎれてしまう、名もなき存在のこと」


「……良い言葉じゃ、ないわよね?」


「瑞恵さん、モブが活躍するのが異世界なのよ? 一見モブなのに、あれ、実は……!! っていう展開を、あたしは期待したい。なんとかして、このモブマヨとモブバターに、密かなる個性を与えてちょうだい!!」


「ミズエー、ただいまー」


「あ、ニコラが帰ってきた。ヤスコちゃんも、おかえりー」


「ミズエー、ニコラ、いっぱいあつめたよ。からしなの、えだ、おにいさんたちがいれてくれた」


麻袋にぎっしり、サヤの実ったカラシナが入っている。


「あとねえ、やすこちゃんも、いれてくれた」


「ヤスコちゃん、ありがとうね。ニコラのお守り、してくれたのね」


「瑞恵殿、この童はほうっておくと、何でも口にします。食事が足りていないのではありませぬか」


「人一倍食べているのよこの子は」


「ミズエー、これとね、これと、このくさは、たべられるよ。このきのこは、かじっちゃだめだっておにいさんが」


「いやはや、末恐ろしい女童ですぞ、この子は。料理人の才があります。次々に草を食み、調理法をわれわれに提案してくるのです」


料理人のお兄さんが、目を丸くして瑞恵に告げる。


「食いしんぼうは、料理好きの第一歩だとは思うけど……。へえ、見たことない草がいっぱい。これはノビルに似ているし、こっちはヨモギに似た香りがするけど、ちょっと違うわね」


「瑞恵さん、やっぱり異世界だから、ちょっとずつ違うのかもね」


「ミズエー、からしな、どうするの」


「そうよ、カラシナ! こいつで、モブマヨを一変させてみせるわ」


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