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27・まさかまだマヨネーズができていないなんて、わたしも信じられない。でもヤスコ姫の結構重いフラグが判明した。

マヨネーズを作ると意気込む瑞恵がこしらえたのは、お豆腐。


何をしようというのか、主婦の橋田さんはピンと来ているが、ほかの面々はその企みに気づく様子もない。


というか、マヨネーズが何からできているかを知らないので、豆腐を作るのがマヨネーズ作りの手順のひとつだと思っている。


いやむしろ、豆腐がマヨネーズだと思っている。


ひとつまみの塩で、あるいは醤油味の味噌のような発酵食品、ひしおで、ヘイアンキョウの人々は着々と豆腐のつまみ食いを進めている。


「ここに、香りの高い野菜を添えたら美味なるとは思わぬか?」


「なるほど、たしかに。やわらかな口当たりと、なめらかにとろける喉ごし、そこに香りが加われば、いかにも都の食べ物になる」


「瑞恵さん、料理人の人たちはさすがね。さっそく、冷ややっこのおいしい食べ方に気づいたみたいよ」


「小葱と、しょうがのすりおろしがあれば完璧よね! ねえ橋田さん、もうあたし、マヨネーズ作らなくていいんじゃない?」


「それはダメよ。ヤスコちゃんは、マヨネーズをつくってほしいって言っていたんだから」


「油とお酢入れてかき混ぜれば出来上がりです」


「そんなあっさり種明かししないでよ! なんだかあの子には、おいしいものを食べて、笑顔の思い出をいっぱい作ってほしいのよ」


「そりゃあたしも、団地でも世界でも異世界でも、子供はみんなおなかいっぱい食べて笑っていてほしいと思うけど」


「ヤスコちゃんって、何かひっかかる名前だったのよ。で、脳味噌の片隅にたぶんこびりついている高校時代の日本史の記憶を手繰ったんだけど」


「橋田さんの脳味噌ってすごいわね。あたしのより中身がぎゅっと詰まって、おいしそう……」


「やめて」


「はい」


「あの子、伊勢神宮の斎王になる、恬子内親王なんじゃないかしら……」


「ヤスコ内親王……?」


「歴史上の斎王は、伊勢神宮の神様に仕える皇族の未婚女性よ。斎王に選ばれたら、伊勢の斎宮に行って、そこに住み、都の平安を祈り続ける。外の人とはなかなか会えないし、神様に仕える身だから、もちろん恋はご法度」


「若い女の子には、ずいぶん酷な境遇ねえ。BTSにきゃあきゃあ言ったりするのも、ダメかしら」


「瑞恵さん。歴史と、現代と、異世界がごっちゃになるからとりあえずBTSのことは後で」


「はい」


「あのイケメンは業平さんでしょ? ここはヘイアンキョウだし……。ヤスコちゃんには、斎王フラグが立っているのよ」


「フラグが立っている?」


「創太の持っている異世界本のなかに書いてあった表現よ。『条件がそろっている』、いわゆる『詰んでいる』状況を表すのよ」


「へえー。じゃあそのフラグってやつ、引っこ抜けばいいんじゃない?」


「……一般的には、引っこ抜くんじゃなくて『フラグを折る』って言うみたいだけど……」


「あたしは、折るっていうのはちょっと……。そんなフラグはなくなってほしいけど、めったくそに折り曲げて、ヘイアンキョウの歴史を狂わせてもいけないし……だから、引っこ抜いてどっかに放り投げる、くらいがちょうどいいのではないかと」


「いいこと言っているような、逆に無責任のような……。いずれにしても、そう簡単に変えられるフラグじゃないわ。斎王っていうのは、いわば……追放だから」


「え?そうなの??? 神様に仕えるんだから、立派なことなんじゃないの???」


「立派なことよ。でも、高い身分を与えられて、遠くに追いやられるってことは、つまり……政治的に、弱い立場なのよ」


「そういうことか。いわゆる、飛ばされるってやつね」


「そうそう」


「あんな可憐な、ほとんど子どもみたいな女の子が、そんな酷な立場になるなんて……。橋田さん、そのフラグは、やっぱり引っこ抜かなきゃ。どこに生えているの?」


「どこにって、目には見えないわよ」


「見えないなら、そもそも立てなきゃいいじゃない!!」


「あーもう。瑞恵さんもちょっとは異世界本読んで、勉強してよ」


「すいません」


「とにかく今は、マヨよマヨ。業平さんに絶品マヨを作らせて、ヤスコちゃんの胃袋をつかまなきゃ」


「あの二人、くっつける方針でいいの? ヤスコちゃん、いやがってなかった?」


「あれは、業平さんがふらふらしているから、焼きもち焼いているんだと思うわ」


「マダム・ミズエ! なに井戸端会議してるんだい!!」


「あ、ごめんごめん、マダム・フロリーヌ」


「そういうときはあたしも混ぜなさい! ったく、ふたりじゃ会議にならないだろう」


「え、そこ?」


「ヘイアンキョウの連中が、トーフを食いつくしかねないからこのボウルに取っておいたよ」


「さっすがマダム・フロリーヌ! 鉄壁の門番女!! じゃあさらしを巻いて、重しをして、水切りするわよ」


「なんだい、またひと手間かい」


「じゃあニコラ、おもしのやく、やるー」


「重しの役って何? 乗っかる気? だめよ、うどんこねているんじゃないから」


「だって、ぷるんぷるんで、きもちよさそうなんだもん」


「ちょっとニコラは、あの、冷ややっこの薬味採りに出かけるお兄さんについていって、からし菜の種がほしいっていいなさい。そのへんに生えているはずだから」


「からしなのたね? それまほう?」


「まほうよまほう。あの麻袋借りていってね、枝ごと、そうっと入れて持って帰って来なさい。そうっとよ」


「そうっと? あばれるの?」


「暴れるのよ」


「こどもだましには、のらないよ」


「子供だましじゃないのよ。カラシナ神は、ほんとうに、はじけとぶ……」


「いってきまーす」


「はい、いってらっしゃい。よしよし、じゃあいよいよこの豆腐を……ない! 豆腐がない!!」


「瑞恵殿。そちらの包んであったトーフだが、さきほど藤原家の役人がいらして、たいそう興味を示されたのでお渡ししましたぞ」


「……業平さん! あれが、最後の豆腐だったのに……!!」


「えっ……なんという……花のいのちと同じく、美しいトーフのいのちもまた、はかなきもの……」


「適当にみやびな言い訳していないで! あんた、大豆どっろどろすり潰しから、やり直しよ!!」


「あのような荒事を、ふたたび我に、課すのですか、瑞恵殿……」


「あんたがうっかりさんだからでしょ! 藤原家に媚びたりして!!」


「媚びたわけではございませぬ。しかし時の権力者の望みに応えておれば、巡り巡って利になることも……」


業平の穏やかな顔つきに、にわかに緊張が走る。


「ヤスコ殿の行く末に、わずかでも、利となる試みならば……わたしはなんでも、その種をまいておきたい……」


「じゃ、とりあえず大豆よろしく」


「我にすりこ木を!! 完膚なきまで!! どっろどろにすり潰してくれるーーーーーー!!」


「あ、そういえばピーナツバター班は順調かしら」


すりこ木をぶん回す業平をよそに、瑞恵は源とおる達が担当するバター班の様子を見に行った。


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