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26・大豆無双したいんじゃなくて、マヨネーズ無双したいのやっぱり。だって本で読んだことを自分もやってみたいなって、あこがれるでしょ?

マヨ班とバター班による仁義なき戦いの火ぶたが切られた。


すり鉢いっぱいの大豆を前に、すりこ木を手にしたマヨ班・業平と、バター班・源とおるが、互いを視線で牽制する。


「とおる殿……そちらの煎り大豆は、バッキバッキに砕くのでしたっけ……おそろしゅうございますなあ」


「業平殿……そなたのほうの大豆は、一晩水に寝かせたもののそうで……水底で貝のように静まった大豆を、どっろどろにすり潰すとは……正気の沙汰ではない……」


「ふたりとも、ごちゃごちゃ言ってないでさっさとやっちゃってよ。先に進めないでしょ。何? こわいの? 大豆がこわいの?」


「瑞恵殿、お静かに。業平殿もとおる殿も、歌に秀で、みやびを愛する御方。このようなことには不慣れなのです。息を整え、間合いをはかる必要がおありでしょう」


「ヤスコちゃん、ずいぶん寛容ねえ」


「……瑞恵殿。しかし、一旦その気になれば……お二人とも武官にあられますゆえ……きゃっ」


業平と、とおるが、天高くすりこ木を振り上げる。


「え、振り上げる必要ある? ある? 餅つきじゃないのよ??」


狼狽する瑞恵をあざ笑うかのように、両者のすりこ木が、すり鉢に、正義の鉄拳のごとく振り下ろされた。


「バッキバキじゃあーーーーーー!」


「どっろどろじゃあーーーーーー!」


「瑞恵さん、バッキバキのとおるさんはいいにしても、どっろどろ担当の業平さんは、あれじゃいつまでたってもどろどろにできないわよ。すり潰さなきゃ」


橋田さんが冷静に指摘する。


「業平さん! あなたのすりこ木で押しつぶされた大豆たちに、とどめを刺すのよ! そう、すりこ木の上に片手を添えて、体重をかける! 重みを利用して、すり鉢のなかでぐるぐると、溝にやつらをなすりつける! ほら、肉体は滅び去り、彼らの魂だけがすり鉢のなかに……!」


「瑞恵殿、こうか? こうでよろしいのか?? わたくしは間違ってはいまいか?? これが彼らにとって、正しい道なのか???」


「心配無用! 信じた道を進め!!」


「くっ。ゆるせ、大豆たち。一粒一粒、個性豊かだったおぬしたちを、一塊のどろどろにしてしまう、吾の力を、ゆるせ……!!」


「はい、そこまでー。じゃ、どろどろを火にかけまーす」


「なんと。このうえ火あぶりにするとは。瑞恵どの、殺生な」


「業平さん、いい? このままじゃ、ただのどろどろ。食べられないの」


「しかし、おぬしには情というものがないのですか……」


「一度手にかけたら、最後まで面倒見る! それが情でしょ。おいしくいただくまでに、まだまだやることがあるわよ!」


「ミズエー、すごいすごい、あわあわになっているよ」


ニコラが、どろどろ大豆汁を火にかけた鍋を見て、ぴょんぴょん飛び跳ねている。


「そのあわあわは、捨てまーす」


「すてちゃうの? ふわふわでおいしそうなのに……」


「それはアクでーす。さよならしまーす」


「なんと、悪とは。あれだけすり潰してなお、悪が残っていたとは……いとおそろしき……」


「マダム・フロリーヌ、浮いてきた泡を、取り除いてくれる?」


「任せなさい。こういう、細かい仕事は得意だよ」


マダム・フロリーヌが、業平の視線を意識しながら言う。


「おお、なんだか、香りが変わってきましたぞ。ふくよかで、甘い、遠い記憶を呼び覚ますような……そうだ、乳のにおいに似ている……」


「うんうん、いい感じ。じゃ、火から上げて、ざるとさらしで濾すわよー。はい、この、アツアツのさらしをぎゅっとしぼる、勇気のある方ー。百戦錬磨の、武官の方ー」


「瑞恵殿、それは私のことでは、ありますまいな……」


「業平さん、あんたしかいないでしょっ。ほら、女官さんたちも大勢集まっているわよっ」


気づけば、台盤所に詰めていた女中たちが、きゃいきゃいと見物している。


「しかし、これは、鍋から上げたばかりの汁……ふれれば、やけどをしかねない熱っぽい御方……危ない予感が致しまする……」


「早くしてっ。冷えると固まらなくなっちゃうのっ」


「瑞恵さん、あたしの風呂敷にゴム手袋があるはずよ。非常持ち出し袋の必需品、ゴム手袋が!」


「橋田さんナイス! そうだ、あたしもゴム手袋持っている。業平さん、手袋二重にしたらいけるわよ。さあ濾せ!」


「業平、清水の舞台から飛び降りる気持ちで、いざ……うわっ、あつっ」


「その熱さが夏の思い出! カラカラになるまで、絞り切れ!!」


「ああ、大豆たち……そなたが浴びた熱さに、わたくしも身を切れということですね……あつっ。あつつ」


「ミズエー。ニコラもやりたい―」


「ニコラはだめよ。あれ、本当に熱いの。子どもはぜったい、だめ」


ざるの下においた鍋にたまった、クリーム色の液体。


できたてほやほやの豆乳だ。


「ここにさっき、とおるさんからもらった海水を熱して濾した……にがりを投入!」


「うわーニコラがやりたい、ニコラがやりたい!」


「あ、もう全部入れちゃった」


「うわーん。もういい、こうしてやる!」


ずぶっっと豆乳に指を突っこむ4歳児。


「こらっ、やけどするでしょっ」


「ミズエ、たいへん……なんか、ぷるぷるしている……」


「ああ、固まり始めたのね。いい、ニコラ。さっきヤスコちゃんが、あの水あめの壺にはアマヅラ神がいて、指つっこむと連れていかれるって言っていたでしょ。この鍋の中にはね、トーフ神がいて、指つっこむと、一緒に固めちゃうのよ」


「ニコラ、かたまりたくない……」


「よしよし。じゃあおりこうさんにしていなさいよ」


「瑞恵殿、たいへん……」


「なあに、業平さんまで」


「この稀有な体験……歌にしたいのだが……みやびな言葉が何一つ、思い浮かばないのです……」


「知ったことか! さあ、お豆腐ができたら、ようやくマヨ班のスタートラインよ……って、ぎゃー! なんで鍋の中身が半分に減っているのーーー!」


「ダンチからの使者の方、この美味なるものの作り方をもう一度、教えてください!」


お邸の料理人たちが、できたてのざる豆腐に、塩をふってむしゃむしゃ食べている。


「わかったわかった、教えます! だから鍋から離れろーーー!」


「すごいわ瑞恵さん。マヨネーズじゃなくて、お豆腐を作ってヒーローになるなんて!! 異世界の系譜に歴史を残したんじゃない!?」


「橋田さん、あたし疲れた……あーどっこいしょ。誰かーお茶くださーい。マヨネーズ作りは、次回ね……」


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