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25/80

25・食べるという行為そのものがわりと乱暴なので、ヘイアンキョウの人たちは食べ物のことをあんまり話題にしなかったみたい。で、歌とか詠む。

ヘイアンキョウの炊事場で瑞恵が目を留めた怪しげな壺。


開けようとする瑞恵を、お姫さまのヤスコちゃんが強硬に阻止する。


「瑞恵殿、どうしても開けたいというなれば……その童と、婆さまを、お隠しになってください」


「ニコラと、マダム・フロリーヌを? ……子どもと年寄には見せられないと?」


「ええ。万が一ということがあります」


「ヤスコちゃん。残念ながら、うちのパーティーの童と婆さまはね、そんなふうに言われると……」


「ニコラもみる!! ニコラがあける!! ニコラがたべる!!」


「何だって、あたしだけ仲間はずれにするんだい? あたしが追放された踊り子だからかい? そういう扱いには慣れてますよ、ふん。でもあんたたちのことは、信じていたのに……ぶつぶつ……」


「はい、こうなります」


「この壺のせいで、子どもと婆さまが死んだことがあるのですよっ」


「ニコラはしんだこどもじゃないもん! ニコラはニコラだもん!!」


「あたしは婆さまじゃないもん! マダム・ミズエとマダム・ハシダと、大して変わらないはずだもん!!」


「はい、こうなります」


「……もう知りませんよ。では決して、お手を触れないと約束してください」


「ニコラ、マダム・フロリーヌ、いい? そのくらいの約束は守りなさいよ?」


「「…………」」


「返事!」


「「……はぁーい」」


「それでは瑞恵殿、そうっと蓋を開けてください。中のものを、起こさないように……」


瑞恵は、そろそろと蓋に手を伸ばす。


「……失礼しまーす。……おはようございまーす」


「瑞恵さんだめよっ。その挨拶じゃ、起きちゃうっ」


「そうか橋田さん!……えーっと、きょうは日曜日なんで、もう少し寝ていても大丈夫ですよ……二度寝ほどいいものはありませんよね……はい、おやすみなさい……」


静かに静かに、眠る赤ちゃんにそっとブランケットをかけなおすように、瑞恵は壺の蓋を開けた。


「……お水?」


壺の中3分の2ほどが、透明な液体で満たされていた。


「水ではありませぬ。甘葛煎です」


「あまづらせん?」


「ツタの樹液からなる、甘味です」


「なるほど、水あめみたいなものね。やっほう、これでピーナツバターの甘味もクリアだわ」


「ヤスコちゃん、これがどうして、そんなに危険なの?」


橋田さんがもっともな疑問を口にする。


「この壺の底には、目には見えないアマヅラの神様がおります。子どもがつまみ食いをしようと指を入れると、5回に一度は、壺の底に引き込まれてしまうのです」


ヤスコ姫はほおをぷるっと震わせた。


「その童は、いかにも指を突っこみそうなので……。あと、そちらの婆さまも」


「ヤスコちゃん、人を見る目があるわねえ。うちのパーティーに入らない?」


「なるほどねえ。子どもがいたずらしないように、そういうお話が生まれたわけね。瑞恵さん、どこの国でも同じようなことしているのねえ」


「本当ね。ヤスコちゃんはそのお話を、どなたから聞いたの? お母さん?」


「ふふふ、それはわたくしです」


「うわっ業平さん。もう帰って来たの」


「今もアマヅラ神のお話を覚えていてくださるなんて……ああなんていとおしい……この気持ちを、歌に詠みたい……」


「歌はあとでいいから。海水は、分けていただけたのかしら?」


「もちろんのこと。源とおる殿は御心の広いお方。その樽全部、海水ですぞ」


「いやはや、業平殿も庭に浦をこしらえるのかと。興味深くてついてきてしまいました」


業平の隣に、業平よりいくらか年嵩に見える男が立っている。


この人が、庭に塩釜をこしらえ、海水をひいて海の景色を再現しているという変わり者か。


「瑞恵殿。こちら、六条の邸の源とおる殿。とおる殿。こちら、ダンチからいらした、瑞恵殿です」


「ダンチとは初めて聞く地名です。どういった国なのですか」


「1階から5階まであって、エレベーターはなくて、高齢化が進んでいる国です」


「瑞恵さん、雑すぎるわよっ」


「だんちには、れいぞうこがあります! れいぞうこには、すじこがはいっていて、れいとうなら1かげつ、れいぞうなら1しゅうかんだいじょうぶです!」


「ニコラ、それは団地じゃなくて、すじこの説明よっ」


「……どうも、にぎやかな国のようですな。で、この海水はどの堀に流しましょうか」


「流しちゃだめっ。しかしすごい量ね……。とりあえず、鍋一杯分ください」


「そんな遠慮なさるな。どうぞたっぷりと流してくだされ」


「だから、海作りたいわけじゃないのよこっちは! これだからジオラマおじさんは!!」


瑞恵は鍋に入れた海水を強火にかける。


「よし、ここから班を2つに分けるわよ! ピーナツバター班! ヤスコちゃん、マダム・フロリーヌ、橋田さん! マヨネーズ班! 業平さん、ニコラ、あたし!」


「マダム・ミズエ! あたしを業平さんと一緒にしなさい!!」


「瑞恵殿、わたくしは班に入っていないようだが……入れていただけないか」


「あーはいはい。じゃあマダム・フロリーヌはマヨネーズ班ね。とおるさん、マダム・フロリーヌの代わりにピーナツバター班に入ってください」


「瑞恵殿、とおる殿がヤスコ姫と同じ班というのは、いかがなものか。わたしもピーナツバター班に入って、『ヤスコ殿、アマヅラ神に手をひきこまれますぞ……』『業平殿、こわいでございます……っ』『だいじょうぶですぞ、業平がそばにおりますぞ』『えっ』などと、キャッキャウフフしたいのだが」


「うるさい! 席替えは好きなもの同士でくっつくためのもんじゃない!! 先生のいうことを聞く!!!」


「「「「「はぁーい」」」」」


「まずは力仕事よ。だから男の人は分かれてほしいの。マヨ班はこの、水に浸した大豆を、どろっどろにすりつぶす! 薄皮を感じるようじゃだめよ、完膚なきまでメタメタに!! バター班は、大鍋で大豆を炒る! 焦げる寸前、息も絶え絶えになったところを、バッキバッキに砕く!!」


「瑞恵さんのお料理って、出来上がりは最高においしいんだけど、レシピがスプラッターなのよね……」


「うん? 橋田さん、何か言った?」


「包丁持って振り向くの、やめて」


「はい、では作業開始! 遅れるやつは、水汲み係に回すわよっ!!」


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