17・異世界の中立地帯、団地へようこそ。一度こっちに来たら、永遠に仲間だよっ。
「ふう、到着!」
慣れ親しんだ団地に戻ってきた瑞恵と橋田さんは、安堵のため息をつき、顔をほころばせた。
ニコラとマダム・フロリーヌは、落ち着かない様子できょろきょろしている。
「とりあえずあたしの家で、お茶にする?」
「ありがとう。あ、洗濯機回してから行くわね」
「ええ。じゃああとでね。ニコラとマダム・フロリーヌはこっちへどうぞ」
瑞恵と橋田さんは、3階のお隣同士。徒歩3秒の距離だ。
「ふうむ。このダンジョンは、不吉なにおいがするねえ……くんくん」
「やめてよマダム・フロリーヌ。ここはダンジョンじゃなくて団地よ」
「ミズエー、おなかすいたあ」
「もう? さっきウズラをパクパク食べていたじゃない。ちょっと待ってね、おやつに何があるかしら」
瑞恵をこの世界に召喚したワシさんが言ったとおり、団地の電力系統は問題なく動いている。冷蔵庫も、その中身も、召喚されたときのままだ。
「梅酒ゼリーじゃちょっとねえ。とりあえずはヨーグルトにいちごジャム……」
「ミズエ! あれがいい! あかくてきらきらしているの」
「これ、すじこよ。しょっぱいわよ」
「それを、オムスビにして!」
「完全に酒飲みのシメね。まあいいけど」
冷凍ごはんをチンして、すじこ海苔巻きをつくる。
「ぱくぱく。ぱくぱく。ぱくぱく。ミズエー、フランソワーズのぶんもちょうだいー」
「食べるのは全部ニコラでしょ。塩分取り過ぎになるからだめ」
「マダム・ミズエ、このお茶は何のハーブだい? あたしはずっと、こういう味を求めていた気がする」
「緑茶よ緑茶。コーヒーや紅茶もいいけど、やっぱり緑茶は落ち着くわよねえ」
すじこ海苔巻きにせんべい、ベビーチーズ、月餅、チョコレートと、むしろここが異世界?なテーブルを囲んでお茶にしていると、
『ルルルルル! ルルルルル!』
「あ、ワシさんから電話ね。もしもーし、ワシさん、どうしたの?」
『おお、つながった。ようやく帰ってきたか。どこのセーブポイントまで行けたんだ?』
「マダム・フロリーヌのダンジョンよ」
『なんだって? あそこは、スタート地点から1マイレージしか離れていないじゃないか。一体何をやっていたんだ』
「1マイレージだと、何と交換できるのかしら。白いお皿? トートバック?」
『パン屋のシールとごっちゃにするでない!』
「ミズエー、ニコラもしゃべりたい」
「ハンズフリーだからどんどん話して平気よ」
「ふうん。その機械から声が聞こえてくるのかい。あんまりセクシーな声の男じゃないね」
『おいおい、お隣の橋田さんと違う声が聞こえるが……まさか異世界人を連れてきたんじゃないだろうな』
「ピンポーン、そのとおり。紹介するわ。ニコラと、追放された元踊り子のマダム・フロリーヌよ」
「ニコラです! よんさいです!」
「あたしゃマダム・フロリーヌ。趣味は蜘蛛の巣を退治すること。特技は、趣味に同じ」
『瑞恵さんよ、あんたほんとに、まったくもう……。一度パーティーに加わった人間は、誰ひとり欠くことなく、薬を取りに行かなくちゃならんのじゃ。こんなしょうもない子供とばあさんを仲間に入れて……』
「「「なんですって!」」」
「ワシさん。言っときますけどね、女子供と年寄りをばかにしないでね。あたしたちは、まだ本気出してないだけですからね」
「瑞恵さん、なに中二病みたいなこと言ってるの?」
「あ、橋田さん、おかえりなさい」
「冷蔵庫にとろけるプリンがあったの。賞味期限近いから、みんなで食べちゃいましょう」
「うわああ。おいしそうー」
「ニコラ、あんたは食べ過ぎだよ。こういうやわらかくてふるふるしたのは、年寄りに譲りなさい」
「やだあ、やだああ」
「ニコラとマダム・フロリーヌ、ちゃんと人数分あるからケンカしないで! そんなことより瑞恵さん、次にあたしたちが行くヘイアンキョウのことなんだけど」
「うんうん。それも、創太くんの読んでいる『異世界小説』に書いてあった?」
「それがね、ぜんぜんないのよ。ヘイアンキョウって、たぶん日本の古代でしょ? 異世界ではマイナーみたい。中国の後宮モノは一定の需要があるようなんだけど」
「そんな前人未踏の世界に、おばちゃんたちが行って大丈夫かしら」
「瑞恵さんさっき、まだ本気出してないだけって言ってたじゃない」
「そりゃそうだけど……あ、ワシさん、まだそこにいる?」
『いるとも。プリンはワシの分もあるか?』
「ごめん、ニコラがふたつ食べちゃったわ。ところでヘイアンキョウってあの、鳴くよウグイス(794年)平安京、のヘイアンキョウよね?」
「瑞恵さんよ、あんたずうっと、根本的に間違っている。ここは異世界だから、日本史と照らしあわされても困るんじゃよ」
「ばか言いなさんな! 現代日本人の知識が生かせてこそのチートでしょ!」
「すごいわ瑞恵さん。いつの間に、チートなんて言葉を覚えたの!!」
「ふふん。ああ、大きな声だしたらお腹空いちゃった」
『なにかっていうと、食べる口実にするな、おぬしたちは……』
「ヘイアンキョウに行くなら、平安時代の人たちが喜びそうなおみやげを用意したいと思ったからよ。橋田さん、何がいいかしらねえ」
「そうねえ……あら、ニコラがスプーン握ったまま寝てる」
「マダム・ミズエ、あたしもそろそろ昼寝の時間なんだけど」
「じゃあマダム・フロリーヌとニコラは、あたしのうちでちょっと休憩したらいいわ。こっちよ」
橋田さんがニコラをだっこし、マダム・フロリーヌがあとに続く。
カチャリとドアの開く音がして、
「きゃあああ!」
橋田さんの悲鳴が響いた。
「橋田さん!! どうしたの!!!」
瑞恵はあわてて廊下を走る。
「み、瑞恵さん、これを見て……」
ドアポストを指さす橋田さん。
「この緑色のファイルは……」
「「か、回覧板……!!」」
読んでくださった皆様、ありがとうございます。
瑞恵が騒がしいので、ちょっとだけ聞いてやってください。
「こんにちは、瑞恵です。さっきあたしが、ポイントとかブックマークとか、ポチっとしてねってさりげなーくアピールしたでしょ」
「ぜんぜんさり気なくなかったわよ瑞恵さん。むしろ図々しくって恥ずかしかったわ」
「橋田さんこそ『ポチっ』を5回も繰り返して、不躾だったじゃない。とにかくね、そんなあたしのクレクレアピールに、本当に、ポチっとしてくださった方がいたの!」
「なんて奇特な方なの!!」
「ありがとうございます。ひとこと、お礼が言いたくて」
「ミズエー、だったらもういっかい、くれーっていえば」
「こらニコラ。これは、お礼のお知らせなのよ。お礼と一緒にお願いをするのは、失礼なことなの」
「ふうん。でもあとでするんでしょ。だったらいっぺんにしたほうが、よむひとは、らくじゃん」
「くっ。合理的な4歳児め。お礼とお願いを一緒にするときはね、おばちゃんの流儀があるのよ。それはね……ごにょごにょ……」
瑞恵に代わってまじめにお礼を申し上げます。
読んでくださった方、ブックマークやポイントをポチってくださった方、本当にありがとうございます。
あと1、2話、瑞恵は団地に居座りそうです。
その間だけ、この「クレクレ寸劇」を続けたく存じます。
冒険に出かけたら、冒険に集中! キリッ!




