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15/80

15・うなぎのタレと、4歳児ニコラのイマジナリーフレンドが最強だった件。

モンスター・ブヒットが戻ってくるまでヒマなおばちゃんたちは、瑞恵が団地から持ってきたシソ巻たらこおむすび、卵焼き、唐揚げで早めの夜ごはんにしている。


火鉢で温め直した唐揚げは、皮はパリパリ、中はふっくら、噛むほどに味わい深く、皆目を丸くしている。


「なんじゃこりゃ! こんなおいしい鶏肉、あたしゃ食べたことがないよ」


門番女のマダム・フロリーヌは、口をもごもごしたまま、フォークにぶっ刺した一片を見つめている。


「この塩気は、塩じゃないよね。どこか甘いけど、砂糖の甘さじゃない……どうなっているの??」


女中さんは料理を担当している者らしく、なかなか細やかな感想を寄せる。


「甘辛い味って、異世界にはないのね。これはね、醤油とお酒、しょうが、にんにくでしっかり下味をつけてから、揚げているの」


「へええ。鶏肉はソテーしてソースをかけるばっかりだからさ。こんな食べ方があるなんて」


「ミズエー。たまごとってー」


「はいはい。あ、いいこと考えた」


瑞恵はリュックをごそごそやり、うなぎのタレを取り出した。


「これをさっと卵焼きに塗って、あぶると……」


とたんに立ち込める、香ばしいにおい。


「マダム・ミズエ、あんたやっぱり魔女だったんだね……! こんな、味のする煙を起こすとは!」


「マダム・フロリーヌに魔女とか言われたくないわよ……。はいニコラ、どうぞ」


ぱくぱくぱく!


「ミズエー、たまごとってー」


「はやっ。その小さくお口と体に、よく入るわねえ」


「ニコラ、欲張るんじゃないよ。その、右から2番目の卵は、あたしのだからね。あたしがじっくり、育てているんだ」


「マダム・フロリーヌ、早く取ったほうがいいわよ。育ち過ぎて焦げるわよ。あと、子どもと張り合わないで」


「ふんだ。子どもに甘い顔するとロクなことないんだよ……うまーい!!」


「鰻をたまごで巻いた、う巻きって卵焼きがあるくらいだから、タレと卵の相性は抜群よ」


ちょっとウンチクを語ってみた瑞恵だが、食べるのに夢中で誰も聞いちゃいない。


「ミズエー。オムスビにも、それぬってー」


「ニコラはすっかり食通ね。たしかにこれを焼きおにぎりにしたら、間違いないわ」


「あら、もうこんな時間だ。そろそろあたしは戻るよ。旦那さまの愛人を、手引きしないと」


「よろしくー。ブヒットと旦那さまを、絶対に鉢合わせてねっ」


「ねえ瑞恵さん、ブヒットが先にきて、愛人さんに変なことしないか、あたしちょっと心配なんだけど」


橋田さんが、右手に唐揚げ、左手に卵焼きをぶっ刺したフォークを持ったまま思案顔をする。


「確かにそうねえ。正しい合言葉を知っているのはブヒットだから、先に部屋に入っちゃうかも」


「で、何かの事情で旦那さまが来るのが遅れたら……。愛人さんとはいえ、どこかの娘さんでしょ? あたし、心配で」


「そうねえ……。あ、あたしがさっきなりゆきで言った、花を持っていけばいいわ! ムッシュー・ブヒット、お約束のお花をお持ちしましたーって」


「なるほど! 瑞恵さんの口からでまかせが早速役に立ったわ!!」


「おや、ブヒットが帰ってきたねえ。マダム・ミズエ、入口を開けていいのかい?」


「ええお願い、マダム・フロリーヌ。ここで『あかずのドア』の魔法をつかっても、特にダメージを与えることはできないわ」


「ごきげんよう、門番のおかみさん。ノックする前に入口を開けてくれるなんて、驚きですよ」


「ちょうど窓から、あんたのすがたが見えたんでねえ。おや、ずいぶんさっぱりとしたこと」


見知らぬ女性から逢引きの誘いが来たと勘ちがいしているブヒットは、散髪にいってきたのだった。


「そうですか、ほんの数ミリ、整えただけなんですけどねえっ。やっぱりこの、微妙な違いが、貴婦人方の印象を左右しますもんねっ」


「瑞恵さん、さっきとの違いわかった?」


「ぜんぜん」


「じゃあぼくは、急ぎますのでこれで」


太った身体をたぷたぷ揺らし、ブヒットはごきげんに階段を昇っていった。


「あら、ブヒットさん、行きに預けていった燭台を置いていっちゃった。橋田さん、どうしよう」


「どうしようもこうしようも、ラッキーじゃない。あの人これで、真っ暗闇のなかを移動するはめになったわ。いろいろ、仕掛けがいがあるんじゃない?」


「橋田さん、あったまいいー!」


「瑞恵さんの天然には負けるわ……」


◇◇◇◇◇


そしていよいよ、モンスター・ブヒット退治の夜がやってきた。


意気揚々と屋根裏部屋へ向かうブヒットを見届け、瑞恵、橋田さん、そしてニコラはそれぞれ、物陰に身を潜めた。


瑞恵と橋田さんは、幼いニコラを夜の作戦に巻き込むのは反対したのだが、ニコラがやりたいとギャン泣きして聞かなかったのだ。


「ニコラ。夜遅いと、マンションのなかは真っ暗になっちゃうのよ。こわいでしょ」


「こわくないもん。ニコラ、こわくないもん!」


「そりゃいまはね、あたしも橋田さんもいるからこわくないけど。一人で、あの廊下のすみっこに、じいっとしているなんてできる? できないでしょ?」


「できるもん! やりたいよう! ニコラ、ひとりじゃないもん!」


「聞き分けのない子ねえ。一人になっちゃうって、言ってるでしょ!」


「ひとりじゃないもん! ニコラは、フランソワーズといつもいっしょだもん。ねえ、フランソワーズ」


ニコラは、自分の肩口に向かってそう言い、にっこりした。


「ひいいいい~」


「に、ニコラ……フランソワーズって、だれ……」


「フランソワーズはフランソワーズだよ。いつもニコラといるんだよ」


抱き合って震えるおばちゃんふたりを、不思議そうに見るニコラ。


「わ、わかった。ニコラはあの、ブヒットの扉のそばの死角担当ね」


「「うん!」」


(いまふたり、うん! って言った!!!)


という心の動揺を抑えて、橋田さんと瑞恵も、持ち場についた。


橋田さんが花運びのおばちゃんに化けて屋根裏部屋のそばの廊下、瑞恵は屋根裏部屋とブヒットの部屋をつなぐ、階段の踊り場に身を潜めている。


もしも屋根裏で異変が起きれば、何よりも愛人さんの安全を優先して、橋田さんが屋根裏に向かう算段だ。


と、女の悲鳴が闇夜をつんざいた。


「あちょーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」


(((!!!)))


屋根裏部屋から響くその悲鳴。


(あちょーーー?)


悲鳴が聞こえたら迷わず駆けつけると決めていた橋田さんだが、


(身の危険を感じたとき、あちょーーって言う?)


とりあえず、花を抱えて屋根裏の戸口に向かう。


「あら、まあ」


髪をかき上げる美女が、ブヒットを足蹴にし、見下ろしていた。


「おっさん、どこのどいつだよ。ナメたマネすんじゃねえ。あたしはマーボーチュウカ連邦四千年の武術を修めてんだ」


「ブヒッ……ブヒッ……」


「猪八戒そっくりなくせに、ひとたまりもないな」


「ブ、ブゥウ……」


よろよろと立ち去るモンスター・ブヒット。


(あんなによれよれになって。モンスターとはいえ、ちょっと気の毒ね)


おばちゃんは、目の前の困っている人を放っておけない。


ちなみに、自分たちのせいでブヒットがこんな目に遭っているということは、意識の外である。


橋田さんは近づいてくるブヒットにやさしく声を掛けた。


「ブヒットさん、だいじょうぶ? 部屋まで戻れますか」


「あ、ああ。どなたか知らないがご親切にありがとう。すみませんが、その灯りを貸してくれませんか」


「ええ、どうぞ。気をつけて戻ってね」


橋田さんはロウソクを灯した燭台を、ブヒットに握らせた。


とぼとぼたぷたぷ階段を降りていく、みじめな背中を見送る。


「ふう。あ、どうしよう。瑞恵さんたちは、この状況知らないんだわ。でも真っ暗で、あたし動けないし……」


まさにそのとき、瑞恵が隠れている踊り場に、手負いのモンスター・ブヒットは差しかかっていた。


(アチョー!アチョー!)


さっきの悲鳴に触発されて、瑞恵はやたらめったら、ハタキを振り回していた。


「ぎゃあっ! なんだなんだ!」


ハタキが首筋を撫でる奇妙な感触に、ブヒットが悲鳴を上げる。


「なんだ、ゾエおばさんの霊か? それともリュシアン叔父か? すいませんすいません……ぎゃーーーーー!」


ぼうっと火の手が、ブヒットの鼻先で上がる。


瑞恵がぶん回していたハタキに、ろうそくの火がついたのだ。


「きゃーーー!」

これには瑞恵もびっくり。


「どうしよう、ブヒットさんが、焼き豚になっちゃう!」


瑞恵のトンマな心配をよそに、前髪を焦がしながら、ブヒットは駆けだした。


「な、な、何だってんだ一体……ひいいっ」


ようよう、自室の前にたどり着いたブヒットが目にしたのは、


「ランラランラララン……ランララランララ……」


廊下の奥で一心不乱に踊る、幼い少女だった。


「こ、こんな夜更けに子どもがなにを……」


「あー。おじちゃんだー。あそぼうー」


「あそぼうー」


少女はひとりしかいない。だが、声は二人分聞こえる。


「おじちゃん、あそぼうー」


「あそぼうー」


少女の肩口から、もう一人の少女が――片目がつぶれ、人形のような白い肌で、歯をむき出しにして――ブヒットのもとへ、飛んできた。


「ブヒヒイイイイイイイーーーー!」


本日最大級の悲鳴を発し、ブヒットは部屋に逃げ込んだ。


「「「やったああ!」」」


ハタキのたいまつを手に降りてきた、瑞恵と橋田さん、ニコラはハイタッチ。

「マダム・フロリーヌ、モンスターを退治したわよ」


いつのまにかやってきた門番女・マダム・フロリーヌに瑞恵は笑いかける。


「いやいや。まだだよ。あたしが出した条件は、あいつに『参りました! おれが悪かった!』と言わせることだからねえ」


「「「えーケチー」」」


ぶうたれる3人だが、マダム・フロリーヌは石のようにつんと澄ましている。


「仕方ないわね……北風と太陽の、太陽になるか」


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