13・郵便配達人は時にうわさも運びます。かわいいおじょうさんなら、なおさらです。
瑞恵はきったない袋から、一通の封筒を取り出した。
「ニコラ、ちょっとこのお手紙を持っていてくれる? で、おばちゃんが呼んだら、来てくれるかしら」
「うん、いいよ」
ハタキをほっぽり投げて、ニコラは嬉しそうに手紙を手にした。
「はいはーいお待たせしましたー!」
瑞恵は最大限明るい声を張り上げ、入口の扉を開けるヒモを引っ張る。
「大変失礼しました、モンスター・ブヒット……じゃなくてムッシュー・ブヒット」
「おや、あんたは誰だい。門番女のマダム・フロリーヌはどうした」
「あたくし、フロリーヌさんの弟子でして。ついいままで、奥でかまどの番をしていて、ノックが聞こえなかったんです、ごめんなさい」
「ふうん、そういうことなら今回だけは大目にみるが……いいですか、あなたが弟子だとか新人だとかいうことは、周りの人には何の関係もないんだ。そのことを肝に命じたほうがいい。あんたのためだよ」
「うわっ。さらに嫌味SSSランク魔法『あなたのためとよそおってせっきょうする』、キター!」
瑞恵はしおらしくうつむいてみせ、こっそり舌打ちした。
「ムッシュー・ブヒット、そういえばお手紙がきていました。お渡ししますね」
「ほう。これ以上待たせないでくれよ」
「ニコラー。ブヒットおじさまのお手紙を持ってきてー」
「はあい!」
満面の笑みで、とてとて走ってくるニコラには、さすがのブヒットも相好を崩す。
「おや、すてきなマドモアゼル。お手伝いかい」
「うん。ニコラ、ゆうびんやさんなの。さっきまでね、あかずのドアのまじょだったんだけど……うぐぐ」
瑞恵がニコラの口をふさぐ。
「ニコラ、そのお話はいいから。おじさま忙しいみたいだから、どちらからのお手紙か、おじさまに教えて差し上げて」
「うん! えっとねえ、ムッシュー・ブヒットさまへ、とくそくじょう、しょうひしゃきんゆう・トイチ、トサンしぶ」
ザワワワワワワッ。
ブヒットと一緒に入口が開くのを待っていた大勢の住人に、衝撃が走った。
「消費者金融トイチって……」
「あの、絶対近づくなって有名な金貸しじゃ……」
「ブヒットさんのお肉屋さん、経営があぶないのね……」
「ブヒットさんのところ、経営難でまともな肉が仕入れられていないみたいよ……」
「あの、自慢の味付きポーク、どうも犬の肉を混ぜているらしいわ……濃い味付けなら分からないだろうって」
「濃い味のものを食べ過ぎて、ブヒットさん、身体を壊したそうよ……」
「お医者代を払うために、借金しているらしいわ……トイチで」
ざわめきは伝言ゲームのように、次々と憶測を呼びながら広がっていく。
「あら。期せずして第4魔法『ねもはもないデマ』も使っちゃったみたい」
「いいえ、瑞恵さん。借金の督促状は事実だから、小さな根はあるわ。魔法とはいえない」
「えー。橋田さん、きびしいわね」
と、モンスター・ブヒットは鼻の穴を膨らませて顔を真っ赤にし、ニコラから手紙をひったくった。
「うわーん。こわいようー」
ブヒットの剣幕に、泣き出すニコラ。
「あらあらかわいそうに。こんな小さな子に」
「よしよし。あとでチョコレートをあげましょうね」
間借り人に雇われている女中やお針子たちが、しきりにニコラを慰める。
「まったくとんでもないガキだ! ほら、その手紙も、それもよこせっ。ブヒッ」
全身から湯気を立てて、ブヒット氏は手紙を握りしめて階段を上がっていった。
「マダム・ミズエー、あのおじさん、ほかのひとのおてがみも、もっていっちゃったようー」
「あら、どちら様へのお手紙だったか、覚えている?」
「うん。ムッシュ―・シャベールさまって、かいてあったよ」
「あら、うちの旦那様宛だわ!」
一人のおばちゃん女中が声を上げた。
「おじょうちゃん、誰からの手紙だったかまでは、見てないよねえ?」
「わかんない。あのね、いいにおいのするおてがみだったよ。おはなのにおい」
女中の顔に、動揺が走るのを瑞恵は見た。
「もしかして、スズランの絵が描いてなかったかい?」
「あったよー。おはなのえがあったよー」
「ああしまった。すぐ取り返さなきゃ」
「女中さん、ちょっと待って。……奥に、いいものがあるよ。ご一緒にいかが?」
瑞恵は女中に目くばせする。
おばちゃん同士、瞬時に仲間意識が芽生える。
「……そうかい。じゃあちょっと、おじゃましますね」




