11・門番女は魔法で戦うから、ぶっそうな武器のことは忘れましょう。
マダム・フロリーヌが門番女をつとめる異世界マンション。
それは、彼女が最強になるダンジョンだという。
「マダム・ミズエ。マダム・ハシダ」
マダム・フロリーヌはふたりをなめるように見た後、意味深に笑った。
「一度あたしの部屋に入ったからには、モンスターをやっつけないと出られないよ」
「あらやだ、そうだったの」
「そういう大事なことは先に言ってよ」
「先に言ったら、のこのこ入ってこないだろうが」
「ニコラはなんども、マダム・フロリーヌのところにきてるよー」
4歳のニコラが無邪気に、的を射た意見をする。
「これニコラ! 余計なこと言うんじゃない。せっかくダンジョンっぽさを盛り上げているんだから!」
マダム・フロリーヌは慌てたように、ニコラの口を塞ぐ。
「とにかく。お前さんたちが始末すべきモンスターは、こいつだ」
『入居者ファイル』と記されたぼろぼろの紙束から、マダム・フロリーヌはでっぷりとした男の絵を指した。
「豚肉屋のムッシュー・ブヒットだ!!」
「橋田さん、ブヒットだって」
「いかにもお肉屋さんね」
「しかも豚肉専門」
「よくできたものね」
「マダム・フロリーヌ、この国も豚の鳴き声は、ブヒーでいいのかしら?」
「豚はモフモフに決まっているだろ! っていうかそんなことはどうでもいい!」
「どうでもよくないわよ! 豚がブヒーでブヒットさんなら、遠慮なく笑えるのよ!」
「でもこっちではモフモフなのね……。瑞恵さん、かわいいからよしとしましょうよ」
「ニコラつまんないー。はやくダンジョンのことおしえてようー」
「まったく全員勝手だな。とにかく、お前さん方はこのブヒットを始末しなきゃならない。なあに、簡単なことよ……」
「分かっているわ。まずはそこにある石臼で迅速に頭部を強打、失神させたのち鋭利な刃物で喉を突き、血抜き。この血はプディングやソーセージに。次に内臓を取り出し、お湯でゆでて腸詰の材料にまわす。それから肉を……」
「……マダム・ミズエ。ブヒットは、豚じゃないからな」
真顔の瑞恵に引きながら、マダム・フロリーヌはさりげなくキッチンの石臼と出刃包丁を隠した。
「豚じゃないが、とんでもないモンスター人間だ。お前さん方の世界にもいるだろう、モンスターペアレンツとか、モンスター上司とか。にっくきモンスター・ブヒットに、『参りました!おれが悪かった!』と言わせるのが、こやつを始末したってことよ」
「なあんだ、そんな簡単なこと。まずはそこにある石臼で失神しない程度に膝の裏などを強打。キッチンに隠した出刃包丁で……」
「瑞恵さんだめ! モンスターだけど人間!」
「服を裂き、その布地で縛り上げて手足の自由を奪ったうえで脇下、脇腹、ヘソなどを徹底的にくすぐる。これで『参った!』と言わない人間はいないわ」
「くすぐるまえに、精神参っているわよ……」
「マダム・ミズエ、あたしはそんな野蛮な闘いはしないよ。腕力じゃブヒットに勝てない。じゃあどうするか」
「分かった! 魔法ね!」
「そのとおり」
「えっ本当に? 正解?」
「やったわね瑞恵さん。ここ、異世界だもの。あたしたち、魔法が使えるんだ」
「そういえばそうだった。一生懸命、解体のやり方思い出していたのに……」
「……思い出していたって、どういう意味……」
「え? なあに、橋田さん?」
「うううん! 何でもない!」
「あたしがこのダンジョンで使える魔法は4つ。ひとつはこれ『あかずのドア』」
マダム・フロリーヌは、ドアを必死でたたく人の姿が描かれた、タロットカードのようなものを取り出した。
ちなみに、明らかにマダムの手書きである。
「このマンションの出入口はたったひとつ、あたしがこの紐をひっぱらないと開かない」
「それ、さっきやっていた、ただのいじわるよね?」
「次の魔法がこれ。『じざいゆうびんぶつ』」
マダム・フロリーヌが指さしたカードには、水に沈むポストの絵が描かれていた。
「このイラスト、どういう意味? ポスト引っこ抜くの?」
「何だってあんたはそう、乱暴なんだい。郵便配達人は、このマンションの住人の郵便物すべてをあたしのところに持ってくるんだ。だからね、いつ渡すかも、どの手紙をだれの戸口に入れちゃうかも、あたし次第、自由自在って魔法さ」
「人の手紙を勝手に見るなんて、犯罪じゃないの?」
「瑞恵さん、勝手に見るとまでは言ってないわよ。それに、石臼とか出刃包丁とか言っていた人が、ここで犯罪持ち出すのは、ちょっと……」
「3つめの魔法。『もてないあかり』」
マダム・フロリーヌが示したカードには、ろうそくの火にやけどをしそうな男が描かれている。
「夜はマンション内も外の闇と同じくまっくらだからね。ろうそくの火がないと自分の部屋まで戻れない。で、みんなあたしに燭台を預けるわけだが」
「ふんふん」
「それを受け取ってやらない」
「地味ーーー!! 地味に困るーーー!!」
「魔法その4。『ねもはもないデマ』」
カードいっぱいに吹き出しが描かかれ、それにつぶされている人間の絵。
「あたしの味方は、このマンションの間借り人に雇われている女中や家政婦。奥さん方のお忍びの恋も、旦那方の借金も、あたしたちはみーんな知っている。ひとたび口を開けば、街中にひろまっちゃうのさ」
「なるほどね。門番女家政婦女中ネットワークでうわさばなしを拵えるのね」
「ねえマダム・フロリーヌ、それ、まほうなのー?」
瑞恵がマダムにあげた金平糖をぽりぽりやりながら、ニコラは素朴で正しい疑問を口にする。
「魔法だよ。何の武力も行使せず、参ったといわせるんだからねえ。……ってそれ、あたしがもらったキャンディーだろう! 子どもとはいえ人のキャンディーを奪うやつはゆるせん! ニコラ、おまえもきょうは、ブヒットを退治するまではお家に帰さないよ」
「やった! ニコラもまほうつかう!」
「制限時間は日が暮れるまで。おっと、さっそくモンスターのお帰りだよ。どうする、あんたたち?」
「もちろん、やるわ」
瑞恵は腕まくりして、ほほえんだ。
「ところで、キッチンにある刃物は出刃包丁だけかしら?」
「頼むから、その戦い方はしなさんな……」
マダム・フロリーヌが後じさりながら答えた。




