『油断しないで』15
あの、最後の言葉の意味は何だったんだろう。
部屋に戻った私はぼんやりそんな事を繰り返しながら、テレビをつけ、上着をクローゼットに戻し、冷蔵庫のミネラルウォーターをごくごく飲んだ。
考えているつもりでも、頭の中で繰り返すのは言葉だけで、全く違う考え事ばかりが冷静に浮かび上がってくる。
今年は新しいコートが欲しいなぁ。そうだ、今度朋絵と探しに行こう。
この間買ったお豆腐早く消費しなきゃ……。
あ、このCM。学校で誰かが話してた化粧水。なんかすごくいいって――。
そういうなんてことの無い考えの合間に挟まってくるのが、零さんの言った言葉だった。
恐らく、自分の中で考えるのを拒否していたんだと思う。少しづつそんなのを繰り返しつつ、彼の言葉を薄めていってた。
ベッドに寄りかかって、見るのはテレビ。
CMが数本流れた後、バラエティの番組が始まった。
最近よく見る男性芸人コンビと良く知らないアイドル風の女の子。男の人達は饒舌、女の子はニコニコ笑ってるだけ。こちら側の笑いを煽るようなカラフルなテロップに重ね、スタッフの笑い声が響いてくる。
――でも、一緒に笑う気分ではなかった。
だからチャンネルを変えて。
報道番組の落ち着いた音。それに手が止まり、リモコンを置く代わりにペットボトルを持つ。
『――のバス事故は人的原因が絡んでいるという事を受け、……交通は本日午後会見を開きました。会見の冒頭、代表取締役はじめ――……が、謝罪を――』
数か所音を聞き逃すものの、淡々としたキャスターの言葉はすんなり頭に入ってくる。
画面では、四人の偉そうな大人が深々と頭を下げ、フラッシュの嵐。何度もそういう映像が繰り返し映り、合間に事故にあったバスの映像も挟まれた。
『遺族はじめ被害者側は訴訟も――』
『……の勤務体制や営業管理に非難の声もあり、……は――』
あのひとつの事故は、あっという間に世間に波紋を広げ、連日ニュースやワイドショーを騒がしている。
そういえば、電車の中で見た週刊誌の中吊り広告にも、バス事故、遺族の悲痛な声、などの文字を見たっけ。
派手な煽り文には、私は目を逸らしていた。
見る度に、当事者だったかも……という気持ちがあらわれる。その度に胸の辺りが重くなるので、視線をずらしたのだ。
(そうなんだよね。……あの時私、偶然に……)
――偶然
急に、その文字が脳に大きく浮かぶ。
ざわざわざわ! っと背筋に微弱な電流に似た震えが走った。
咄嗟にテレビを消したのは何故か。
説明できないけど、きっと自分の心の奥は知っているんだ。だから本能が身体を動かした。
静かになった部屋にぽつんと座ったまま、私はしばらく黒い画面を見ていた。
いつもは独りを気にする事は無い癖に、今日はやけにそれを感じた。部屋広くなった? と思う程、自分の周りの空間が大きい。
以前あった、黒猫の突然の訪問を期待してみても、今日はそれも無いようだし……。
いや。無いのが普通。私はあの子と特別仲が良い訳でも、世話を焼く人間でもない。
すると、ますます痛感するのは独りという事。
気が紛れなければ、モヤッとした重苦しい感覚が胸に広がる。
「もうやだ……。なんだって言うの。偶然、偶然、そればっかり考える……!」
独り言はいつもより大きく、叫びに近かった。
振り払う様に言っていた。
考えまいと避けていたものが、じわじわと迫ってくる。こんな面倒臭い厄介事を残していった零さんを恨みたくなって、いつまた会えるか分からない彼にイライラした。
『アンタの運命の出会い、本当に偶然なのか?』
偶然といえば必然。スムーズに思考がセットされるのは、零さんに散々そういう話をされたからだ。
だからこそ、思えば思う程、
『本当に偶然なのか?』イコール、『もし必然だったら?』
私の乏しい頭の回転数では、もうそれ位しか考えられない。
となると、ますます自分の単純思考やら無駄に物事を追求したがる好奇心が絡まり邪魔をして、想像の幅は広がるどころか狭められていく。
その想像というのが、
――結城さんは、私の隣人に“なりにきた”? 知り合うために?
だとしたら何故? 何のために?
一体そんな事をして、彼にどんな得があると?
しかも相手がどうして私……。
(駄目だ。全然分からない)
延々と零さんの出した意味の解らない問題を考えさせられるよう、私は仕向けられた。
そういう事なのだろうか?
そうなら、私はまんまと彼に嵌められた事になる。
さっきからそれしか考えられないのだ。考えれば考えるほど、どんどん深みにはまっていく気がする。
零さんの言葉と結城さんの顔が交互に浮かんできて、私の頭はぐちゃぐちゃに混乱していった。
(会いたい……。会いたいよぉ)
膝を抱えて思う事。
もがけばもがくほど、手を伸ばす先には想う人の顔が。
結城さんに会いたい。少しでも早く。少しでも長い時間。
――とにかくあの人に会えば、何かが分かるかもしれない。何かが前に進むかもしれない。
そんな漠然な気持ちに背中を押されて、私は立ち上がった。
「……行こう私。今日はちゃんと会って話するんだ……!」
ひとり呟き、持つ鍵。
テーブルの上に目を向ければ、みんなに渡すはずだったお土産のパンが入った袋が、寂しそうに置かれていた……。




