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『嫌なら抵抗を』3


「お邪魔します……」


 結局、鍵を取られ手を引っ張られ、半ば強引にお砂糖ごと結城宅へ連れて来られた私。


 彼の行動は、部屋の電気を消すタイミングを逃すほどの素早さだった。


 点けっぱなしの灯りが気になる所だけど、ここまで来てしまったらもうしょうがない。結城さんが誘いに来なかったらあのまま部屋で過ごしてたんだから……、と自分を言い聞かせながら靴を脱いだ。


「……うわぁ……やっぱり角部屋って広いんだ」


 玄関の広さは大して変わらなかったけど、結城さん家は私の家と違いとても広い。


 それもそのはず、間取りが全く違っていた。私の部屋は1DKで結城さんとこは2LDK。このマンションは、単身者向けとファミリー向け二つのタイプがある。


 角部屋はファミリー向けで、結城さんが住むここがまさにそれだった。


「最後の仕上げをしてしまいますから、適当に寛いでいてくださいね」


 振り向くと、カウンターキッチンから笑う結城さんがいた。


 シャツをまくりエプロンをする姿は、まるでどこかのカフェにいるギャルソンだ。


 こんなイケメンギャルソンがいたら、そのカフェは大盛況に違いない。


 手早く作業する結城さんを横目で見ながら、私はふかふかのソファーに座った。


 ――それはそうとこの部屋。


 無駄な家具はなく、きちんと片付いたリビング。洗練された調度品や空間に上手く配置した絵。

 モデルルームみたいだ。


 完璧過ぎるがゆえに、生活感がほとんど感じられない。


 でもそれが何故か、結城さんとマッチしてる気がする……。


 やっぱり不思議な人。一体ココでどんな生活してるんだろ。


「花音さん。お待たせしました」


 居心地が良いのか悪いのかわからなくて、ずっとソファーの上で小さくなってた私。そこに、背後から急に声をかけられた。


 驚いて肩を揺らす私が面白かったのか、結城さんがクスクスと笑う。


「借りてきた猫みたいですね。可愛いな、花音さんは」


 耳元で低い声がそう囁いてきた。


「っな……!」

「あ。借りて来たんでしたね、実際」


 猫じゃない。私は猫じゃない……


 だから、


(猫を撫でるみたいに髪をいじらないでーーっ!)


 結城さんの細長い指が髪をゆっくり梳いていく。


 低い声は相変わらず色っぽく、私の耳と頬をギリギリで掠めていった。


 これは、結城さんの専売特許なんだろうか……?


 誰にでもこんな風に……?


 もしそうだとしても、毎回こんな事されたら、馬鹿な私は彼の冗談を本気に取ってしまいそう。恋愛初級者には、上級者の“普通”は危険だ!


「ゆ、結城さん……距離ちか、近いっ!」

「ああ、失礼。つい」


 結城さんは笑顔のまま体を離した。


 茹でタコ状態の私は彼にどんな風に捉えられてる……? 考えただけで恥ずかしい。「こいつ、何勘違いしてんだ?」って思われてたら、とんでもなく恥じゃない……?


 結城さんの作った食事は、鯖の味噌煮にほうれん草のお浸し、具沢山のお味噌汁……等など豪華和食のフルコースだった。


 お洒落なお皿に盛り付けられた料理は、プロのお店に出してもおかしくない位の質。


 料理は得意分野、という言葉にも納得した。


「結城さんって、料理人?」

「まさか」

「すっごい美味しいですよ! 感激ですっ」


 夕方自宅に戻った時は、こんなに美味しいご飯にありつけるとは思ってなかった。ぼんやり考えた妄想が、ちょっと変わった形で実現されるなんて!


 結城さんは執事じゃないけど……コックには近いものがあるかも、なんて。


「そんなに喜んでいただけるなんて……嬉しいです」


 力を込めて言う私に、結城さんは、はにかんだ笑顔を見せた。


 初めて見る顔――照れてる自分を見せない様に、少し俯いて……。


 なんかそれだけで、こっちはドキッとしてしまう。胸がきゅうっと詰まる感じは、恋愛のそれに似てた。


 うわ。これじゃあ余計意識しちゃうよ……。


 この部屋に来た時は緊張と戸惑いでガチガチだったのに、食事を共にして何気ない世間話をしているうちにどちらも薄れてしまい。


 挙句の果てには、相手が少しだけ見せた意外な顔にキュンとしてるとは……。なんとも単純だ、私って。


「またお誘いしても良いですか? 花音さんの喜ぶ顔、もっと見たいので……」

「え! ……あ、はい……」


 照れる結城さんにつられ、何故か自分まで一緒に照れていた。


 お見合いに挑んだ男女が時間と共に打ち解けてく……みたいな、妙に気恥ずかしい構図が頭に浮かぶ。


 はたから見れば、初々しい雰囲気……?


 ちょっとだけ相手を意識し始めて距離と気持ちを探り合う、恋愛初期段階に見られる“少し甘い空気”。


 そんな空気を感じた気がして、私の心はふわふわ危なっかしく揺れた。


 美味しい料理とこの雰囲気にすっかりのまれていたのだ。


 彼の過剰な接近具合と静かな強引さが、控えめな照れ笑いで巧みに帳消しされてる事にも気付かずに……。


 この人はどこまで完璧を貫き通すんだろう?


 頭のてっぺんから爪先まで、全く隙が無さそうで。


 ここまでパーフェクトな人間はそういない……。


 改めて感じた結城さんの印象は、お金持ちで美麗紳士で完璧人間。万人の理想を全部カタチにしたような人だった。


 まさかそんな人と、こんな普通のマンション生活で知り合う事になろうとは……世の中不思議なものだ。


 いや、不思議なのはこの結城さんだけとも言えるかな。


「わ。こんな時間。私そろそろ……」

「お送りしますよ」

「送るって……隣りですよ? 十秒もしないで着いちゃう」


 紳士的もここまでくると大袈裟だ。


 ほっといたら本当に送ってくれそうな勢いだったので、私は笑って結城さんを止めた。


「でも花音さん、今日はもうお疲れでしょう? バイトが忙しくて大変だったと、さっきも仰ってましたし」


 眉尻を下げて心配顔になる結城さんに、私は思わず吹き出してしまった。


 確かに疲れているけれど、それは目の前の家まで送ってもらう理由には全然ならない。


 車で移動しなきゃいけない距離でもあるまいし。


 結城さん、面白すぎる。これじゃ紳士的というより……過保護だわ。


「私は『疲れて歩けないー!』って駄々こねる子供じゃないんですから~。大袈裟ですよ」

「そうですか……?」

「そうですよ。じゃ、結城さん 今日はご馳走様でした!」


 席を立って挨拶。


 玄関に向かう私へ「忘れ物です」と声がかかる。結城さんからホーローのポットと家の鍵を渡され、それを両手で受け取った。


 そうだった。私、お砂糖ごとここに来たんだっけ。


 二時間ほど前を思い出せば、強引だった展開に苦笑が漏れる。


 引っ張られた腕、手際よく閉められた鍵。


 あんな有無を言わさない状態にしなくても、私は誘いに乗ったかもしれないのに。


 ……どうしても来て貰いたかったって事?


 結城さんも案外可愛らしい所があるじゃないか……と思った。


 必死になったり、照れてみたり。完璧さの影に見えるごくごく普通の顔。


 見れて良かったかも。


「あ、忘れるところでした」

「え?」

「花音さんにはお返しをしなくてはいけませんね」

「はい? お返し?」

「お砂糖と、花音さんのお時間をお借りしましたので」

「え!? いやいやいや、いいですよ、そんなお返しなんてっ」


 どうもさっきから、結城さんの発言は大袈裟だ。


 お返しって……ねぇ……。


 お砂糖は確かにここにあるけど実際は使ってない訳だし(口実には使われたが)。


 時間だって、「貸してあげた」というつもりなんか、さらさらない。


 そりゃあ確かに「時間貸して下さい」って誘われたけど……。


 でも……。


「貸したっていうより、私がお邪魔してるって感じじゃないですか? それに、美味しいご飯までご馳走になっちゃったし」


 むしろ、お返ししなくちゃいけないのは、私の方かも~。


 あははっ、と笑って言った。軽ーいノリで言った言葉。


 受け止めた結城さんも「いえいえ、そんな」って笑って、はい解決!


 ……の予定だった。


 少なくとも私の中では、そういう感じでいち早く解決してみた。


 が、予定は大いに狂う。


 私の言葉に、結城さんはクスッと笑った。確かに笑った。


 だけど、その笑みは私が想像していたような穏やかなモノじゃなく。勿論、さっき見せた照れ笑いでもない。


「花音さん」


 結城さんが長身を近付けてきたので、私は反射的に後ずさりした。


 何かが違う、


 そう咄嗟に思ったのだ。


 今、結城さんが口にした呼び声は……何だか危険な音がする……。


 そう感じた私の体は、無意識の内にゆっくりと後退を続けた。


 

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