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『嫌なら抵抗を』2


 書店でのアルバイトを終えて帰宅したのは、夕方。


 今日は長時間シフトの上、突発で一人お休みしたものだから本当きつかった……。


「あーつかれたー……」


 ベッドに寝転んで脱力。こうしてしまうと、その後動く気が無くなってしまう。


 いつもならしない行動だけど、今日は別だった。


 昨日の夜レポートを仕上げる為に深夜まで起きていたので、疲労はいつも以上。とてもキビキビ動ける状態じゃない。


 テレビをつけるのもおっくうな位で、私はしばらくベッドの上で固まっていた。


 あー。お腹空いた……


 でも作るのかぁ。めんどくさ。


 こんな時私がお嬢様だったらなー、執事に全部やらせるのに。


 と、現実的ではない夢を見る私。


 執事がご飯を作るのか? 普通はコックだろ、という事はさておき。


 想像だけではお腹は満たされない。独り暮らしで頼りになるのは自分だけなのだ。つまり、やるしかないってこと。


「なんか買い置きあったかな……」


 しぶしぶ起きてキッチンに立った。


 冷蔵庫の中身と相談すると、簡単なものならすぐ出来そうだった。


 いや、もともと凝ったものなんか作らないけど。……作れないけど。


「卵あるし、オムライスでいっか」


 メニューを決めてしまえば体もさっきよりかは動く気になる。よし、と気合を入れてから、私は部屋に戻った。まずは着替えだ。


 部屋着になって心身ともにリラックスせねば。


 疲れた体は思いのほか重い。のろのろと部屋に戻りタンスを開けた、その時だ。


 玄関チャイムの音が鳴った。


「え、誰? ……まさか」


 ……考えられる人物が一人だけいる。


 甦る、数日前の衝撃的な出来事。


 あの時もこんな感じの突然訪問だった。


「……やっぱり。結城さんじゃん」


 玄関モニターの小さな画面に映ってる人物が、思い切りカメラ目線で微笑んでいる。


 苦笑しつつドアを開けた。


「結城さん?」

「こんばんは、花音さん」

「今日は一体……?」


 長身の結城さんを見上げた所で、私は不自然さに気付く。


 今、名前言った?


 私の名前……“花音”って……。


 表札には“奥村”と名字しかない。


 女の一人暮らしではフルネームの表札は危険だ、と友人が助言してくれたからだ。


 私は結城さんに自分の下の名を教えた覚えはなかった。


 つまり、彼が私の名前を知ってるのは、とても不自然な訳で。


「結城さん……。何で私の名前……」

「これ、落ちてましたよココに」

「わぁっ!?」


 差し出されたのは私の学生証。


 い、いつの間に!?


 結城さんは自分の足元を指さした。そこにあったという事は、帰って来た時カバンから落ちたのかも。鍵が見つからなくてごそごそやってたし、私。


「花音さんは鳴桜大の学生さんなんですね」

「あ……えぇ、まあ……」

「優秀じゃないですか」


 ニッコリ微笑まれると悪い気はしない。お世辞と分かっていても、褒められるのはやっぱり嬉しいから。


 私が通う鳴桜めいおう大学は、ごくごく普通の大学だと自分では思う。


 だけど、卒業生には著名人が多くて、そう言った意味では結構有名な学校だった。


 だからという訳じゃないけど、学生証を落としたのが玄関先で良かった。外で落としてたら大変だもの。落とした学生証を悪用されたって話を聞いたことがある。


「ありがとうございました。ではこれで」

「ちょっ! ……花音さん、待って!」


 サクッとお礼を言い、ドアを閉めようとした。それを結城さんが慌てて制止する。


 何ですか、一体。私お腹空いてるので、早くご飯作りたいんですけど。


 この間の事もあるので、私は一応この人を警戒していた。ニコニコ愛想はいいけれど、あの距離はいただけない。


 自慢じゃないけど、私は男の人に免疫が無い方なのだ。


 あまり近寄られると無駄にドキドキしてペースが乱される。


 しかも、結城さんはそこらの人より造作が綺麗すぎるので余計ダメ。


「お願いがあるんです」

「お願い……?」


 私が警戒してるのを感じたのか、結城さんはちょっと困った様な顔をしながら肩を竦めた。


 しかし、やっぱり彼は抜け目ない人だ。


 さりげなく足先でドアを押さえていて、私に閉められない様にしている。


 悪徳訪問販売のセールスマンみたいじゃん!


「な、何ですか、お願いって」

「お砂糖、貸してくださいませんか? ……もし宜しかったら、なんですけど」

「は? 砂糖?」

「はい、お砂糖」


 出てきたお願いは「この商品買ってください」という高圧的なそれではなかった。むしろ、超低姿勢で控えめなお願い。


 それにしても……砂糖……ですか。


「ちょっと切らしてしまいまして」

「結城さん、お料理するんですか!?」

「勿論しますよ。料理は得意分野ですので」


 それは意外だ。


 イメージでは、高級フレンチレストランとかで優雅に食事してそうなのに。


 自炊とか、縁無さそうなのに! ……あくまで、こっちの勝手なイメージだけど。


 へぇ~、と妙に感心してしまった私は、結城さんのお願いを快諾することにした。


 快諾って言うのも大袈裟か。お砂糖ぐらいで。


 こういうマンション住まいは、下手するとご近所さんがどういう人だか知らない場合が多い。実際、私も結城さん以外の人はよく知らなくて、管理人のオジサンと挨拶を交わす程度だった。


 お砂糖の貸し借りとか、いかにもご近所付き合いっぽくていいじゃないの。人間関係が希薄になりつつある現代社会では、こういうお付き合いは貴重な繋がりだわ。


 と、どこかのテレビ番組の受け売りみたいな事を考えつつ、お砂糖の入ったホーロー製のポットをキッチンから持ってきた私。


 それを、玄関でお行儀よく待っていた結城さんに手渡した。


「はい、どうぞ」

「ありがとうございます」


 伸ばされた彼の手が、私の手に触れた。


 ……ん?


 大きな手に包まれる手。


 お砂糖は私の手から移動する事無く、自分の中に納まったまま。結城さんはお砂糖を受け取るんじゃなく、私の手をしっかりと押さえていた。


「あ、あの……結城さん? お砂糖を……借りに来たんですよね?」

「ええ。でもそれは口実でして」

「はっ!?」


 こ、こここ口実!?


 慌てて引っ込めようとした手はがっしり掴まれているので、どうにも動かせない。


 突然変な事を言いだした挙句、また妙な雰囲気を醸し出す結城さんが私に一歩近づいた。


 だからもう……何なんだこの人は!


 この間といい、今日といい、私をからかってるんだろうか?


 だとしたら、とんでもなく悪趣味だ。私が男に免疫無いのも知っていて、やってるに違いない。


 怪訝顔を向ける私に、結城さんの口元が弧を描く。


 私の反応は予想済み、でもそれは関係ないと言わんばかりに、落ち着きはらった口調で彼は言った。


「本当は、花音さんのお時間をお借りしたいと思い伺ったんですよ」


(私の時間を借りに来た?)


 結城さんの言葉に首を傾げながらも、その意味を解釈しようと試みる。


 この場合、考えられるのはこれ位しか……


「それって、私を誘いに来たって事ですか?」

「さすが花音さん。その通りです」


 結城さんの瞳が嬉しそうに細まった。


「あー……そうですか。お誘いですか、おさそいねぇ……」


 事情は理解しました。


 しましたが……。それならば何故普通に誘いに来ないのでしょうか。この砂糖のくだり必要無いのではありませんかねっ!?


 いまだ掴まれたままの手は、完全に行き場を失ってる。


 離そうとしても離して貰えないって、これはもう私の逃げ道を奪ってるとしか思えなかった。


 結城さんのこの“お誘い”は、本当に平和的なお誘いなんだろうか……。


 私、拉致されないよね!?


 穏やかに微笑みながら、とんでもない事やらかしそうな人だよ、結城さんって。


 足先でドアを止めるとか、自然な成り行きを作って手を拘束とか、結構あなどれない行動をする。


 結城さんは顔が良いだけじゃなく、頭もすごく良い人なのかもしれない……。他人を自分のペースに持ち込むのが得意そうだ。良い意味でも悪い意味でも。


「もしかして……迷惑ですか?」


 そして、それをなんとなく理解したくせに彼のペースに巻き込まれてる私は……すごく頭も要領も悪いんだ、きっと。


「いえ、別に迷惑では! ……急だったので驚いたというか、なんというか……」


顔を覗き込まれ、私はブンブン頭を振った。頬が熱を持つのを自分でも自覚する。


(だから、いちいち距離が近いんだってば!)


「ああ、良かった。では家へ。夕食ご一緒しましょう」

「へ? 家って……結城さん家?」

「はい。一人で食べる食事はどうも味気無くて。でも、花音さんが一緒なら美味しくいただけそうですね」


 靴箱の上に置いてあった私の家の鍵を手に取ると、結城さんはにこやかに笑った。

 

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