『絶望と希望を天秤にかけて』11
誰のだろう……セツナちゃんの……じゃないよね?
「目印があるなら、零さんも一緒に行けば!」
「花音ちゃんのための標だから、俺は無理。ゴール地点までの道が見えねぇもん。立つ事すら出来ないだろうね」
「でもナユタ君の時、標で作った道は零さんにも見えるって結城さんが……」
「それは結城が、分かり易い形で作りだしたからだろ。あそこに“いる”のは結城が寄越した奴じゃない。アイツの息がかかってなけりゃ、当然、完璧な状態にはならない」
「なんで……。結城さんが助けに来てくれたと思ったのに」
「誰だろうと花音ちゃんを救いに来たのは違いないだろ。ホラ行った行った」
ぐいぐい背中を押されて足がもつれそうになった。青色の炎も手招きするみたいに揺れている。
「でも――」
外に出られるのは嬉しいけれど、自分だけと言われて「やったぁ!」とはならない。だって零さんは? ここでどうなるの?
「人の心配してる場合かよ。早く行かないと、あっち《出口》の方が保たねぇぞ」
「零さん」
「せっかく恵まれた性質持ってんだから、もっと図太く賢く生きろよ。花音ちゃんに生きててもらわねぇと俺も困るんだ。まだ諦めてねぇしな」
「あ、諦めてない? “まだ”?」
「千花のアホ面と優海ちゃんの波乱万丈さが見れたんだし、同士の戦いぶり参考に自分の今後でも考えたら? 少しは分かんだろ――」
零さんはさっきよりも強く、私の肩を押した。「わっ⁉」よろけて数歩後ずさると、周りの景色が一転する。病院の中庭だけが切り離されたみたいにフッと浮かんで。私は私で、白い空間にひとり投げ出されて。
「いつまでも俺の思い出の中にいるんじゃねぇよ。邪魔だ。出ていけ」
見えないが、確かに深い溝が構築されていく。草木の緑と異空間の白に分かれる世界。葉擦れの音は、まるで「さようなら」の挨拶の様だった。
「え! ちょっと待っ⁉ 零さんっ!」
「俺は変わらないから。文句があるなら次会った時に聞くわ。それまでに貯金しとけよ」
零さんは笑う。決して作り笑顔ではない、“普通”の微笑みだったと……思う。
そういえば、彼の“普通”の笑顔を私は何度見たっけ?
意地悪な笑い方、冷えた笑い方ばかりしか思い出せないや――。
ぼんやりしている間に零さんは消えてしまい、“誰か”は無言で私が来るのを待っている。
とにかく、動かなければ何も始まらない。諦めてないと言った零さんの言葉にまた押されて、私は一歩踏み出した。
上下左右を見失いそうな白の中で、歩いている感覚はしっかりあった。足裏に伝わる硬い面。道がある――それだけで、この奇妙な世界から抜け出せるんだと期待が高まっていく。
……でも。
(最初見た時は、炎はすぐ近くに浮かんでた気がしたのに……まだ合流出来ない。もしかして移動してるとか? “あの人”がいる所に出口があるって思ってたけど、違うのかな)
確実に進んでいるはずなのに、歩いても歩いても一向に青色ヘ辿り着けなかった。炎の大きさも変わらずだ。遠近感も何もない……。
(あ、れ……?)
――気が付けばいつのまにか、私は裸足だった。着ていた服も白のキャミソールワンピース一枚。だけど寒さは感じない。むしろ、春のひだまりの中にいるみたい。
「おっと、これは」
私も零さんも、ここから出られるイコール生き延びると思い込んでいただけで……。
「もしや、出口は天国への入り口ですパターン?」
さあ、余計なものは脱ぎ捨て、白装束に着替えて――という事?
「ハァ……。それもありか……はじめは死んじゃうのかなって思ったんだし」
ここまで“お膳立て”されてしまうと、死にたくないと泣いた自分と、期待に胸が高まっていた自分が、すうっと消えていくのが分かった。
零さんと会ったのも夢だったのかも。なんて思えてくる。
(そっか……)
そうか――。
妙にスッキリとした気分になった自分が、可笑しかった。
その開き直りが良かったのだろうか。あちら側ヘ行く決心がついた時、私はやっと“誰か”と向き合えた。
「えっと……お疲れ様です。お迎えありがとうございます……?」
話が出来るとは思えない。だって相手は炎だもの。でもまぁ、こちらがアクションを起こせば、どうにかなるかもだし……。この挨拶は自分でもどうなんだと思うけど。
――青い炎は、初め見た時と印象変わらず、弱々しく揺れ、小さかった。
ポッと青から吐き出される爪くらいの大きさのオレンジ色は、すぐに爆ぜて消えていく。……打ち上がった花火が空に溶ける様に。
色違いの欠片が落ちる度に炎は震えた。震えると本体のサイズが変わる。目に見えて小さくなった。
このままでは……。
「“保たない”。消えちゃう」
出口はどこにも現れず。目の前の“誰か”は風前の灯火。自分が何をすればいいのか分からない――どうしよう。やっぱり、最後の最期まで何も出来ずに終わるの?
死ぬのを怖がったり、開き直ってみたり、私の気持ちも短時間でグラグラと揺れていた。もしかしたら、こうしている内に私もオレンジ色の欠片を吐き出して、小さくなっているのかもしれない。
「それなら、私も一緒に……」
「――――」
魂から、暖色の花の弾ける音が聞こえた気がした――。