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隣人は甘く囁く~透明な魂と祈りのうた~  作者: 奏 みくみ
『絶望と希望を天秤にかけて』
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『絶望と希望を天秤にかけて』9


 顔を上げてくれないかな……と、深く頭を下げたまま溜息を吐く相手に思った。


 しかし零さんはその姿勢を絶対に崩さず、私に淡々と話すだけだ。どんな感情も誰にも見せない、見せてやるもんかと言わんばかりに。


 花火を一人で見た彼の胸中……?


――私には分からなかった。本当に、想像すら出来なかった。


(いくら大事な人との大切な約束とはいえ、亡くなった日の夜だよ? それでも好きな相手を想いながら花火を見上げるなんて……)


 自分だったら絶対無理だ。ショックで何も考えられないと思う。夜空に咲く大輪の花は、しばらくトラウマになるかもしれない。


「『どうせ明日会うんだから別にいいか』って、深く考えなかった。仕事が終わった後に寄ろうとも思わなかった」

「……」


 後悔と苦しみ。加えて深い怒り。


 ずっと気になっていた零さんと結城さんの不仲の理由。


 もしかして私は、知らずにいた方が良かったのでは……――。


「それは……でも……」

「死に別れはそういうものだろ、とか言うつもり?」


 零さんの肩が揺れた。私も、言おうとしていた事を先読みされた驚きに思わずビクッとしてしまう。短い溜息の後、零さんはゆっくり顔を上げ、天を仰いだ。


 口元と目に薄い笑みを浮かべて。


「普通は、余程の状態じゃない限り、今日会った人間は明日も生きてると思って生活するよな。人間ってよ」


 だろ? と同意を求められる。――私は頷いた。

 

「誰も知らねぇからな……死ぬ日。俺も人間の時はそうだった。自分には無縁の話とか、勝手に思っててさ。高校のクラスメイトがあっさり逝っちまった時にやっと理解したわ」

「友達……」

「花音ちゃんはまだコッチ側じゃないし分かんねぇだろうけど。アンタ達がいう“こんな事になるならあの時に……”って後悔と、俺の後悔は全然違うよ」

「え?」


 零さんは指折り数えながら、


『知らなかったから出来なかった』

『知ってたのに出来なかった』

『知ってたから出来なかった』


 力の無い声で言葉を並べ、最後にフッと笑った。


「俺は『知ってたし、出来る事も分かってたのに、やらなかった』」

「な、何が私達と違うんですか?」

「千花の“回収”は俺の仕事だったからね。言ってる意味分かる? (アイツ)がこの世界から完全に消えるまでの時間分、俺には余裕があったって話。だから花火大会も余裕。俺はそこに甘えてたワケ。――人間には無理な、“コッチ側の者(選ばれた者)”の特権ってやつに」

「ちかさんの“本当の意味”での最後の時には必ず零さんがいる……」

「生きてた頃の経験を何一つ覚えてなかった証拠だな。結城の辻褄合わせ作業を知ってたくせに、自分の担当(周り)じゃ起きないと決めつけてた。っとに……何なんだよ俺ってカンジ」

「……」


 自嘲気味の零さんと目が合う。――すぐに逸らされてしまった……。


 これまでの、底意地が悪くて強引で、相手の弱点をえぐるのが常だった人はどこに行った……?


 しゅんとしている零さんを見つめていると複雑な気分になる。どんな憎たらしい人にだって、一つや二つ、誰にも言えない深い傷や痛みはあるのだ――。


 “死んだら終わり”の人間と違い、死んだ後もずっと後悔を引きずらなければならない選ばれた人。


(零さんだけがそうなのかな。それとも死神になる人達はみんな……)


――なんて事を考えたところで、「ん?」私は不自然な静けさに気が付いた。


「あの、零さん」


 誰も居ない。葉ずれも何も聞こえない。私と零さんだけ静止画の中に閉じ込められた様な、気持ち悪い異質な雰囲気が漂っている。


「“この場所”は零さんが?」

「俺が作ったのかって?」

「はい」

「違う。ここはセツナん中だし、俺がどうこう出来る場所じゃねーよ」

「セツナちゃんの……。えっ!?」


 零さんが指差した空を見上げたら、異質な雰囲気の一部がそこにあった。


 白い。空が真っ白だ。


 建物に囲まれ出来た四角い空は、少しの青も混じっていなくて、眩しい程に白だった。


「ナユタの中覚えてる? 真っ暗闇。セツナはその逆。ウワサには聞いてたけどさ、本当あの双子エグいわ」

「エグい……ですか」

「延々と同じ記憶見せてくるんだよ。ナユタの時は、花火大会《あの日》の夜。この中では千花に会った最後の時――」


 眼鏡を外し目を擦る零さんは「そろそろかな……また再生が始まる……」と呟いた。


 “再生”? 嫌な予感――。


 当然、それが裏切られることは無い。


「あっ……」


 微かな金木犀の香りに気付いた時は、鳥肌が立った。


 車椅子を押す看護師。楽しそうな笑顔。


「千花さん、今日は彼氏来ないんですか?」と一言一句変わらない言葉。そして、ベンチに近づいてくる二人の後方に、スーツ姿の零さん――。


 さっき見た『話』が繰り返される。二度目になると“再生”という名にふさわしく、あんなにリアルに感じた空気が途端に薄くなった。それでも、目の前で笑う人達は機械仕掛けの人形にはとても見えないし、彼女たちの存在感は周りの景色よりいきいきとしていて……。


 零さんの瞳は「もう見たくない」と暗く沈んでいた。


(確かに、これはきついかも)


 自分は仕事に戻り、ちかさんは病室へ帰っていく。互いに背を向け進んでいく様子を、彼は後悔に押し潰されそうになりながら、客観的に見続けなければならない。


 延々と。……いつまで?


「でも零さん、私はまだ二度目ですよ。一緒に食べられたのに、零さんだけ延々と繰り返し見てるって、どういうことでしょうか」

「さぁな。時空でも歪んでんじゃない?  セツナに聞きなよ」

「聞けって言われても。どうやって」

「分からん」

「ここから離れられたら……」

「…………」


――再び、静寂が訪れた。

 

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