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隣人は甘く囁く~透明な魂と祈りのうた~  作者: 奏 みくみ
『絶望と希望を天秤にかけて』
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『絶望と希望を天秤にかけて』7


 呆然としている優海さんを軽く睨んだ零さんは、その目をセツナちゃんにも向けた。


「お前らの元飼い主だって同じだろ」

「なっ……!」


 言い放たれた言葉に、ナユタ君が「違う!」と叫ぶ。


「あの子は手を尽くした。それを、」

「それを認めず、使い捨てにして殺したのは貴様ら人間だ!」


 ナユタ君の口調は再び別人格で。セツナちゃんの口調も彼女のものではなくて、ナユタ君と同じだと感じた。


――二人の中に、同一人物がいる?


 出会ったばかりの頃に「魂を分けた双子」と言っていたのを思い出した。いま怒りを露わにしている者が真の人格なのか分からない。だけど、セツナちゃんが人間を嫌う理由は、彼女の言葉に込められていると思った。


「零、それ以上は控えなさい」

「控えなきゃならないコト言ってる? 本当のコト言ってるだけじゃん。……あぁ~! もしかして人の魂取るなって方? いや、それならさ、花音ちゃんに言いなよ。俺は邪魔されてばかりで未だ叶わずだけど、花音ちゃんはやりたい放題だったんでしょ? 一体“あの器”にどれだけ入ってるんだか」

「わ、私は」


 零さんの早口は聞き取りづらい。


 でも……。


 あの器――それだけは、やけに大きくハッキリと聞こえた。


「私の元々が空っぽみたいな言い方……やめてください……」


 足首や手先に冷たい空気が巻き付いてくる。逆に、頬は一気に熱くなった。感情の昂りで、自分でも戸惑うくらい体と唇が震える。言葉がもがいている――喉の奥で。


「花音さん?」

「……。確かに私は、普通の人間と違っていて、回収する人(死神)搾取される(とられる)人からすれば忌み嫌われる存在かもしれないけど……。でも、人のものを取る前提でキャパシティが広いと言われるのは心外です!」

「は……?」

「器として生まれたんじゃない……私にだって、自分の魂と心があります! それで生きてる」


 言わなきゃ言わなきゃと、気持ちが急く。零さんの早口に負けてはいられない。勘違いされるのは嫌だ。


 零さんの驚いた顔と、結城さんの不安げな顔が自分に向けられていた。一呼吸し焦りを落ち着かせて――。


「欠けた部分を補う為に誰かを選んで取って、隙間を埋めて、と繰り返していったら、私はいつか私じゃなくなる……んじゃないでしょうか」


 自分が消え、無分別な何者かに成り果てる。その時はもう、人間ですらいられないかもしれない。


「そんなの嫌です! だったら“不必要な性質もの”を拒否出来る強さを手に入れたい。そして死ぬまで『私は私だ』って言える姿で――」


 いたいと思う。切に願う。


……ここにいる全員に堂々と宣言したかった。


 最後まで言い切れなかったのは、見栄を張り過ぎた結果だ。


「理想論しか言えねぇお嬢さんだな……。――っとによ、つまらない」


 鼻で笑われるのも仕方がない。


(仕方ないと分かっているけど、零さんの口調は、どうしてこういつも神経逆撫でしてくるんだろうな――)


「私はまだ口ばっかりかもしれない。だけど、理想や願い事があるから人は動ける……。零さん達は、叶えたいものがあったから“いま”まで来たんでしょ? 行動した結果が“この世界”にあるんでしょ?」

「……」

「私……零さんのやろうとしてる事の方が、みっともない理想論でつまらないと思いますけど。誰も幸せにならない、あなたの勝手なワガママでどれだけの人が苦しむか……。そんな事も分からないで、よく“選ばれた人間”を名乗れますよね!」

「なに……っ!」

「零さんが偉そうにしてるの、めちゃくちゃ腹立つんですよ!」


 自分の声がキンと頭に響いた。


 ヒステリックに振る舞う――胸のどこかでそれを快感に思う自分が現れ、自制と放縦に脳が揺れる。


 そのまま一言二言、零さんへ言葉をぶつけた。何を言ったか……覚えていない。数十秒間の自分はどこにいたのだろう。


「結城さんのおかげで今もここにいられるくせにっ!」

「ッ!?」

「っ!」


――興奮した自分の声で、意識が戻ってきた。

 

 そうだ、と“私”が言う。


(そうだよ。零さんがギリギリのところで落ちずにバランスを保っていられるのは……)


「結城さんがずっと零さんを――」

「やめなさい!」


 触れてはいけないところに踏み込んでしまった。


 凄まじい形相の零さんが、一歩私に近付く。


 隠しておくべき真実。耐えるべき感情。


 結城さんの制止は、私と零さんどちらに向けられたのか……。


――それは、直後に分かった。


「わっ!?」突然の風に背中を押される。よろけながら振り返ると、視界は霞に閉ざされていた。


 風は氷の粒が混じっているのでは? と思うくらい冷たく、そして、容赦なく頬を刺してくる。喉も一瞬で冷えた。


 瞬きを二度。その間に、霞は雪色の獣に変化した。鼓膜を攻撃してくる激しい咆哮と光る双眼が、“彼女”の理性がここにない事を教えてくれる。


 結城さんは、私でも零さんでもなく、セツナちゃんを制したのだ。


「セツナちゃん! 駄目!」


――そこから“終わり”までは、十秒にも満たなかったかも。体感的には“刹那”。


 だけど私は、何か不思議な力でも働かせたのか……起きた全てを見逃さなかった。


 倒れている優海さんの上に乗る黒猫のナユタ君。


 私の手首を掴んだ結城さん。


 それを振り払って地面を蹴った自分。


 目を見開き固まっている零さん。


 零さんに襲いかかるセツナちゃん。


 全部、覚えている――。


「食べちゃ……ダメッッ!!」


 いつも出遅れる間抜けな私が、驚くほど俊敏に動けたのは何故なのか。


 分からない。


 きっと誰にも分からない。


 牙を向くセツナちゃんと喰われる直前の零さんの間に割って入って、必死に伸ばした両手で零さんの胸を押した。


 そこで私の時間が、止まった――。


 

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