表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
隣人は甘く囁く~透明な魂と祈りのうた~  作者: 奏 みくみ
『絶望と希望を天秤にかけて』
138/147

『絶望と希望を天秤にかけて』4


「優海さんもお願い。セツナちゃんに声をかけてあげて」


 目を見開いた優海さんは、自分の口元を押さえ弱々しく首を振った。


「ううん、声が出なくてもいいの。優海さんの優しさがあれば大丈夫。セツナちゃんも、あなたのこと気にしてた。だから……二人通じ合えると思う」

「この子ですか?」


 ナユタ君の目に優海さんが怯えた。一言の中に彼の別人格が混ざっていると、私もすぐに感じる。結城さんみたいに一瞬で纏う空気が変わるのだ。


「一人より二人。二人より……だよ、ナユタ君。力や言葉じゃ足りない時ってあるんじゃないかな。気持ちは一番大事。それを伝える為に必要なのが信頼」

「しんらい? 道具ですか」

「うーん……道具ではない」

「はぁ」


 キョトンとするナユタ君。――そうか。この子が“信頼”を理解するには、もっと時間と人との関わりが必要なんだ。


「なんかカッコつけた言い方になっちゃったなぁ……。適当な事は言ってないと思うけど」


 言いながら優海さんに視線を送ったら、彼女は弱った顔をした。伸ばしかけた手を膝の上に戻してしまう。


「優海さん?」


 それを見ていたのだろう。零さんが「だよなぁ」と笑い始めた。


「優海チャンには無理でしょ。ムリムリ」


 パタパタと服についた砂を叩いて立ち上がっている姿。髪の乱れを指で直す。眼鏡に息を吹きかける。これは……


――結城さんにアッサリと投げ飛ばされたんだな。


 いかにも、返り討ちにあいました! な姿で言われても……。「ははは。あなたも無理だったんですね」と、胸の中に乾いた笑いしか浮かばない。


「弱い小僧だ」ナユタ君(別人格)は低く呟き、くっと笑った。


「零さん、どういう意味ですか」

「まんまだよ。手を握って話しかける? 大丈夫~戻ってきて~って? 同じ様にされていたのを突っぱねて死んだ、優海チャンが? いやぁ、冗談でしょ。片腹痛いね」

「それは……」


 最後の一言は余計でも、そんな事はないと反論出来なかった。病室で優海さんに語りかけている両親の姿を想像すれば、彼女がこの場にいる事実は、やはり肯定していいものと言えないから。


 私のお願いに、優海さんが躊躇い、止めてしまった理由はそこなのだろう。


――私と重なるセツナちゃんの手が再び反応した。同時に、優海さんは身を丸めて私達から少し離れていった。


 二人の間に見えない壁が出来る。


 私は、都合の良い夢を見過ぎた? 何をしても裏目に出る?


(誰かが悲しい思いをする結果しか呼べないなんて、思いたくないよ……)


「花音ちゃんは相変わらずマジメだよね~。ちょっと言えば、全部受け取って真剣になっちゃってさ。でもよ、どうせ考えたってイイ子な答えしか出さないんだもん、時間無駄じゃね?」

「――は?」

「その点、優海ちゃんは面白いよ。上っ面だけだって、最終的には自分で証明してくれるし」

「上っ面……」

「思いやりの塊みたいな顔して、容赦ねぇよな。死ぬ事で全員にトラウマ残そうってんだからよ。な? 優海サン?」

「…………」

「な、何言ってるんですか……優海さんがいつそんな事」

「俺もアンタも盛大に吹っ飛ばされたばっかじゃん。結局、この子ん中で一番デカいのは、他の奴らへの憎しみだろ」


 顎で優海さんを指す零さんは、妙に嬉しそうで気持ちが悪い。


「ってことで。こちらとしても罪悪感なくいける訳ですよねぇ」

「っ!」


 いける――魂を取っていく。


 私は優海さんの前に立ち彼女を隠した。させない、させるもんか。零さんにだけは渡さない。


「お前の口から罪悪感なんて言葉が出てくるとは。驚きですね」


 すると、両手を広げる私の前に結城さんがスッと立った。


 頼りがいのある背中に、安堵から溜息が出る。……実はちょっとだけ足が震えていた。ここに戻ってくる直前のパニックが頭に残っていたからだ。


 零さんと合うはずのない視線が合った時の衝撃は、思い出すと背が冷える。次に何が起きるか分からない怖さに、体が強張る。


――結城さんの長身の向こう側から、舌打ちが聞こえた。


「俺だって元は人間だし? 何もねぇテメェよりかマシだわ」

「私にだって“それなりのもの”はあると思うんですけどねぇ……。まぁいいです。――谷口優海の処分内容を決定しましたので、零は速やかに、彼女との契約を破棄する様に」

「はぁ!? 処分? 自殺者嫌いな死神様は、どうせ双子のどっちかに喰わせて終わらせるんだろ。何回も言ってるけどさぁ、余ってる優海ちゃんの寿命、ただ消すだけじゃ勿体ないじゃん。俺が貰って何が悪いワケ? 回り回って人の為になりますが?

「誰の為にもなりません」

「なるんだよ」


 零さんが苛つきを露わに声を上げた。


 夜風に乗った低い音が、私と優海さんの足元に滑り込んでくる。地獄から這い上がってきた亡霊が溶けているのではと思う程、それは、冷たくおぞましい空気だった。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ