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『罪人は誰なのか』15


「ひどい!」

「花音さん――」


 我慢出来ずに立ち上がった私を、結城さんの静かな声が止める。


――そうだよ。意味がない。この場で私が騒いでも、目の前のヘラヘラ馬鹿みたいに笑ってる男を、罵倒も殴りも出来やしない。だからって、じっと見てられる?


 見てられますか?


「これが九条零という男ですから」


 私の視線に、結城さんは肩を竦めて言った。


 ここに“飲める紅茶”があったら、彼は優雅に味わいながら「つまらない映画ですねぇ」と揶揄していたかも。


――『これが九条零』……そしてここは記憶世界。私はただ録画予約していたドラマを見てる様なもの、としか言いようがない。一方的に話は進む。


 拳を握りしめたまま座り、言いたかった文句を吐く息に変えた。ひと呼吸じゃ全然足りない。本当は大声で叫び回りたいくらい。


 イライラ最高潮の私とは逆に、優海さんは穏やかだった。怒るどころかホッとした表情で。自分から現世を離れる選択をした事を、悔やんでいないんだ――。


「え、なんで? と思ったのは、お父さんが、友成くんとおとくんと私達、全員揃って暮らしていたら……なんて妄想言ってた事。それは、私と友成くんが一番はじめにお願いした話じゃん。いまさら何言ってるんだろ……。

 友成くんが戻ってきてくれたら? お母さんめっちゃメンタル病んでるのに? そんなのまた修羅場になりそう」

「おう……修羅場か。やっば」

「――で、友達はね、留学の噂が出てから、友成くんの話は避けようみたいな雰囲気だったの。別に構わなかったのになぁ……。ま、みんなでライブとか、バイトの方が楽しかったし、明るい方が良いもんね」


 一気に話してから、優海さんは紅茶を飲み。零さんは「だよなぁ」と相槌を打った。


 こうしてると、普通にお茶しに来ている友人同士に見える。中身は悪魔と幽霊だけど。


「そうだ。忘れるところだった。あれ返さなきゃ」

「ああ、アレね」


 優海さんがワンピースのポケットからおもむろに取り出し、テーブルに置いたもの。


 零さんが嬉しそうに受け取る。


(――ん? 糸切りバサミ?)


 なんでコレ? 零さんが貸したの?


 あまりにも唐突に出てきたので、私は二度見。


 すると、結城さんの顔が一瞬で凍った。


「何故ここにこんなものが! どうして零が持っているんですか!」

「えっ!?」


 ずっと冷静だった人が、ここまで動揺するとは。どうやらこのハサミ、ただのハサミじゃないらしい――。


「結城さん? 一体何がどうなってるの?」

「……これは、私達が――」


 険しい表情の結城さん。彼が口を開いた矢先、優海さんが遮る様に入ってきた。


「花時計のとこで色々聞いて貰った後、九条さんから提案された時は驚きましたよ……。迷った瞬間もあったけど、周りをよく見てから決められたのはコレのおかげだったのかも」

「優海チャンは、俺と会った時にはもう決めてたんだと思うぞ? 過去のあれこれを俺に話してくれたのは、自分自身が納得したり整理したりする為でさ」

「そうだったのかな?」

「うんうん」

「は? そうなんですか!? えっ、何が!?」

「……花音さん、落ち着いて」


 我ながら間抜けな発言だと思うけれど。本当に何の話をしているのか、サッパリ分からないのだから……しょうがない――。


 さらに謎のハサミも、結城さんの解説を待たず、あっという間に零さんのジャケットの胸ポケットに消えていってしまった。


(あああ……おいていかれる……状況が掴めない)


「彼女は最初から零に惑わされていますね。迷っている時、弱っている時は、他の意見に流されやすい。零に巧みに誘導されているのに気が付かず、自分の思考とい交ぜにしているのです」

「そっか……だから騙されてる意識も無いし、逆に親身に話を聞いてくれるいい人と思う訳だ……」

「花音さんを見ていてハラハラするのは、彼女と似ているからですよ」

「……うぅ」


 忠告無視は数知れずの私。零さんに関わるなと散々言われてきた理由。


 優海さんの横で私は小さくなる。


 もし結城さんがいなかったとしたら、私は彼女と同じく、作りこまれた迷路の中を歩き回り、偽の出口を選んでいたかもしれない。それが正しいと信じて疑わずに――。


「体と魂がへその緒みたいなので繋がってて、簡単にハサミで切れるとか……。それ凄いなぁ」

「アンタは重症で、生死ギリギリのとこだったから細かったんだよ。こんなんじゃ、それ位のしか切れねぇ」

「ふーん……」

「やべぇ奴は大鎌ぶん回すぜ」

「それって死神!?」


(それ結城さんのこと?)


――優海さんとかぶってしまった。結城さんは「私はやばくないです」と、不満気に言う。


「そういう時は、相手が“やばい奴”なんです」


(あ。大鎌をぶん回すとこは否定しないんだ)


 いざという時は、どこからそれが出てくるんだろう。見たいような、見たくないような――。


 頭の中でアニメになった『死神結城』を妄想しかけた私は、「違う違う」と目を閉じる。そういうのは後でいいから。妄想禁止。


「小さくても持ってるって事は、九条さんも……?」


 聞く優海さんに、零さんはハハッ! と一笑した。否定も肯定もしなかった。


「確かに取り上げた。持っているはずがない……。どこかから盗んだ……?」


 思案中の結城さんは、怖い顔で物騒な事を呟く。


「ま、いいじゃん別に。それより『約束』覚えてる?」

「うん。でも……大怪我してる私で平気なの?」

「いやいや。魂そういうの関係ねぇから。大きさも重さもみんな一緒~」

「大人も、子供も……」

「赤ちゃんもね」


 魂に優劣は無い。


 零さんの言葉に、優海さんが大きく頷いた。

 

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