『罪人は誰なのか』14
過去は零さんのせいじゃないけど、今回は彼が諸悪の根源。よくそんな顔をしていられるものだ。
どんどん明かされる零さんの残忍さ。
見ているだけで何も出来ない自分が、嫌になってくる。ざらざらと胸を荒らす感情の中に、怒り以外の“黒”が混ざっているのを感じた。だけどそれは、それだけは、形にしてはいけないもので――。
「結城さん。この時どうしていなかったの? こうならない様に零さんを見張ってたんですよね? ナユタ君だって……」
「私は『結果は読めました』と言いましたよ? 想定の範囲内ならば急ぐ必要はありません」
テーブルに置いてある零さんのスマホを覗いて、結城さんは続ける。
「この日この時間の私は、事故現場で土下座謝罪を繰り返す、少々面倒臭い運転手の霊を説得中――。零と行動している谷口優海よりも、運転手回収の方が重要と判断したので。ナユタは私と現場に」
「運転手……」
「花音さんは、朋絵さんと田所君と食事会でしたね」
「えっ、これあの日の事――」
「……。私は“過程”が知りたい。――貴女もでしょう?」
ジャズピアノが流れる中、入り口の方から微かに人の声が聞こえてきた。
『マスター、いつもの』
『あ、ナポリタンも』
そう聞こえた。足音はこちらに来ず、上の階へ上っていく。
零さんと優海さんも、一瞬、来客の気配を気にした。誰も来ないのにホッとしていたのは、優海さんより零さんの方だった――。
「おとくんの分も……とか、おとくんの為にも……とか、『頑張って』『生きて』って色んな人に何度も言われてきたけど」
アルミのトルテケースを綺麗にたたみ、ご馳走様でしたと手を合わせた優海さんは、力なく笑う。
「お父さんに『お母さんの為にも死なないでくれ』とか枕元で言われた時は……困ったんだよなぁ。本当に」
「なんで?」
零さんがキョトンとした顔で小首を傾げる……。
優海さんから微笑みが消えた――。
「私……いま誰の為に生きればいいの? と改めて思って」
(誰の為――)
それはとてもシンプルな問いであり、答えは一つしか無いと思う話だった。
――自分の為に生きる。
そうじゃないの?
「『自分はずっと――の為に生きてきたのに』と、死んでから恨み言や悔恨を残す方は結構いらっしゃいますがね」
結城さんはクスリと笑い、呟いた。
「俺の為に生きてくれって思うの、普通にアリじゃね――?」
「ん。否定はしない……」
三人それぞれの言葉を聞いて、今までいかにボンヤリ……というか、あまりそういう事は考えずにきたんだな……と思った。全くなかった訳じゃない。だけど、ここまで――優海さんみたいに深く悩む時はなかった。
「そんなものでは?」結城さんからフォローされる私。
「そこらを歩いている全員が、哲学や自己啓発書を書いていたら気持ち悪いでしょう」
「て、てつがく。いや、別に気持ち悪くはないと思うんですけど……」
「花音さんも小難しい事をよく考えているじゃないですか。人それぞれでは? 私にはよく分かりませんが」
「スッキリ答えが出るものでも……ないか……」
自分の為に生きる! それが一番。それがきっと正しい。
と思っていても、「本当に? 心の底から言える?」と聞かれたら、私はその時出した自分の答えに、自信を持てるのかな……――。
「子供が命をくれたからお前は生きてるんだって言う人の為に、今度は生きるの? だからまた現実に戻れって?」
弱々しく頭を振り、優海さんは言った。「考えるの疲れちゃった」「もうどうでもいいかな、ってさ」辛そうな溜息。
「それな! だからそーいうヒトは、追い詰められて死を願っちゃうわけよ~。気の毒にねぇ」
「……あぁ」
(なんてひどい言い方――)
びしっと優海さんを指差すと、零さんは満足気にふんぞり返った。