『罪人は誰なのか』13
零さんも優音君の事を分かっているはず。その上で、何も言わずに優海さんに「最後の晩餐」「オススメだから」とケーキを食べさせているのだから、とんでもなく底意地が悪い。
「ホントに良かったの~? 最近流行りのお涙ちょうだい感動系映画みたいに、残り少ない時間を大切な人達と……とかしなくて」
「私、そういう系ほとんど見ないんですよね」
アッサリと話を切る優海さんに、零さんは「へぇ~」と苦笑いする。もっと違う反応を期待していたのかもしれない。
「はじめて会った時はメソメソ泣いてたから、優海ちゃんはそっち側だと思ってた」
「まぁ……なんなんでしょうかね。私の本性なんて、そんなモンだったって事かな」
自嘲気味に笑い、紅茶をあおる。
優海さんらしくない姿だな……とぼんやり思って。でもすぐに、『らしくない』と言えるほど自分は彼女を理解している? と考えた。――少し近付けた気はするけど、出来ているとは言えないだろう。
優海さんの気持ちを深く理解している人は、周りに一人でもいたのか――。
それだって、私にはまだ……分からない。
「自分で言うのもなんだけど、この若さで、交通事故で二度も死にかける事なんて普通は無いでしょ? さすがに二回目だと、“もともと二回は無かった”んじゃないかなって」
「運に恵まれてる人間だっただけじゃなくて?」
「だったら、まず死にかけないと思う」
ケーキを半分食べ終わったところで、零さんがコーヒーと紅茶のおかわりを頼んだ。
運んで来たのは、あの美人のお姉さんではなく、白髪混じりの髪と顎髭の男性。藤本さんと歳が近そうで、いかにもジャズと珈琲を愛していますって感じの人だった。
「どうぞごゆっくり。泣かされないように気を付けな、お嬢さん」
「えぇ……何それ。テキトー言わないでくれよ、マスター」
「どうだか」
ぶっきらぼうに呟いた男性は無表情を崩さずに去っていく。溜息の零さんに優海さんがクスクス笑った。
「とっかえひっかえ女の子連れてきてるんですね」
ん? ソレどこかで聞いた事のある台詞じゃない――?
「私みたいな幽霊女子?」
「生きてるコだって連れてくるし」
何故か胸を張る零さんの横で、結城さんは眉をひそめる。
時間が無いというのに、話がいっこうに進まない事にもイライラしているみたいだ。確かに、このまま二人の世間話を聞いて終わりでは、苦労が水の泡となる……。
――と、
「もう疲れちゃった」
店内に流れていた曲が終わり、次の曲が始まるまでの空白の時間。
優海さんは小さく頷いてから話し始めた。
「病室で色んな管くっつけられて寝てる自分を幽体離脱して見てるじゃないですか。親の、この世の終わりみたいな顔も」
「うん」
「お母さんが言うの。『優音、お母さんを助けてあげて』って。私ずっと、おとくんは私の命の代わりじゃないんだよって、言ってきたのに……」
聞いてくれないんだ、と肩を竦める。
「その内、週刊誌何冊も持ってきて……アレおじさんが渡したんだと思うんだよね……。どういうつもりか知らないけど、あのおじさん昔から無神経で嫌い――。
お母さんも見なきゃいいのに、事故のやつばっかり読んで、怒ったり泣いたりの繰り返し」
運転手を責め、バス会社に恨み言を吐く母親の姿が嫌だったと優海さんは言った。
そんな事を続けても、起きてしまった事故は無かったものに出来ない。悔やんでも悲しみは消えない。
大きな後悔と罪の意識に追い詰められた経験を持つ彼女だから、割と冷静でいられるのか……。でも、淡々としてる優海さんに、私はちょっとだけ怖さを感じた――。
前にニュースになった“献花台撤去騒動”。揉み合って、泣いて、叫んで――あの人達と優海さんの温度があまりにも違ったからだ。
「でね、結局また、おとくんにお願いするの。なんでかな……お母さんの中でおとくんは、神さま仏さまになっちゃったのかなぁ」
「アンタの母親、強烈キャラだよな」
「でも悪い人ではないよ。……親にいう言葉じゃないと思うけど」
「親って言っても、“他人”でしょ。同じ血がちょっと混じってるってだけじゃん」
「そうハッキリ言われちゃうと複雑ですね」
「ま、あくまで俺の意見ね」
結城さんは何も言わず、二人を交互に見ている。
見定めようとしてる……? 鋭い目。
(話しかけていい雰囲気じゃ……ない、よね)
「記事の内容が変わって被害者のネタ的な話が載るようになったら、もう最悪。死んじゃった女の人が“結婚間近で妊娠もしてた”っての……。妊娠・結婚の話は、お母さんの地雷だもん――」
「妊娠!? それマジで!?」
「妊娠!?」
私と零さんの声が重なった。
零さんの勢いに優海さんは目を丸くし、無言で頷く。
亡くなった女性――駅で結城さんと一緒にいた人だ。家電量販店で見た両親のインタビューでは、妊娠話は出てなかったけど……。
「結城さん! それ本当――」
「いえ。嘘です」
即答だった――。
「嘘!?」
「妊娠はしてませんでしたよ。結婚間近、妊娠はまだ――花音さんと同じですね」
「ど、どこから突っ込めばいいのか分からない……」
結城さんのキラキラした笑顔に思わず頭を抱える。
「どこもなにもないでしょう。作り話が雑誌に掲載された、この一点では」
「……そうなんですけど」
(結城さんの発言の中にも「ちょっとまて!」な作り話があるかと……)
ああ……。でも、このタイプの冗談にいちいち反応してたら、キリがない――。
「そっか……妊娠か……」
「九条さんの知ってる人?」
「うんにゃ。知らないヒトです」
「なんだ。すんごい驚くから知ってんのかと思った」
「それはまた、優海ちゃんママの地雷だよなぁーって思っただけ。んで? その話でトラウマスイッチが入っちゃった訳だ」
――上手く話を優海さんに戻したな、と感じた。
零さんにとっては、亡くなった女性が妊娠していたという情報は、あの事故が当初の予定通り成功していれば、獲れる魂がもう一つあった――悔やまれる知らせで。驚くのも当たり前。
でもそれは、優海さんに明かす必要の無い話だ。流したのも頷ける。
(にしても……皮肉だなぁ)
結城さんは嘘だと断言した。こうなると、記事から得た情報に踊らされている零さんは滑稽だ。
(あんなに私を馬鹿にしていたくせに。自分だって実は……じゃないのよ)
「……。友成くんを責めるなら私だって同じなのに。地雷なのは分かるよ……でも友成くんは事故とは無関係じゃん。あんな風に言うのは――」
「孫は死んじゃったわ、娘は二度も重症だわ、“事故”も母ちゃんからすりゃ、ヤバ過ぎなトラウマでしょ。コッチは散々なのに、憎き男はどっかでのうのうと生きてるの、一番責めやすいもんなぁ……」
「…………」
言いながら、しれっとコーヒーを飲んでいる零さん。優海さんや大勢の人が悲しそうにしていても、何とも思っていない様だった。