『罪人は誰なのか』12
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ファミレスの、ゴチャゴチャまとまりの無い音が一瞬で消えた。
周りは闇だ。いや、闇、ではなく漆黒? コレをうまく説明出来る言葉があるなら、教えて欲しい――。
地に足が付いているのか、感覚があまり無かった。ふわふわ浮いている様だけど、だからといって頼りない訳でもなく……。
(ここ、何なんだろう?)
「花音さん」
結城さんの声が隣に現れた。すると、足元に灯りがともる。ランタンの光。それは、ぽつぽつと等間隔に増えていき、一直線の道標となった。
「足元に気をつけて」
差し出された手を取る時、手を繋いで歩く気恥ずかしさを見透かされるかな……とドキドキしてしまった。
結城さんの瞳の茶色がランタンの明かりで濡れている様に見えたのも、動悸の原因。
エスコート慣れしている結城さんは、こんな些細なこと気にもしないんだろうな――。
「結城さんとランタンが無かったら、上下左右どころか、自分まで分からなくなりそう……。ちょっと怖い所ですね」
周りを見ても漆黒があるだけで、どこまで続いているのか――部屋なのか、宇宙みたいな無限の空間なのかも、判然としなかった。
音も無い。私達の靴音も響かない。
「あぁ、その感覚は正しいですね。コレこそナユタの腹の中ですから」
「そ、そうなんですか! ここが」
「なるべく通りたくはなかったのですが、花音さんの具合が悪くなるより良いです」
「それで瞬間移動だったんだ……。なんかすみません」
「いえ。ここも気持ちの良い場所ではないでしょう?」
そう笑って言い、私の頭に触れる結城さん。
頭に乗る結城さんの手の重みは、とても心地よかった。
「花音さんがこの明かりを標に進む、それは同時に、零の標にもなるという事です。彼ならすぐにこの灯を見付けるでしょうね。もう気付いているかもしれません」
「はい……」
「零にとっては恐らく、覗かれたくない記憶に繋がる道でもあるでしょうし、となれば何を仕掛けてくるか分からない……。そうなる前に脱出しますからね」
「二人の話を全部聞けないかもって事ですか?」
ペースを上げて歩く結城さんに引っ張られ進む。ついていくので精一杯で、振り向く余裕すら無かった。
「知れても、死んだら意味無いでしょう」
振り向き私を見る結城さんは顔を歪めた。――うん……。その通りなんですが……。
やがて、ランタンの明かりが途切れ、目の前に重そうなドアが現れた。
(このドア、どこかで見た気がする?)
――疑問はすぐに解消された。
ドアを開ければ、現実そっくりの記憶世界へ。
低い天井、暗い室内、ただよう珈琲のいい香り。そしてジャズ。――零さんお気に入りの喫茶店だった。
彼が交渉時によく使う場所。ということは……今ここに、零さんと優海さんがいると考えていいと思う。
結城さんを見上げると、彼は黙って頷いた。階段を降り店の奥へ進む。
案の定、二人は社長室にある応接セットの様な“例の席”に座っていた。優海さんは私が座った時と同じ位置で、ケーキと紅茶のおすすめセットを前に困惑した表情をしていた。
「ねぇ……私、幽霊なのになんで普通にいられるの? お店の人も何も言わないし、」
優海さんは紅茶を指差す。
「触れるんだけど。ちゃんと熱さも分かるし……こっちも……」
ミルフィーユを指でつついて眉を顰めた。指先にくっついたクリームを、泥を見るような目で見る。
「俺が魔法使ってるから平気なの〜。せっかくなんだから食べなよ。言うなればコレ、最後の晩餐じゃん?」
「魔法? 胡散臭いですね……」
呟きつつも指を舐めた優海さんは、味覚があるのを確認してホッとしたのか、ちょっとだけ口元を緩めた。
そんな彼女を見つめ微笑む零さんの横に、結城さんはどっかりと腰を降ろした。
「!」
(ひえっ……そこ? 大胆にも真横に座るかっ!)
「なにを偉そうに『魔法使ってるから』ですか……」
結城さんの機嫌が一気に悪くなったのが、口調と表情から分かる。
「でも、幽霊を生きてる人みたいに出来るなんて、魔法っぽいっちゃあ、魔法っぽいですね。すごいなぁ」
「……」
「あ! お、怒らないでください……! 零さんを褒めてるんじゃなくて、単純に、人間には出来ない事だから驚いたってだけで……。他意はないです!」
笑って誤魔化しながら、私は優海さんの隣に座った。「別に怒ってないです」と結城さんはニッコリと微笑んだけれど、目が半分笑ってない。――冷や汗。
「まさか死んだ後に、こんな美味しいケーキ食べれるとか思ってなかった」
「ん。それ、ここのオススメ。美味いだろ」
ケーキの美味しさに感動している優海さんを、私と結城さんは複雑に見つめた。
(優音君も、あなたと同じ様に嬉しそうにパンケーキを食べていたんだよ……)
それを知ったら、彼女はどんな思いになるのだろう――。