『罪人は誰なのか』11
ではまた移動しましょう、と結城さんが指を鳴らそうとした。
その時だった。
「そうだ! 俺この間、田所先輩のハナシ聞いたんだ……噂話だけど」
盛り上がる会話の中で、ドラムをやると話していた男の子が唐突に言った。
「えっ!?」
「な、なんでそれ最初に言わねーんだよ」
「ごめん、スタジオの話で飛んでた」
「……それで? 田所君は……?」
全員が緊張に固まる。私も固まった。
「アメリカに留学したって。噂だよ? なんか医者になる為とか」
「やっぱり先輩、お医者さん目指すのか……」
「留学なんて凄いわね。専門的に学びたい事があるんだろうなぁ、立派!」
「いや武田さん? 噂ですけどね?」
矢継ぎ早に会話が進む間、優海さんは驚いた表情のままだった。全員が、優海さんが置きざりになっているのにハッとすると、彼女は困った様に笑う。
「友成くんは自分の道を“自分で選んで”進んでる。私も頑張らなきゃ! だね」
みんなの表情が安堵で緩んだ――。
「そういえば、花音さんの先輩の姓も、田所……でしたっけ?」
「はい。最初ビックリしましたよ。でも名前違うし、顔も違うし。歳も……ん?」
(田所さんって何歳なんだ? 聞いた事ないな……。確か三? 四年だった……っけ? あれ?)
――気にした事も無かった。考えてみたら、年上だって位しか知らない。いくつもバイトを掛け持ちしてるとか、そんな程度だ。
「花音さん?」
「あっ、いえ……友成君と歳が近そうだから、もしかして同級生だったり……なんて思ったんですけど、そもそも田所さんの歳を知らない事に気付いて。仲良くしてる割に相手を知らないなぁ~と」
「おや、それはそれは。――明かしてみたら案外近い関係かもしれませんね。あぁ……でも、田所姓は珍しくないか」
「はい。偶然だと思います。でも今度会った時に歳くらいは聞いてみようかな」
結城さんは微苦笑を浮かべてから、優海さん達に目をやった。
「友人で付き合いも長いのに、相手の事をほとんど知らない……それでも関係が成り立つのですね」
「一言で友人といっても色々ありますから」
「花音さんと先輩の仲は置いておくとして、彼らは互いの、谷口優海の事情をよく知っている様に見えますが」
「そりゃあやっぱり……皆そばにいたし」
「“田所友成”が戻らない――彼女を見捨てた可能性を口にする者はいないのですね」
「!」
「全員考えた様でしたが? 花音さんも思いましたよね? もちろん谷口優海本人も」
「……」
――図星だった。
友成君を信じている、彼は約束を守り戻ってくる。みんな友成君がどういう人か知っているから。
だけど……。彼が居なくなってからもう数年が経っていた。連絡も無い。そこに留学の噂だ。
――見捨てたなんて軽々しく言いたくはない。
しかし悲しいかな、似たパターンは世に溢れるほどあり、しかもそちらの方がよく聞く話となると、頭を過ぎるのは……。
「そんな事、思っても本人に言える訳ないじゃないですか」
「戻らない相手との過去をいつまでも悔やむより、先に進むべき……と、谷口優海の母親は言っていましたけど……。また違うのですか? こういう話になると」
不思議そうに結城さんは言った。
「言うのが優しさか、それとも逆か――。当事者にだって難しい話ですよ、これ。だからこそ、切り取った場面しか見てない私達が『是か非か』なんて言えないんじゃないかな……」
「ほう」
琥珀色の瞳が細くなる。「面白いですね」と返ってきた言葉は、もう結城さんの口癖みたいなものだ――。
「ヒトは矛盾だらけです。それ故に様々な感情がうまれるのでしょうが……」
「え……?」
「気付かぬ内に自分に返ってくる言葉も多くある」
含み笑いで私を見た結城さんは、今度こそパチンと指を鳴らした――。