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『罪人は誰なのか』10


「谷口優海の問題は、透明者ではないのに魂を隠し持っていた点も含みます。これは私達《死神》にとって由々しき事態です。何故かは花音さんならお分かりでしょう?」

「ああ……まぁ? はい」


 仕事上やら立場上、マズイ事になる話なのかな。


 うーん。正直に言うと、危機感とかそういうのはあまり……。私、死神側じゃないし。むしろ厄介者組らしいし?


「そこがマフィアだと知らずにファミリーの一員になって、いつの間にか麻薬取引に加担している様なものです」

「そ、そんなに?」

「……正しい例えかはよく分からないですが」

「はぁ」


 そもそもなんでイタリアンな例えなんだろう……マフィア、ファミリーって。でも犯罪は駄目だよね。それはすごく良くない、マズイ事だ。


――あれ? そうしたら厄介者の私は何なの? マフィアのボス的なやつなの?


「そこらをウロウロしている奴等によく見つからなかったものです。ま、それは花音さんも同じでしたが……貴女には私の香りをつけておきましたからね――容易く手を出せない様に」

「か、かお……香り!?」

「はい。はじめて会った時に」


 結城さんはニッコリと微笑んだ。


 初めて会った――“あの事故”の時か……? ぐるっと記憶を探ると思い当たる事が一つあって。


「もしかして」


 無意識におでこに手をやってしまう。


――結城さんは、私の考えを笑みで肯定した。


「ともあれですね。今回は一番最悪のタイミングで、様々な必然と偶然が重なっています」

「うん……」

「好事が悪縁を呼ぶのはそんなに珍しい事ではないですし、《災い転じて福をなす》とも言う。危険因子を同時に潰せる――腕がなりますね」

「私……零さんだけが悪いと思うんですけど。そもそもあの人がおかしな事を考えなきゃ、何も起こらなかった訳だし……」

「優しい貴女から見ればそれで済むのでしょうね。しかし、私は違います。たられば話はどうでもいい」


 テーブルの上で指を組む結城さんの瞳が一瞬で冷たくなる。――ふっと鼻で笑われた。


「谷口優海は秩序を乱していた、さらには死神が来るのを待たなかった。私からすればこちらの方が罪深い。これは、零の件とまた別次元の話なのですよ」


 恐ろしく低い声に鳥肌が立つ。


 店に響くインターホンの音はとても遠く、優海さん達の声はくぐもって聞こえた。


「……つみ」


 結城さんの言葉から、ふと嫌な想像が浮かんだ。


 罪深い――死神が来るのを待たなかったって、それは……。


「優海さん、まさか――」

「えぇ」


 結城さんは憮然とした様子で言った。


「彼女は自ら死を選んだ。可能性を捨て自殺したのです」


(――嘘だ。そんな事出来ない。だって彼女は事故で亡くなったんでしょ?)


 打ち消そうとしても、目の前で死神が「自殺した」と言っている。失望を色濃く醸し出して。


 どういうことなの――?


「私は死人の魂を回収するだけではありません。死期でもないのに肉体から抜けて歩き回っている方に、身体に戻れる事を教えて差し上げる時もあります。あくまでケースバイケースですが……」


「彼女は、」結城さんは掌で優海さんを指した。


「制限付きにはなりますが戻れる人間だった。――えぇ、私は……戻すつもりでいましたよ」

「せ、制限付きって何ですか?」

「それは秘密です」


 人差し指を口の前に立てて微笑む結城さんの仕草にドキッとしてしまう。駄目だ。ときめいてる場合じゃない。


「重症の身体から幽体離脱しているだけと本人も分かっていたはず。大抵の人間は困惑して動けないというのに、躊躇わず現世を離れるとは……。これだから自殺者は嫌なんですよ。こちらの苦労も知らず勝手で」

「優海さん……歌いたいんじゃなかったの……?」


――聞こえないと分かっていても、優海さんに問わずにはいられなかった。


 バンドの今後を話す彼女の表情は明るく、仲間達と楽しそうに過ごしている。


 優海さんの過去を知ったからこそ、疑問が強かった。「生きてまた歌う」願わなかった? 夢に手が届いたのに?


「………。やはり、零と契約した際の情報は欲しいですね」

「そういえば……零さん、優海さんの話を親身になって聞いてたな……」


(あの後に契約の話を持ちかけたのかな?)


「心安く話しかけ短時間で相手を掌握してから、本題に誘い込む。あの男の手口ですよ。ターゲットはいつも女性。まるで結婚詐欺師です」

「結婚詐欺師……」


『実は俺、いま仕事で金銭たましいトラブルに巻き込まれてて……。キミと一日でも早く一緒になりたいと思っているけど、迷惑は絶対にかけたくないんだ』


 しおらしい顔をして本当に言ってそうだから怖い――。


 改めて優海さんの顔を見ると複雑な心境になった。多分彼女の事だから、心の中に大きな悲しみを抱えていても、友人達の前では見せない様にしているのだろう。


 けれど、支えてくれるものはちゃんとあるんだ。一緒に夢を追いかけてくれる友人達、真っ暗な箱庭から出られる、音楽という明るい一本の道。


 強過ぎる執着と結城さんは言うけど、それだって子供への愛情が沢山あるから。青いお守り袋もぬいぐるみのクマも、彼女が崩れ落ちない為の支えだったはずだ。


 生きたい――そう思える要素はいくらだってあっただろうに。


「花音さんはどう思いますか?」

「どうって……死を選んだ理由ですか?」


 首を振るしかない。結城さんは苦笑した。

 

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