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『罪人は誰なのか』5


 それからしばらくして、夕日も沈み外がすっかり暗くなった頃。「じゃあそろそろ……」と皆が帰り支度を始めた。


 その中で一人――優海さんを気にしていた女性が、隣の部屋にスッと入って行く。他の人は気付いていない様子。


 私と結城さんは顔を見合わせてから、続いて部屋に入った。


「優海ちゃん、そろそろ帰るね。その前にもう一度お線香あげてもいい?」


 襖で仕切っていた二間続きの和室。こちらには仏壇が置いてあった。クーラーもつけず締め切っている部屋は少し蒸して暑い。


 優海さんは仏壇の前で膝を抱えうずくまっていた。女性の声に無言で頷く。


 暗い部屋、仏壇、うずくまる少女。


 優海さんだと分かっていても、ホラー映画にありそうな雰囲気にドキッとする。


 蒸し暑いのに足元だけひんやりしたものを感じるとか。私、怖がり過ぎじゃない?


 りんの音が二回響く。お線香の香りはラベンダー。ひぐらしの鳴き声がさっきよりも減り――。


 優海さんは、丸めていた体をさらに縮ませる。襖の隙間から入ってくる光が作る優海さんの影が、彼女に寄り添う誰かに見えて、またドキッとした。


「優海ちゃん」

「……」

「あのね、これ……」


 女性はハンドバッグから小さな箱を取り出すと優海さんの前に置いた。


 掌サイズの黄色い箱だ。スーパーのお菓子売り場に行けばある、ずっと変わらないパッケージのキャラメル。


「昼間、お義姉さんの前で出して良いのか迷っちゃって……。一歳の子にキャラメルはまだ早いかな? ごめんね、うち子供いないから分からなくて」

「キャラメル……」


 ようやく顔を上げ反応した優海さんに、女性は泣きそうな表情を見せる。


 隣の部屋から“風船頭オジサン”の笑い声が聞こえてきた。結城さんが「つくづく下品な男ですね」と低く呟く。


「ごめんなさいね、本当あの人は……」


 ――謝らなきゃいけないのはこの人ではなく、あっちのオジサンなのに。


 気まずそうな二人を見て想像した。


 谷口家の人達は、冠婚葬祭ぐらいでしか顔を合わせない気薄な親戚関係なのかも……。


「お母さんが悲しそうにしてると優音君も心配しちゃうと思うよ? ちょっとずつでいいから、前に……ね?」

「――はい」

「じゃあ、また」


 襖が閉まる。大勢の気配が玄関に移っていく。


 優海さんはキャラメルの箱を握りしめ、肩を震わせていた。


「……うるさい。うるさい、うるさい、うるさい! 分かってるよ……でも……」


 涙声で彼女は繰り返した。


「おとくん……おとくん……友成くんごめんなさい……」


 まだ一年と捉えるか、もう一年と捉えるか。


 それで今日一日の意味って随分変わる気がする。


 お母さんや周りの人達は後者だった。スッキリした表情が何より物語っていた。


 気持ちの整理がついて悲しい出来事は過去の経験へ。


 優音君の話はただ辛いものではなく、幸せな思い出話にシフトチェンジしていくのかもしれない。


 “あの時こんな事があって”


 『可愛かったね』『楽しかったね』


 ――そんな風に。


 だけど優海さんは……――。


「花音さん。思うに、」

「?」

「部屋の模様替えは好みが変わったから……ではない、かもしれないですよ」

「えっ」

「見てください、この仏壇。普通でしょう」

「はぁ……」


 普通じゃない仏壇なんてあるのか?


 結城さんは、ぽかんとした私の顔を見て首を傾げる。そして、何故通じない? といった表情を。


「さきほどの女性は『子供がいないから分からなくて』と言いながらもキャラメルを出してきた。谷口優音に供える為にですよね? 今日は彼の法要ですし」


 仏壇の前には、籠盛りと淡いカラーの花のアレンジメントが二つ並んでいた。


 ――うん。別に普通だと思うけど……?


「その割にこれ、まるで年寄りを供養しているみたいな地味さですねぇ」


 キャラメルと仏壇を交互に見る結城さん。それでやっと気付く。


「あっ……そうか! 子供向けのお菓子とかおもちゃが無いんだ……優海さんが用意しない訳ないのに」

「先程の女性は谷口優海よりその母親の反応を気にしてましたよね。何故でしょう? もしかしたら仏壇や部屋が簡素なのは、彼女の意思ではなく母親の意向なのでは?」

「お母さんが!?」


 確かに、みんなの前で熱弁ふるっていたお母さんは「過去は過去。これからは未来を大事に!」て感じだったけれど……。


「極端だし意味が分かりませんっ!」

「いえ……私に言われましても……。貴女の方が母娘の気持ちが分かるのでは? 谷口優海から見た母親も――」


 その時、前触れなくスッと襖が開いた。


 突然目の前に優海さんのお母さんが現れたものだから、ウオッと変な声が出てしまった。結城さんに飛びついて逃げる。


 ――必要は無い。でもやっぱり焦るものは焦るのだ。


「優海。みんな帰ったよ? 一度も挨拶しないで失礼じゃない。みんな忙しい中来てくれたのに」

「……お寺で挨拶したじゃん」

「そういう問題じゃないでしょ。……あれ? それどうしたの?」

「可奈子おばさんがくれた。おとくんに」

「あら、お花だけでいいよって言ったんだけどな……。じゃあ、お仏壇にお供えして後で優海が食べてあげなね。ずっとあげておくものじゃないから」


 優海さんが黙って頷く。


 お母さんは短い溜息を吐いた。


 

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