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『罪人は誰なのか』4


(本物の幽霊も最初は戸惑ったりするのかな? 死んだ事に気付いてない人とかは混乱しそうだよね)


 ――堂々とあの場に入っていくのは勇気がいる。


 何でもそうだけど、はじめの一歩はいつも怖い……。


「谷口優音の一周忌法要ですか。花音さん、記憶世界では飲食出来ませんからね? お寿司のつまみ食いは諦めてください。お酒なんてもってのほかです」

「なんで食べようとしてる私が前提なんですか」

「いえ……まさに食い入るように見てたから、そうなのかと」

「お寿司を見てたんじゃないです。そのオジサン達っ」


 出前寿司の他に天ぷらやお酒などが並ぶテーブルを、喪服を着た中高年の男女が囲んでいる。


 チャコールグレーのスリーピーススーツの結城さんは、遅れて来た親戚(独身・年齢不詳)みたいにそこに馴染んでいた。


「この下品そうな男を……?」

「いやいやいや」


 酔っぱらって顔を真っ赤にしているオジサンを見下ろし眉を顰める結城さんに、私は首を振る。


 “達”って言ったでしょう、達って。なんでピンポイントで寿司かオジサンなんだ。


「お寿司も含めて“その他大勢”です。風景ですからね!? 全・体・図!」


 力説したらコソコソしていたのを忘れた。


 ちりん、と風鈴の音。


 女性が私を、私の後ろで鳴る風鈴を、見て――。


(目が……合った)


 それは絶対にあり得ない事。


 彼女は私の声じゃなく風鈴に反応した。視線の延長線上にたまたま私がいただけなんだけど。


(びっくりしたぁ……)


「花音さん」

「はい、うん、分かってますよ」


 結城さんの物言いたげな微笑に引きつった笑いで返した。肝を冷やしちょっと背中に汗かいてるの、バレてる。


「お義姉さん、優海ちゃん……大丈夫だったの? その……ほら、優音君そばにいなくて」


 私と目が合った(合ってない)女性が、優海さんのお母さんに歯切れ悪く言った。


「もう一周忌よ。谷口のお墓があるのにいつまでも家に置いておくのもね。区切りをつけて進まないと。優音もゆっくり眠れないわ」

「それはそうだけど……」

「あっちで親父とおふくろが面倒見てくれるだろ。ひ孫だぞ? そりゃあ喜んでるに違いないさ。なぁ? 兄さん」

「――あぁ」

「でも……」


 戸惑っているのは一人だけで、他の人は「今は辛いけどね」「優海ちゃんはしっかりしてるから」とのんびりムードだった。


 法要も無事終わり肩の荷が降りたという顔の両親と、酔っぱらってヘラヘラ笑っているオジサン達。汗で化粧が落ちた事を気にしてるどっかのオバサン。


(なんか、すごくイライラする。どうして誰も優海さんがいない事に触れないの?)


 話の感じから、優音くんは今日お墓に入ったのだろう。


 納骨は四十九日にするところが多いけれど、近年は墓事情や家族の意向などの理由で必ずしもその日に合わせる事はないらしい。


「ずっとそばに置いておく人もいますよ。専用の骨壷やアクセサリー……手元供養も色々ですね」


 結城さんが教えてくれた。


 ここまでくると親戚じゃなくて葬儀屋っぽい……。


「優海ちゃんは若いんだから。これからよねぇ」

「そうそう。頑張りゃ良い事あるって」

「通信で勉強しながら、バイトなりパートなりで社会に出るのが大事だと思うのよ。優海はまずそこから」


 優海さんのお母さんの言葉に、みんなが頷いていた。お母さんは続ける。


「ずっと引きこもっていてもね。何も始まらないでしょう? 精神的にも良くないわよ。最近は一緒にいる方も参りそうになる位で」


(お母さんって、皆こんな感じなのかな?)


 優海さんになっている時には気付かなかったけれど、こうして離れてみると印象が変わる。


 正直、苦手な部類の人だ。口調のせい? 怒られてる気分になる……。


「母親は心配が尽きないわよねぇ」

「優海だって立派な母親なのよ? しっかりしてもらいたいけど……まだ駄目なのかしら……」

「結婚してまた子供に恵まれたら、変わるだろ」


(また、って……サラッと言うなよオッサン)


 そういう問題じゃないと思うんだけど。


「この方達は、谷口優海を心配しているのですか?」

「うーん……」


 結城さんの純粋な疑問に思わず唸ってしまった。


「……仕方も言い方も人それぞれですから」


 と、言うしかない――。


「優海ちゃんが一日も早く元気になるのが一番だよね」

「そうそう。畑がしっかりしてりゃ、苗はいくらだって育つんだしよ」

「…………」


(はっ!?)


 畑!? 


 枝豆をバカみたいに食べてるオジサンの話に、場が一瞬固まった。今のは明らかに不適切発言だ。皆そう思ったはず。


 なのに、全員が彼の言葉を流し、再び「優海ちゃんが……」と話はじめた。この人は酔ってるからしょうがない――とでもいうのだろうか……。


「女性に対してなんて無礼な事を……。この風船頭、割ってしまいましょうか」

「え」

「嗚呼……現実なら簡単なんですけどねぇ。此処ではどうにも」


 非常に残念です、と溜息を吐く結城さんの目は、病院で悪魔を見つけた時と同様、視線だけで対象を吹っ飛ばしそうだった。


 そうか、出来ないのか――私もつい溜息が出てしまう。


(信じられない。どういう神経してるんだろう)


 優海さんがここに居なくて良かったと、心から思った。


 

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