『罪人は誰なのか』2
(他人を思いやる、相手を尊重するということが、優海さんの中で歪んだ形で定着しちゃったんだ)
「結城さん、お願い」
「……ぅ、っぐ」
指を組んで祈るポーズで見上げると、結城さんは変なうめき声を上げながら目を逸した。
「ちょ……花音さん、それやめてくださ……」
「結城さんは優海さんの魂を回収出来ればそれで良いんでしょ? 零さんのやろうとしてる事を阻止したいんですよね。もし二人が契約した時の記憶が見れたら」
ハッとする結城さん。
「零の弱みをついて脅迫……契約を破棄させればいいと」
「脅迫って……そこまでは言ってない……。まぁいっか……優海さんを解放出来るなら」
彼女の魂が零さんに利用される事は避けられる。あとは、何とかして互いに迷っている親子を再会へと導けば――。
「しかしですね……」
結城さんの呟きと、揺れる薔薇。
さわさわ、さわさわ、さわさわさ……
――そして、ピタリと風が止まった。
「時間は限られていますし……。ナユタに飲まれたら最後、花音さんは『那由多の刻』の中で、甚振られながら何度も体を引き千切られる世界に閉じ込められる。
ナユタの遊具になるのです。存在が粉となり消えるまで」
「え……ナユタ君ってそんなヤバい子なんですか」
「双子には“断罪すべきものを消除する”役目があります。言ったでしょう、あれは仮の姿だと。子供の姿でも中身は化物。やる事は無慈悲で残酷。私よりずっとね」
「……」
口元に手をあて、結城さんは怖い顔で考えている。背後でまた薔薇たちが小さく揺れ始めた。
『あの双子は地獄で産まれたらしいわよ。だからあんなに恐ろしいのよ――』
囁き声が聞こえた気がして、私はバッと振り返る。
――白薔薇しかなかった。誰もいない……。
「長くは居られません。零が術に気付く可能性もある……そうなると面倒です」
「はい」
「花音さんの精神的負担も心配です。私としてはそれが一番の憂慮すべき点――。いいですか? 同化は禁止です。私と行動する様に」
禁止と言われても、どう同化したのか分からないから頷くしかないんだけど。
とりあえず、真剣な顔で返しておこう。
「はい!」
「花音さん」
自分ではなかなか良い顔だと思ったのに、結城さんは眉を下げ溜息を吐いた。
――前科がある分あまり信用されて無いっぽい……。
「本当に、今回だけは頼みますよ? 半分命懸けなんですからね?」
庭の奥にあるガラスのドアの前で、結城さんは私にその言葉を三回も繰り返した。
さすがに、半分命懸けと何回も言われれば、こっちだって少し怖い。
「でも、結城さんは“私を失う様な事態には絶対にさせない”んでしょう?」
「……」
薄茶色の瞳がわずかに丸く大きくなる。
「――えぇ。そうですね」
そして妖艶な微笑み。
ならば安心。私も笑った。
『大丈夫かしら』
『扉を開けば多面鏡』
『知らない自分と知ってる自分がいるのよ』
「え?」
クスクスと笑い声が聞こえる。
振り向いても誰もいない。
様々な色、多種類の薔薇が揺れているだけだった――。