『どうして』18
医者家系の彼が学校に通わなくなった理由は謎。成績優秀、いじめを受けた事もない……。みんなが聞いても友成は話さなかった。困った様に微笑むだけ。
そもそも全員が全員“ワケアリ”で集まっているのだ。追求がいかに下世話かみんな分かっている。だから「よし。勉強教えてくれ! 先輩!」で終了。以降誰も触れなくなった。
ただ一度、優海と友成が結ばれた日、彼は「守るものが欲しいんだ」と呟いた事がある。理由はきっとそれだと思う。
――あの家にいると、いつか自分が消えてしまう気がする。
――あれをやれ、これはこうしろ、親に言われるがまま。なんだか操り人形みたいだ。それは僕が“何も持っていない”からだと思う。譲れないものが一つでもあれば、僕はオモチャと違うんだってあの人達に言えるのに。
僕は……自分を誇れる自分になりたい……。
優海の胸に、ずしりと響く言葉だった。
諦めた結果ここにいる自分と違い、友成は諦めていない、諦めたくないからこそ、ここにいる。
守るものが欲しい。
優海も願った。友成の様に強くなりたい。
二人で体温を確かめ合いながら過ごした一晩はもう二度と戻らないけれど、想いはずっと消えずに残る――。
一度で叶った奇跡。子供。それが優海の、そして友成が、人生をかけ“守るもの”だったのかもしれない。
だが、優海と友成の両親は違うと言った。
他にもっと大事なものがある。そう子供達を諭した。
二人は若過ぎたのだ。親の立場からすれば止めるのは当然。もちろん優海と友成も反発しながらそれなりに理解はしていた……つもりだ。けれども。
当時を思い出すと今でも体が強張る。怒りに燃える全員の目。怒号と涙。
「産みたい」「駄目だ」と揉めに揉めて、親対子の対立は最終的には両家の親の対立へと変わった。
――あの場で完全に間違っていた人間はいたのか。
恐らく、それに答えられる者はいない。
優海を罵った友成の母。友成を責めた優海の父。淡々と常識を語るだけの父親に殴りかかった友成。泣く事しかできなかった優海と母。
過ちを犯したのは誰?
――神様、教えてください……。
優海の出産は認められた。が、今後友成とは一切関わるなと言われ、念書まで書かされた。
小学校で反省文しか書いた事がない優海。友成の母親に言われるがままに文字を連ねる。
『私、谷口優海は、今後一切、田所友成と関わりを持たないことを誓います』
心がまたひとつ……死んでいくのが分かった。
『僕は諦めない。必ず優海達を守れる人間になって戻るから』
『絶対だよ』
『うん、絶対』
友成とは、それきりだ――。
優海の母は「恋愛小説じゃあるまいし」と眉を顰めた。
友成はとても誠実な人なんだ、と言えば言う程、母の機嫌は悪くなる。
子供同士の恋愛がいつまで続くやら……と嫌味も言われた。内心(大人に何が分かる)とイライラしたのは事実。
でも、言い返しても何もひっくり返らない。信じる気の無い人に理解を求めても無駄だ。
(お母さんには分かってもらいたかったんだけどな……)
ファミレス校のみんなは友成を信じている。彼は絶対に戻る! と。今はそれだけで十分だと思おう。――応援してくれる仲間が優海を前向きにさせた。
つわりも落ち着かない不安定な頃、谷口家は隣の市へ引っ越した。まだローンが残っている新築マンションを売却して、築二十年以上の一戸建てへ。母は「あなたを守るため」と言った。
本当は……誰のためなのか――。
初めての妊娠出産に加え、知らない土地への移住。不安と恐怖しかないと思っていたけれど、全くの杞憂に終わった。
近所、病院、役所、どこにいる人も温かく優海を受け入れてくれて。
仲間もしょっちゅう家に遊びに来た。
大きくなっていくお腹を撫でて、優海は赤ちゃんに「大丈夫だよ」と教える。
「みんな、あなたに会えるのを楽しみにしてるんだ。怖いことを言う人はどこにもいないよ」
トンとお腹を蹴ってくる力が、日に日に強くなっていった。