『どうして』17
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女の子特有の、「○○ちゃんがあなたの事○○だって言ってたよ。酷くない?」の完璧な公式が優海は苦手だった。
この公式を使うなら面と向かって悪口を言う方が、数百倍マシだと思った。
こんなチクる様な悪口って何なんだろう。
言ってる子が悪いのは当然だけど、自分にコソコソ伝えてくる子って?
私は言って(悪く)ないよ。ほら、聞いちゃったら嫌な感じじゃん? だから報告しとくね――そうとでも言いたいのだろうか?
間接的な悪口は目の前の子が便乗して言ってるみたいで、気持ちが悪い。
一体どっちの悪口を言いたいのかが見えないのもゾッとした。
「私には……そういう報告いらないよ。知らなきゃ終わる話だもん。それに、言いたい事があるなら本人同士でやりあうのが一番だと思うな……」
(だって、第三者が間に入って何になる?)
ずっと黙っていた優海だったが、とうとう我慢出来なくなり声に出した。
上から目線で言った覚えも無ければ、正義の旗を振りかざした訳でも無い。
――だがその一言で。
優海の席(居場所)は消えてしまった。
もうどこにもなかった。
正論が正論として受け入れられない時は、ままある。
けれど、それを知るのはもっと後の事。当時中学生の優海には分からなかった。
「谷口さん。一応、みんなに謝った方がいいんじゃないかな」
担任に言われ優海の頭は混乱した。
クラスメイト全員に?
謝る? 一応?
何でそんな事をしなければならないのだろう。
自分はいつ間違った事をしたのか?
だが、反論は“言い訳”扱いされて。優海は“帰りの会”黒板の前で、ひとり頭を下げた――。
教卓から見たクラスメイトの表情を忘れるなんて無理だ。満足気な一部の女子と、無表情のその他大勢。
(こんなところもう絶対いやだ)
自分を否定する人しかいない。誰も自分の事なんて見てない。
落書きされた机に置かれた花は漫画の世界だけじゃなかった……。
ああ、ここにいた自分は死んだんだな、と。
じゃあ、仕方ないか、と。
優海は震える心の中で思った。
――他から己を否定され、自分という個を消した時。
――それを“気持ちの死”というならば、私は何度死んだのだろう。
ノートに書いた自分の字を見つめ、優海はぐっと唇を噛む。
不登校になってから、両親は『内から見える優海』ではなく『外から見える優海』を気にするようになった。
昼間の外出は駄目、夕方からは自由。
昼は学校、夜は塾に通っていると言えばいいからだ。遅くまで出歩いているのを近所の人に見られても「受験生は大変ね」で終わる。
熱心に谷口家を訪れていた担任も今は来ない。不登校のキッカケとなった“謝罪事件”が大事にならないと安心したからだと思う。
親と担任が見つけた“妥協点”自宅学習――優海の心が置いてけぼりにされた末に出来上がった形……。
優海は由井まちの図書館に毎日のように通った。
由井まちは通称『学生の街』。図書館には学生相談室というものがあり、様々な悩みを聞いてくれる相談員が数名いる。
優海と同じ境遇の子はたくさんいた。相談員を通じて、同い年や年上の友人が五人も出来た。
駅から離れたファミレスで「傷の舐め合いなんていう奴はクソくらえだ」と言いながら、みんなと勉強したりして。
学校は、生徒六人のファミレス校。全員が戦友で、盟友。
――そして。
優海はその中でリーダー的な存在だった高校三年生、友成に恋をした。はじめて彼氏と呼べる人が出来た。