『どうして』16
◆ another side ◆
「それで……あんたは何回死んだの?」
男に問われ、優海は俯いた。
「――分からない」
平日。終電直後の美咲が丘駅、南口。
電車に乗り遅れた人達が、北口に抜ける地下連絡通路へ流れて行く。この時間だとバスもほぼ無い。タクシー乗り場には今頃、スーツ姿の人間の行列が出来ているだろう。
「そう言いたくなる気持ちは分かるよ」
優海は爪先に落としていた視線を男に向けた。
「あなたに分かるの?」
「俺も何回か死んだ覚えあるし。多けりゃ多いほど数えたくなくなるよな、そりゃあ」
「……殺す側だと思ってた」
「なにそれ~ヤベェ奴じゃん俺」
クスクスと笑う男は眼鏡のフレームを指で上げた。街灯の明かりが反射してレンズが一瞬白くなる。
その真白に刺された――気がして。怖かった。
「ごめんなさい……」
「いやいや平気。謝るなって。あながち間違ってないから」
「……え」
「傷付けられたとか死んだとか……俺にはもう大昔の話だからねぇ」
自嘲気味に男は呟いた。
駅のシャッターが軋みながら降りていく。
構内の明るさがシャッターで遮られると、花時計前は一気に暗く寂しくなり、花の色もモノクロに変わってしまう。
いつの間にか広場には優海と男、足元がおぼつかないサラリーマン二人組と数人の若者達のみとなっていた。
「あの……」
優海は隣にいる男を見つめた。
「なんで私の話――こんなつまらない話を聞いてくれるんですか?」
「ん?」
小一時間ほど前にふらりと現れ、それからずっと自分の話に耳を傾けている。
不思議な、親近感のある男だった。
「つまらなくないよ。あんたの“大事な話”だろ」
「愚痴と悪口が?」
「そういうのも含めてな」
「……」
花壇の前で膝を抱え座る優海に寄り添い、男は微笑みながら優海の頭をそっと撫でる。
聞き上手な人。
初対面なのに、誰にも言えなかった話をどんどん喋ってしまう。話しても話しても、湧き出て来る言葉と感情が収まらない。
男はそれでいいと言った。全部聞いてやると言ってくれる。
何故そこまでしてくれるのか、優海には分からなかった。
「んじゃ、続き聞こうか~」
「……」
「この花時計前で待ち合わせもしてねーのに会えたのってさ、運命だと思うんだよな、俺」
「運命……」
――運命。
優海には辛い響きでしかない。
『運命』の二文字が出てくると、良い事も悪い事も受け入れるしか無いから――。
「中学生活は不登校で面白くなかったんでしょ。高校は?」
「楽しかった……のかな。でも、その時から私は“自分”が何なのか信じられなくなった……」
ギュッと体を縮ませる。
優海の頭上から「ん。そっか……」と相槌が聞こえた。
優しい声にホッとして。
一度深呼吸し、優海はまた男に自分の過去を話し始めた――。