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隣人は甘く囁く~透明な魂と祈りのうた~  作者: 奏 みくみ
『甘いモノ、お好きでしょう?』
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『甘いモノ、お好きでしょう』7


 ***


 駅を出た結城さんは、私がバイト先から歩いてきた道のりを逆走した。


 ただし同じ道ではなく、道路を挟んで向かい側。


 そして、私が帰り道に目を逸らしたあの事故現場はこちら側になる。


 だから歩けば必ず行き当たる。


 なるべく通りたくなかったその場所。


 黄色い規制線のテープはまだ残っていて、白い花束は生々しい。


 それを見た時は泣きそうになった。


『もしかしたら自分が……』


 今日何度も頭をよぎった事だ。


 ただ、周りを歩く人々は、その場所をはるか遠くを見つめるような目で見ながら通り過ぎる。それだけでそこが、まるでドラマのワンシーンを切り抜いたかの姿――“現場”に見えた。


 そこは現実なのに、どこか非現実っぽい。


「あの……どこに行くんですか?」


 相変わらず結城さんの特技が発揮され、人の流れをすり抜け歩く私たちはあっという間に“現場”も通り過ぎた。


 足を止めない結城さんに私は思い切って声をかける。


 さっきから結城さんは無言のままなのだ。そして私はやっぱり連行されてるだけ。


「ああ、すみません。少し速かったですね」


 思い切ってかけた言葉に、結城さんはやっと歩みの速度を緩めた。振り返った顔は微笑み。


 でも、今度は張り付いた感じではなかった。


「独りで何かを考えたいという時は、大抵誰かに側にいてもらいたいと思ってる時でもあるんですよ、花音さん」

「……え? あ……。そうでしょうか?」

「私はそう思います」


 フッと笑みを零した結城さんが言う。


「ですから、今日はゆっくりお茶でもしませんか? それでも十分な気分転換にはなるでしょう? いつもとは違う良い場所へ案内しますよ。とっておきの秘密の場所です」

「そこって、結城さんオススメの場所って事ですか?」

「はい。花音さんもきっと気に入ると思います」


 駅からのびる大通りを逸れて。一本奥の路地に入り、またそこの脇の狭い道へ。


 こんな所まで来た事は無かった。でも、当然と言えば当然。私の行動範囲はあまり拡がる事は無いし、いつもは決まった地点を行ったり来たりしているだけだから。


 そういう時には何故か私の『怖いもの見たさ』や『好奇心』は働かないのだ。冒険はせずに堅実な方ばかりを選んでしまう。


 だから今日、知らない道、しかも誰にも荒らされて無い様な静かで迷路みたいな細道を行くのは、久々にドキドキした。


 この先にある結城さんオススメの場所とは、どんなトコだろう?


 私も気に入るような場所って……?


 周りに人がいないせいか、結城さんの足取りもゆっくりだった。


 行く道は石畳のオシャレな小路。この辺りにこんな素敵な場所があったとは……。なんか色々期待出来そう。


 私は、さっきまでの大通りを行く時とは全く違う気持ちで、周りを眺めながら歩いた。



 それから少し歩いた後、結城さんは足を止めた。


 駅前の大通りからは大分奥に入ったせいか、周りは本当に静かで人通りも無い。


 ゆるくカーブする小路の軒並みはお洒落過ぎて外国と錯覚しそうだった。


 いつの間にこんな雰囲気になっていたんだろう。歩いている途中、結城さんがさりげなく手を繋いできたので、ビックリして足元しか見なくなったから分からなかった……。


「着きました。此処です」

「……ここ、ですか?」


 目の前の建物を改めて良く見る。


 真白な外壁に白木のドア。窓はひとつ、小さなステンドグラスの飾り窓があるだけで、中の様子は確認出来ない。


「お店なんですよね?」


 お茶でも、と結城さんはさっき言ってたのだから、当然カフェか何かのはず。


 その割に看板めいたものはどこにも見当たらないし、とにかく外観がシンプル過ぎて、うっかりすると通り過ぎてしまいかねない感じだ。


 こんな人通りの無い場所に、見つけて欲しくないみたいに佇むお店なんて……隠れ家的カフェというにしても、あんまりな気もする。


「えぇ、勿論。一度来ればいつでも来れます。花音さんも気に入ったら通うと良いですよ」


 結城さんはクスッと笑うと、白木のドアを静かに開ける。ドアの上の方で鈴の音がリンッと可愛らしく鳴った。


(一度来ればいつでも来れる……? 一見さんお断り的なお店なのかな?)


 思わず京都辺りの老舗料亭を思い浮かべてしまった。……どんなカフェだ! さすがセレブ結城のセレクトは違う。


 さぞかし素敵な店内なのだろうと期待にドキドキしながら、結城さんの長身に続いた。


 すると、来店客を知った店員が奥から出てくる気配。チリン、チリンッ、と小さな鈴の音が弾んで近づいてくる。


 ――ん? 鈴?


「おかえりなさい! ご主人さまっ」


 鈴の音と声と身体を弾ませて。


 小さな店員が駆け寄ってきた。それに思わず「えっ!?」と声が出てしまう。


 だって、どこからどう見ても小学生位の少女が、メイド姿で現れたのだ。


 しかも「おかえりなさいご主人様」って……。


 驚くな、という方が無理!


「ナユタ。いつから此処はそういう趣旨の店になったのですか?」


 私の驚愕を受け、結城さんが冷たい視線でメイドさんに言葉を投げつける。


「彼女がいらぬ誤解をしているでしょう……」


 低い声が静かに圧力を見せ、その迫力に女の子も私もビクッと身体を固めてしまった。


 怖い。怒りのオーラがくっきり見えそうな気がして、怖い。


 いや、私が怯える必要は無いはずなんだけど……。ついだ、つい。


「す、すすすすいませんっ。セツナが、『きっとお二人が驚くからやろう』って言ったものですからーっ」


 ショートカットの彼女は、綺麗なパープルアイをうるうるさせて言った。だけど良く見ると、パープルアイなのは右目だけで、左目は結城さんの様に薄茶の琥珀色。オッドアイだ。


 真ん丸の大きな瞳が印象的で、とても可愛い。


「……全く。セツナの悪戯好きには困ったものですねぇ。ナユタ、あなたも言われたままにやらずともいいでしょう。少しは恥を知りなさい?」


 手厳しい言葉だけど、言葉の反面結城さんの顔は苦笑気味だった。


それに“ナユタちゃん”が、ホッとした表情を見せる。結城さんはお客さんなのに、店員をやんわり諭している姿はまるで店長のようで。もしくはお父さん……?


 そう思いながら二人を見ていたら、結城さんは彼女を紹介してくれた。


「花音さん。彼はナユタ。この店の店長です」

「……店長? ……え!? あ、いや……“彼”って!?」


(ウソ! 男の子なの? この子!)


 衝撃にひっくり返りそうになる私。なんとかこらえた。


「おや、これは……。花音さんを驚かせる作戦は思った以上の成果なのでは? ナユタ」

「はい! この格好した甲斐がありましたー」


 ゴシック調のメイドドレスで、ナユタ君はくるりとその場でターン。レースの裾がふわりと揺れる。


 男の子……まさかコスプレした男の子とは……!


 女の子と疑わなかった自分。何か、色々な意味で負かされた気がする。


 ああー。居るんだな……女の子より可愛い男の子って。


 みじめな気分にはならなかったけど、何となく恥ずかしい気分になってしまった。


 私、なんでこんな中途半端な感じなんだろう……。日頃の女子力の低さがバレちゃうんじゃないかな。


(ああ、でもなあ)


 お人形さんみたいなナユタ君を見ながら、私の心はソワソワしだしていた。この際私の事なんてどうでもいいのだ。


 それよりなにより、今は彼のこの可愛さを追求でしょう?


(可愛いものはカワイイんだもの。仕方ないよね)


 雑貨屋で胸キュンの逸品を見つけた時のキモチに似てる。出会うべくして出会ったのよ! って嬉しくなっちゃう時の。


 まさか、こんな場所でそれを味わうとは思わなかったけど。


 私と目が合ったナユタ君は、ニッコリと人懐っこい笑顔を向けてくれた。


 ぴょんぴょん跳ねて「全身で喜びを表してます!」と行動で示してくるのが、気絶しそうにキュートだ。


 何なのこの子! 可愛過ぎるんですけどっ!


「花音さん、やっと来てくれた! お話はいつも聞いてますっ」

「へ? はなし?」

「ずーっと、ずっとずっと探してた理想の存在をついに見つけたぁ! って言ってました!」

「えっ!?」

「だからボクも気になってたんです。花音さんのこと!」


 キラキラと瞳を輝かせるナユタ君。紫色と琥珀色が私を真っ直ぐ見上げてくる。


「……?」


 そう。例えるならアメジストとアンバー。


 二つの宝石の輝きに、私は足元からそこに吸い込まれていく様な不思議な感覚に陥った。


 純粋な瞳の目力は凄いと思う。一瞬、身動きが取れなくなるほど惹きつけられるとは……。


「……こらこら。やめなさい」


 はぁっ、と溜息を吐き、結城さんが私とナユタ君の間に立った。


 そして、


「勝手に暴露しないでくれますか? 面白みが減ってしまう」


 不満げに問題発言を。


 「面白みって何が!?」と、すかさずツッコミを入れてしまった。


 と言っても、私の声に結城さんがまともに返事をしてくれるワケなくって……。


 フフッと笑われた。それだけ。


 ……そうだよね。やっぱり。意味深に流すのは彼のお得意技だ。


「いつものように奥にいます。ナユタ、彼女にオススメの紅茶をよろしくお願いしますね」

「はーい! かしこまりました!」


 ナユタ君にそう注文して、結城さんはお店の中を進む。


 小さな店内にはカウンター席とテーブル席、合わせても十人も座れない。そんなこじんまりした所に、先客がひとりだけ座っていた。


 グレーの帽子をかぶったお爺さん。


 その人は、文庫本を読み、時を過ごしていた。


「……おや? 新しいお客さんですね」


 結城さんの後をついて歩く私に気付いて、お爺さんは本から顔を上げ笑いかけてくる。


 私が軽く会釈で挨拶をすると、「花音さんです。藤本さん」と結城さんが答えた。


「可愛らしい方でしょう?」

「ええ。……もしかして、彼女が貴方の“大事な人”?」

「私はそう思ってるんですけどね」


 藤本さんというお爺さんと結城さんが同時に私を見た。


 サラッとなされる二人の話。


(だ、大事な人!?)


 ――今の会話で、私にどう反応しろというんだ。こ、困る……。


「ご覧の通り、道は険しいようで」

「はは。それはいい」


 私が無言で俯いたので、結城さんは肩を竦め、藤本さんは穏やかに笑う。


「恋は遠回りするものですよ。その方が成就した時の喜びが大きい……」


 読みかけの本に視線を落とし、藤本さんが呟く様に言葉を零した。


「……そうですね」


 会話はそこで終わった。


 藤本さんは再び本の文字を追い始め、結城さんはそんな藤本さんにちょっとだけ微笑んで。


 それでおしまい。


 二人の普段はそんなものなのだろう。プッツリと途切れた会話をお互い気にしてない様だった。


 私たちを全く見なくなった藤本さん。その前を、結城さんも何事も無かった様に通り過ぎる。


 いいのだろうか? と、逆にこちらの方が気を遣ってしまう位だ……。


 なので、もう一度藤本さんに軽く会釈をしてから、私は店内の奥へ進む結城さんを追いかけた。


 

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