『どうして』14
「谷口優海は、零の指示通り動くなら花音さんへ直接的な攻撃はしないと思っていました。だから双子の出る幕も無いだろうと。ですが、彼女のあの一瞬の殺意……なんだったのでしょう」
不思議そうに言う結城さん。
(殺意……か)
「私と同じかな……。純粋な殺意じゃなくて、それに限りなく近い嫌悪感だったんです」
「その感情を花音さんへ?」
「いえ、多分……私を含めた他人すべて。世間。対象が一人じゃない分、気持ちも強かったとか……」
「……なるほど」
(あ、これ分かってないな)
私達の会話は零さんには聞こえてないようだ。
ベンチにどっかりと座りかったるそうに天を仰ぐ零さんは「あ~……」と、気怠げな声をあげていた。
「つまんなくなってきたぁ……。帰ろーか、優海チャン」
「えっ……」
「は? 帰る? どこに!?」
「え~……秘密基地的な?」
投げやりな零さんの口調。自分の期待していた展開が望めないならもういいや、そういう考えが手に取るように分かる。
「それは困りますね。私は谷口優海に然るべき処分を与えなければならないので。帰るならお一人でどうぞ」
「は、何言ってんの? お前自分でも言ってただろ。俺らには契約があるんだから、お前の入る余地なし! 終了解散!」
「いつものように、契約を反故にすれば問題無いでしょう? “い・つ・も・のように”」
「ッ!」
結城さんが“いつも”の部分を強調した。細く長い人差し指が、一音一音指差し確認する。
零さんの頬がカッと赤くなったのが暗い中でも分かった。嫌味が飛んで来るのを想像していても、言い方までは予想がつかないのかな……と、私はぼんやり思う。
結城さんの嫌味バリエーション(零さん限定)ってどのくらいあるんだろう……。
「あの……私が優海さんの魂を取っていたら、商談? が成立していたんですよね……? その時は、零さんは優海さんの魂を得られないのに、彼女の願いは叶えるという事で……」
「ん?」
「でも商談は成立しなかった。優海さんの願いは叶わないけど魂は消えずに済む。零さんも何もしないで終わる――」
結城さんも私の事なんか放って置いて、優海さんの魂を回収すれば良かったんじゃ……。
「花音ちゃん何言ってんの? アタマ生きてる?」
眉根を寄せる零さんに、私も眉間に力が入った。――生きてますけど。
「契約と商談一緒にしないでよ。それは俺らの中じゃ別物だし。自分が得しないのに、んな面倒くせぇ事すっかよ」
「別物? えっ!?」
「俺が欲しいのはずっと変わらず花音ちゃんだからね」
一途なんだぞ俺は。
……言われても嬉しくないし、丁重にお断りする。私もそこのところはずっと変わらない。零さんの為に魂の貯金箱になるのは絶対に嫌だ。
「だからお前はいつまで経っても半端者なんです」
苛立ち。怒り。結城さんは隠す事なく言葉に乗せる。私の横を通り過ぎる時、それが頬を切っていった。もちろん、実際は切れていないのだが、ちりとした痛みを錯覚するくらい、鋭い低音が、まるでかまいたちの様に。
「そろそろ終わりにしなさい。このまま続けても、あの娘は戻れない」
「死神に何が分かる……。ヒトが考えてる事が読めるからって、心の中まで理解した気になってんじゃねぇよ!」
「おや。そんな話をした覚えはありませんが。私がいつ人の心底を理解出来るようになったと? 心の中まで? ――零、お前に言われる筋合いはないと思いますがね」
零さんの舌打ちが響く。
「花音さん。この男と谷口優海の契約は恐らく、従属契約でしょう。貴女が谷口優海を取り込んだ場合、自分の従者を取り戻すだ何だと理由をつけて貴女を手に入れるつもりなんですよ」
結城さんは私の頬を撫でた。傷はどこにも無いのに、真横へ一筋、親指の動きがさっきの錯覚を呼び戻す。
「え……」
「最終目的は花音さんですから、谷口優海の魂がどんな状態でも構わない」
「そんな!」
「計画――零がいう“商談内容”は、取り込みがうまくいったならば、“報酬として願いを叶えてやる”というものだと思います。
成功しなくても、谷口優海の魂は零が自由に出来る。その為の従属契約ですしね。彼女の希望ははじめから薄く、あの男が損をする事はありません」
卑劣漢――。
結城さんは零さんを睨んだ。
「どうして……」
思わず呟いてしまう。
ざっくり聞いただけでも、条件が悪過ぎて自分ならば手を出す気にはならない話だった。