『どうして』13
――私達は一体どこまで心を通わせられるのだろう?
お互いの世界を行き来して目に見えるものを理解し距離を縮めたとしても、人間と隣人達の思考の違い――深い深い溝は、恐らく消せない。だからといって無視は出来ない……。
憔悴している優海さんが気になった。
彼女は……どう考えても巻き込まれた被害者だ。
「いいえ。ここにこうして存在している以上、彼女はただ巻き込まれた“可哀想な人”ではありません」
結城さんは私の考えを否定する。
浮遊霊となってたまたまこの路地裏へ迷い込んだならば、自治会長が不審者とみなし警告した上で対処する。路地裏に住める者は限られているのだ――と、結城さんは続けた。
「私が“招待”しない限り、普通の人間や浮遊霊といった類はここには居られません。もぐり込んでいられるのは……あの男と契約しているから」
「悪魔……と」
「……」
呟いた私に結城さんは、ふむ……と口元に手を当てた。
「零の厄介さは人間と契約出来る力があるというトコなんですよね。最悪な偏り方です。契約が成立していたら、私でも手が出せません」
「そうなんですか……?」
「えぇ。例えば彼女を開放してやりたいと思っても、それが出来るのは零だけです」
結城さんにも覆す事が出来ない強さ。それだけ彼らと“契約する”行為は人間にとって危険なものだとも言えるんだ……。
結城さんが優海さんに手を差し伸べる。怖がる彼女に溜息を吐きつつも、貴族然として優海さんの身体を気遣いながら立たせた。そして、優しい声で冷たく言う。
「貴女は自分の意志で全てを捨て、零と契約した。いくら叶えたい願いがあったとしても、一番愚かな選択をしたのです。私は同情しませんよ」
「…………」
「分かりましたか、花音さん? 彼女は決して気の毒な被害者ではない」
結城さんの深い溜息と夜風が重なった。
チカチカとベンチを照らす電灯が瞬く――「そうだそうだ」と言っているみたいに。
いいや。あれは切れかかっている蛍光灯を交換し忘れてるだけだ、そう思いたい。
私と優海さんは何も言えず自分の靴を見た。私のショートブーツも彼女のパンプスも砂埃で汚れている。揉め合いの末に残った虚しい痕……。
それを拭ってくれたのはセツナちゃんの尻尾だった。柔らかな毛並みがスルッと靴の上を滑ると、汚れる前より綺麗になり、心なしか合皮の輝きが戻った気がする。
「ありがとう」
鼻先を撫でてあげれば、セツナちゃんはゆっくりと瞬きを。
すると今度は、大きな尻尾を優海さんへ伸ばした。静かに優海さんを包む。パンプスはもちろん、ほつれたレースとワンピースが一瞬で蘇った。――セツナちゃんは魔法使いなの……?
彼女の行動に、結城さんが驚きの表情で「ほう……。セツナが、ですか」と呟いた。
私も同じ気持ちだ。さっきまでセツナちゃんは優海さんをかなり警戒して、ナユタ君と喰べようとまでしていたのに。でも今は、とても優しい――。